第100話 再会
御子神龍雅が、ゴードン・ダストの命を救ってから、四か月後の春。
ソチ国際空港。
黒海から吹き上げる風は、まだ冷たかった。
御子神龍雅は、着陸した航空機の座席から立った。
空は澄み、
遠くにコーカサス山脈の白が見える。
機体のタラップを降りた龍雅は、
一瞬だけ足を止めた。
十三年。
数字にすればそれだけだ。
だが、心の中ではもっと長かった。
滑走路の端に、
二つの影が立っていた。
背筋の伸びた男。
その隣に、
静かに佇む女。
御子神剛。
アンジュ。
死んだと報告されていた二人は、
ただ、そこにいた。
龍雅は、ゆっくりと歩き出す。
距離は、
数十メートル。
だが、一歩ごとに、
時間が剥がれていく。
剛は、先に口を開かなかった。
アンジュも、
手を振らない。
ただ、
目で確かめていた。
龍雅が、
立ち止まる。
言葉が出ない。
剛が、
小さく笑った。
「……でかくなったな」
それだけだった。
龍雅は、
うなずいた。
「……生きてたんだ」
「死ぬ前にまだ仕事が残っていたからな」
剛は、龍雅の肩を見る。
「腕は、もう治ったか」
「折れただけだ」
短い会話。
だが、そこには十三年分の距離があった。
アンジュが、一歩前に出る。
龍雅の頬に、そっと触れた。
「……あなたの目は、剛より優しい」
龍雅は、目を逸らさなかった。
「神は作らなかったし、」
低く言う。
「これからも作らない」
「人の壊れた躰を、元に戻す。ただ、それだけだ」
剛は、空を見上げた。
ソチの風が、静かに吹き抜ける。
「お前の考えだ。それでいい」
短い言葉。
それが父の答えだった。
アンジュが続ける。
「四騎士は?」
「生きてる」
「人として?」
「……ああ」
剛は、わずかに目を閉じる。
兵器として作られた存在が、人間として生きる。
それは、失敗ではない。
救済だった。
龍雅は、ケースを持ち上げる。
中には、x3000。
派手でもなく、神々しくもない。
ただの器械。
「これに、世界を委ねる」
剛は、龍雅を見る。
「委ねるな」
一拍。
「使い続けろ」
龍雅は、微笑んだ。
「分かってる」
アンジュが、黒海の方を見る。
「世界は、また壊れるかも……」
「壊れたら、直す」
龍雅は言った。
「何物にも頼らずに」
風が、三人の間を通り抜ける。
遠くで、次の便が着陸する音。
地球は、何も変わらずに回っている。
だが、
ここには、
確かに変わったものが居る。
兵器だった者たち。
父だった男。
壊した者と、直す者。
そして、神を超えた科学。
剛が、龍雅の肩に手を置く。
「……お前のやり方でいい」
アンジュが、そっと微笑む。
凍土の空気は冷たい。
だが、
その中で、
三人は立っていた。
もう、逃げない。
もう、隠れない。
x3000は、世界を支配する装置ではない。
ただ、誰かの明日を繋ぐための機械だった。
黒海の風が、静かに凍土を越えていく。
物語は、
ここで終わる。
だが、
生きることは、
続いていく。
(完)




