第12話 殺した子の親と、殺された子の親
黒主家を訪れた安藤刑事は、来斗がいじめ殺された時に力を尽くしてくれた刑事だった。
だが今は、殺人者である来斗を調べるため黒主家にいる。
そして更に、来斗が殺した子の親も、黒主家に向かっていた。
警察の家宅捜索で騒然とする中で、私たちは安藤の話を聞いている。
恐ろしい話だった。聡子は私の横で泣き崩れている。
「黒主さん、これまでお話ししたとおり、来斗君はあなた方が休んでいる間にひとりで学校に行ったようです。そして4人の同級生を殺害した」
私は念を押すように言った。
「その同級生というのが、夢に出てきたあの4人、来斗を殺した4人なんですね?」
来斗をいじめていた4人、そして夢の中で来斗を殺した4人の顔が浮かんだ。
「そうです。そして使われた凶器は柳葉包丁など3本、鑑識の話では台所にその種類の包丁はない。しかし奥さんの話では、それらの包丁は無くなっているようだと」
「来斗がそれを持って学校に行った」
「そうです。それは間違いないでしょうね」
安藤は深くため息をついた。
来斗が4人もの人間を殺した。その4人は、夢で自分を殺した4人。
では、これも夢なのか?確かめなければ。
「安藤さんは、あの4人が来斗を殺した犯人だということをご存じですよね」
安藤は眉間に深いしわを作って俯いた。そして顔を上げて言った。
「はい、はっきりと覚えていますとも。しかし今はあれが夢だと思うしかない。そして、今のこの事態が現実だとしか言えません」
本当にそうなのか?頭が混乱する。とにかく来斗に会わなければ。
「私もこれが夢なのか現実なのか、もう分かりません。まず来斗に会わせてもらえませんか?」
安藤はその言葉を待っていたかのように、私たち夫婦に告げた。
「そのことなんですが、お二人ともよろしいですか?」
安藤は私たちの顔を交互に見て、ひと息置いて言った。
「来斗君は4人を殺害した後、自殺したものと思われます」
安藤は自殺した来斗の様子を説明している。
ふと安藤の顔が歪む。私の目がおかしいのか?
安藤が何を言っているのか理解できない。私の耳がおかしいのか?
ただ、小さい出刃包丁で自分の心臓を突いた、ということだけは分かった。
いつの間にか、泣き崩れていた聡子はなにかを呟いている。
気が狂ってしまったかのように同じ言葉を、繰り返し繰り返し。
「私の包丁で、わたしのほうちょうで、わたしの、ほうちょうで・・」
「ワタシのぉおおおっ!」
最後は絶叫だった。
悪夢でしかなかった。
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翌日、私たち夫婦は朝から警察署で事情を聞かれ、ようやく帰宅を許されたのは昼を大分過ぎた頃だった。
ハンドルが重い。聡子は助手席でぐったりとしている。寝ているようだ。
来斗の遺体は昨日の夕方確認している。
激しく取り乱した聡子を心配した安藤刑事から、遺体確認は私だけで、と言われていたが、聡子はどうしても行くと聞かなかった。息子の顔をひとめ見たかったのだろう。
意外なことに、聡子は来斗の遺体を見ても取り乱さなかった。ただぼんやりと遠くを見るような目で、ぶつぶつと何かを呟いていた。
来斗の遺体はきれいだった。夢で見た来斗の姿、殴られて変形した顔、潰れた両目、胸にも、腹にも残る暴力の跡。それとはまるで違う、頭の打撲と左頬の浅い切り傷の他は、左胸に心臓を突いた傷がたったひとつ、何のためらいもなく包丁を突き立てた証拠だ。
-私が、人の体のことを教えたのが悪かったのか・・・
私の心を何とも言えない後悔がえぐった。
とにかく、これから来斗と来斗が殺したという4人の遺体は解剖されるのだ。あの夢で来斗がそうされたように。
また明日も事情聴取は続くだろう。そして、新しい事実も聞かされるのだろう。来斗ひとりでどうやって4人を殺したのか、とかだ。
考えているうちに家が近づいてきた。我が家は大通りから何本か入った道沿いにある。最後の角を曲がると、数軒先が我が家だ。道はそれほど広くない。
そこに車が止まっていた。
パトカーではない。黒塗りの大きな車。その車は、我が家の駐車場を塞ぐように止まっている。
「そうか、あいつだ」
私は我が家から少し距離を置いて車を止めた。
私の車に気が付いたのか、その車からひと目でその筋と見える連中が降りてきた。2人の風体は下っ端風、もうひとりは明らかに幹部といった面持ちだ。
「聡子、さとこ!車から降りちゃだめだぞ、何かあったら警察を呼んで」
私は寝ている聡子を揺り動かし、そう告げて車から降りた。
3人はまっすぐ私に向かって歩いてくる。
「黒主さん」
幹部風が声を掛けてきた。
「武藤さん」
私も応えた。私はこの男を知っている。武藤雅史、来斗をいじめていた4人の主犯格、武藤弘志の父親だ。
「どういうことですかね、会うのは初めてのはずだが、私はあんたの顔を知っている。で、あんたの息子さん、うちのに殺されたよね。でもなんで今度は、あんたの息子にうちのが殺されてんの?」
安藤刑事と一緒だ、この男にも“あの記憶”がある。もう疑いようがない。あれは実際に起こったことなのだ。夢ではない。そして今、私たちは同じ日の違う時を過ごしている。
つまり、時間が戻っているんだ。
「武藤さん、あなたは来斗が、うちの息子があなたの息子さんたちに殺されたことを覚えていますね?」
「あぁ、そうなんだよ。うちのバカ息子がね、やっちゃいけないことをやった。でもおかしいだろ?うちの息子、今度は死んでるんだぜ?」
「はい、今回はうちの来斗がやったことです。でも、最初に来斗を殺したのはあなたの息子さんたちだ」
「分かんねぇな、だからよ、はっきり覚えてんだよ。あんたの息子を殺した弘志をぶん殴ったのも覚えてる。なのにだ、なんでこんなことになってる?」
初めてこの男を見たのは、警察の取調室だ。正確にはその隣の部屋で、マジックミラー越しに。
来斗を殺した4人の親たちだと言われた。その中で一際目立ったのが武藤だった。ひと目でその筋と分かる男だが、取り調べでは眉間に深いしわを作って、自分の息子がやったことは必ず償うと言っていた。その言葉に嘘はないと思える。そんな男だ。
「武藤さん、私も混乱しているんです。私の息子が今回やったことは現実です。しかし、その前にうちの子が殺されたことも現実としか思えない」
「そうなんだよな、でもな、今回あんたの息子が俺の息子や仲間、4人を殺したってのが紛れもない現実だよ」
武藤の声色に怖いものが混ざっているのを感じた。
「だからよ、俺が分かるような説明がないなら、俺もちょっと我慢できるか、分かんなくてね」
この男も混乱している。しかし、今説明しなければ、この男は危ない。
「あんたは見てないだろ?うちの息子、首の周りをぐるっと切られてんだぜ?首の周りを、ぐるりとな」
武藤は左手の親指を立て、右耳の下から左耳の下まで首をぐるりとなぞった。
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つづく
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