第13話 正平と聡子
黒主正平と聡子、殺人を犯した来斗の両親を待ち構えていたのは、最初に来斗を殺した武藤弘志の父親だった。
互いの息子が犯した罪と、繰り返す時間に翻弄される親たちは・・・
武藤はその大きな手の平で自分の首を擦っている。一瞬、まるで息子の死に様を振り返るような目をしたが、次の瞬間、その眼は鋭い光を帯び、私を睨み付ける。
「あれは素人の仕業じゃねぇよ。あんたの息子、なんであんな切り方ができるんだ?あんた、ほんとに堅気なのか?」
武藤の目が釣り上がっている。
「武藤さん、うちの息子がそんな切り方をしたのは知りませんでした。でも、そうできる理由はあります」
「ほぉ、理由」
武藤の目が更に釣り上がる。
「武藤さん、私は」
言いかけたとき、私の横を女が通り過ぎた。
「聡子っ!!」
いつの間にか車を降りていた聡子が、武藤に掴み掛った。
「な・・なんだおいっ!こいつっ!」
「おいっ!!引き剥がせ!!」
武藤の取り巻きの2人が聡子の腕を掴み、武藤から引き離そうとしている。しかし聡子は恐ろしい力でそれに抗っている。
「聡子!やめるんだ!!」
私が叫んでも、聡子の耳には届いていないようだ。聡子は武藤にしがみついて叫んでいる。
「あんたの糞ガキがぁ!うちの来斗を!殴って、殴って、蹴って、蹴って!!目が、目が潰れて、土が、泥が、口の中に、くちのなかにぃいいい!!」
聡子の指が武藤の目に掛かっている。いや、爪が目に入っている!!
「ぐぁああっ!目っ!目がっ!!」
武藤が叫んだ。
「な、なんなんだ!こいつっ!!」
取り巻きのひとりが聡子の腹に腕を回して締め上げている。
「おらぁっ!離せこいつ!!」
もうひとりは聡子の髪を両手で掴んで引きちぎろうとしている。
ゆがんだ顔で、聡子が叫んだ。
「来斗は、来斗は2回死んだのよ!あんたのガキに殺されて、あんたのガキを殺してっ!そして自分で死んだっ!!」
鬼の形相だった。
「あんたのガキは、あいつらは、来斗を殺した後死んだのか!殴って、蹴って、埋めて、逃げて!捕まっても汚く言い訳してたんじゃないかっ!!!」
「許すもんか許すもんか許すもんか!ゆるすもんかあああっ!!」
聡子の叫びと共に、武藤の目が潰れた。
その瞬間、武藤の手が、聡子の細い首を握り潰した。
叫び声はやみ、腕は垂れ下がり、細かく痙攣している。足元に染みが広がる。
聡子が失禁したのだ。
あぁ、聡子が死んだ。すぐに分かった。
私は医者だ。外科医だ。人はどうすれば死ぬのか、よく知っている。
一瞬で頸動脈と脛骨を潰されれば、脳に強大な圧力が加わって即死する。窒息じゃない。
首吊りと同じだ。
今、私の目の前には4人の人間がいる。ひとりは死んだ聡子。そして、聡子を殺した3人。
私の中で、何かが弾けた。
「聡子っ!ああっ!ああーーっ!!さとこぉおっ!がぁああああーーっ!!!」
私の口から、信じられない程の声が出た。私は踵を返し車に走った。
車にある、私が仕事に使うもの。あれさえあれば。
私は携帯用の医療鞄を開け、それを掴み、武藤達に向き直った。
私の手は、手術用のメスを握りしめていた。
そこから先はあまり覚えていない。
武藤に向かって突っ込む私に、下っ端ふたりが左右から掴み掛ってきた、と思う。
ひとりの首元にメスを入れたのは覚えている。筋肉に沿って動かしたと思うが、どれくらい切れたか分からない。ただ血管を切った手応えはあった。
もうひとりが私の背後から腕を回していたようだから、その手首の動脈を切ったと思う。多分、両手とも。
そいつが私から離れて何か叫びながら懐に手を突っ込んでいる。血が飛び散っている。もちろんそいつのだ。
武藤が何かを叫んでいる。
血をまき散らしながら、そいつが懐から何かを出して私に向けた、と思ったら、私の腹と胸から熱いものが噴き出してきた。
痛くもなんともないが、気が遠くなってきた。
武藤はまだ叫んでいる。
「ツリガミ、やめろ!撃つな!!殺すなっ!!」
-あぁ、やっと聞こえた、武藤が言ってること。でももう遅い。もう撃たれちゃったよ、武藤さん。
倒れる間際、遠くからこちらを見ている数人の人影に気づいた。何かをこちらに向けている。
-はぁん、あれスマホかぁ、ヤクザと医者が殺し合う動画が撮れたか。そりゃ楽しかったな。
朦朧とした意識の中、その数人にもう一度目がいった。
持っているのはスマホより大きいものだった。それに一人はマイクのようなものを持っている。
「あいつら・・・マスコミか?・・・そうか、前回私たち夫婦を追い込んだ連中だな。あいつらもあのことを覚えていて、ここに来たのか」
私の意識は、そこで途絶えた。
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つづく
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