第14話 黒主家の目覚め
聡子は武藤に殺され、そして正平も拳銃で撃たれて死んだ。
そして二人はまた、28日の朝を迎える。
その日は、家族3人が必ず揃う日なのだ。
正平は夢を見ていた。
何のこともない夢。
職場である病院に緊急搬送された患者をストレッチャーに乗せて廊下を走る。よくある光景だ。
患者が血だらけの手で腕を掴んでくる。苦しそうだ。大丈夫、すぐに救ってあげる。
廊下がやけに長い。走っても走っても処置室に着かない。だがようやく、ようやくだ、処置室のドアが開いた。
だがそこは・・・暗闇。
どうなってる?なんだここは、患者が死んじゃうよ、処置、処置しなくっちゃ・・
瞬間!胸と腹に衝撃を受けた!!と思った。
そして同時に、誰かが叫んでいる映像が頭の中で爆発した。
今の今まで見ていた夢が吹き飛ぶ。
「うゎああっ!」
私は声を上げて身を起こした。体中が血だらけだと感じて、思わず両手で胸と腹をまさぐる。
「違う、血じゃない」
体中が汗でびっしょりだ。
時間は午前3時20分過ぎ、覚えている、私はおそらく拳銃で撃たれた。つい先ほどのことだ。
しかし今はまたあの日、5月28日だ。
やはり時間が戻っているのか。ということは、今日は3回目の5月28日ということになる。これまでの私はこのまま寝ていて、6時過ぎに起きていた。この時間に目覚めるのは初めてだ。
横にいる聡子を見ると、恐ろしい形相でうなされている。普通なら悪夢を見ていると思うところだが、それが間違いだということを、私はもう知っている。
聡子は死んだのだ。喉を握りつぶされて。
聡子が今見ているのは、その瞬間の光景だろう。きっと終わることのない、死ぬ瞬間の悪夢。だがそれは、現実だ。
「聡子、さとこ!起きて!」
体を揺さぶって、まだうなされている聡子を起こした。
「あっ・・・あなた!」
聡子は起きるなり喉を両手で押さえ、声を上げて私にしがみついてきた
「あなた!私生きてるの?あいつは?私はあいつを殺したの?」
聡子はあいつの、武藤の目を潰した。やはり聡子もはっきりと覚えているようだ。
「聡子、大丈夫。またあの日の朝に戻ったんだよ」
「あの日の朝?」
「そう、またあの日の朝なんだ。だから来斗も生きている。まだ何も起こってないんだ」
「そうなの?また夢の続きじゃないの?」
聡子は理解できないようだ。もちろん私も理解などできていない。時間が戻るなんて馬鹿げたこと、科学的じゃない。だが、これまでのことが夢じゃないことは確かだ。科学的かどうかはもうどうでもいい。とにかく時間は戻っているんだ。
「そうだね、そう思うよね、でも違うんだよ。今日はまたあの日、5月28日の朝なんだ。時間が戻ってるんだよ」
聡子は黙って私を見つめている。これまでのことを思い出せば思い出すほど混乱するはずだ。それをどうにか整理したい、そんな顔だ。
「そうだ」
聡子がおもむろに口を開いた。
「私はあいつに、武藤に掴みかかって、この手であいつの目を潰したわ。あいつはどうしたの?私は?あの後、何があったの?」
私はすべてを聡子に話した。聡子が男3人を相手に一歩も引かなかったこと、武藤の目を潰し、そして武藤の手で殺されたこと。
妻を殺された自分は逆上し、武藤の部下のひとりを殺したかもしれないこと、もうひとりに拳銃で撃たれて死んだこと、そのひとりも、おそらく死んでいるだろうこと。
そして、一番大事な事実を聡子に告げた。
「君に目を潰されて、武藤は君を殺してしまったけど、あいつは最後まで叫んでいたんだよ。僕のことを、殺すな、と」
武藤は私たち夫婦を襲いに来たわけじゃなかった。話をしに来たんだ。私と武藤が話しているとき、聡子は車の中にいた。だから何を話していたか知らない。
「あいつは自分の息子が来斗を殺したことを覚えていたし、それを悔いていた。でも次は自分の息子が来斗に殺された。あいつは相当混乱していたよ」
聡子は黙って聞いている。
「あいつらは普通の社会とは違うところで生きてる連中だ。だから疑問に思ったんだろう。普通の中学生の来斗が、同じ中学生とはいえ4人を殺している。しかも、とても素人とは思えない殺し方だ」
「武藤は言ってたよ。あんた、本当に堅気か?って。そうだな、そう思うよな。来斗にあんなことができたのは、僕のせいだ。僕が人の体の仕組みを来斗に教えたんだ」
「来斗は医者に、僕と同じ外科医になりたいと言っていた。僕はそんな来斗に、人の体の内臓や血管の位置とか、その扱い方、一歩間違えば致命傷になる事を教えた。外科医の基本だからだよ。来斗が的確な致命傷を与える事ができたのは、その知識を使ったからだ。僕はそのことを武藤に説明しようとした」
「そのとき、君が武藤に・・」
そこまで話したとき、聡子の目からこぼれる大粒の涙に気付いた。
「私が悪いの?」
「だって、だってあいつの息子が先に、先に来斗を、来斗を殺したのよ?」
聡子の目からぼろぼろと涙が落ちる。
「そうだね、許せなかったよね。君は悪くないよ」
私は聡子の肩を抱いて、できる限り優しく言った。
「さぁ、来斗を起こしに行こう。そして今朝は、久しぶりに一緒にいよう」
聡子は私の顔を見て言った。
「そうね、一緒に朝ご飯を食べましょう。それと」
言葉を続けた。
「ありがとう、あなた。私のために戦ってくれて」
私を見つめる聡子の目。今にも涙がこぼれそうだ。
「うん、でもさ、実はあんまり覚えてないんだよね」
私は笑った。聡子も笑った。
久しぶりに笑った気がした。
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つづく
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