第二王子の思い
「誠に、ようございました」
側近が泣かんばかりに言うので、私も大きく頷きながら答える。
「ああ、全て計画通り……、いやそれ以上だ」
私アレックス ライデンは、今回めでたく長年争っていた『王太子争い』に勝利する事が出来た。
実際には5ヶ月違いだけの同年の兄弟――。兄ファビアンと私は生まれたその瞬間から争う事を運命づけられた。
この国では王太子は国王の指名制である為、余程突出した状況でないと早くから王太子とは定まらない。
特に、母の違う同い年の兄弟では。
しかし、兄である第一王子の母の実家は公爵家。それと比べ第二王子である私の母は伯爵家の出。明らかに第一王子の方が有利であった為に、貴族達は早い時期からあちら側の派閥に付く者が多かった。
それが私達が成長するにつれ、兄の愚かさが目に付くようになり第二王子派に入る者もチラホラ出てきた。
そんな中、明らかに第一王子に嫌気が差しながらもあちらに付くしか出来ない状況であったのが、第一王子の婚約者セシリアのリースハウト侯爵家だった。
幼い頃に決めた婚約だったので、まだ第一王子の人となりも分からぬ時期だったのだろう。第一王子が成長していくとそれを見る侯爵の表情が苦々しいものであると分かった。
リースハウト侯爵令嬢セシリアは、それは良く出来た令嬢だった。幼い頃から王子妃教育を徹底して仕込まれ、隣国の言葉も覚え小さい頃から外交にも関わる父侯爵に諸外国にも連れて行かれていたという。
第一王子ファビアンの母である第一王妃やその実家の公爵達は、あの婚約者ならば我が子が遊んでいても大丈夫だと思っていたのか? 第一王子はかなり自由奔放に過ごしているように私の目にも見えた。
そんな幼きある日。
私が剣の練習で王宮の庭にいると、その日は天気も良く温かい良い日であったからかセシリアが庭園の東屋で勉強しているのが見えた。
気になって見ていたが彼女の教師はそれは厳しくて、王子妃というものはヘタをすると王子よりも大変だと思って見ていたのだが……。
向こうから声がしたかと思ったら、馬鹿騒ぎをして遊ぶ兄、ファビアン王子達がやってきた。ファビアン王子は自分の婚約者セシリアに気が付くと、
『私にこれ見よがしに勉強している所を見せようとするとは、なんと生意気なやつだ!』
そう言って勉強をしている婚約者セシリアの邪魔をしに行く。セシリアに『ご無礼いたしました』とサラッと流されたので、面白くなかったのかさっさと去っていったが……。
その時のそのセシリアの兄を見る目……! 私はそれにゾクッときて何やらときめいてしまった。当然といえば当然なのだが兄を見る令嬢の目はそれは恐ろしく冷たいものだった。そしてその時私はあの令嬢の目に映りたいと、何故か強くそう思ったのだ。
…それ以来、私は剣だけでなく勉学にも重きを置くようになった。
私にはその時既に第一王子の伯父である公爵の勧めで婚約者を定められていたのだけれど、私はあの兄の婚約者セシリアの事が気になって仕方がなかった。それを紛らわす為にも勉学に励んだ。
そして私達は貴族の通過儀礼ともいうべき、王立学園に通う年齢となった。3人は同じ学年だったが、王子と同学年には貴族の子弟も多く産まれており今年はたくさんの生徒が入学していた為、3人は別のクラスとなった。
しかし兄は自分の婚約者セシリアを見事にスルーしていた。そしてそのセシリアもそれを気にする風でもなく、忙しそうに日々を過ごしたった1年で飛び級で卒業していった。残念ながら、学園で自分との接点は持てなかった。私も同じように卒業することは出来たのだが、兄達に警戒されてはいけないので、そのまま学園に在籍する事にした。
…そして兄は最後まで婚約者に無関心だった。…その後の話で、まさか婚約者のセシリアが学園を卒業していた事すら知らなかったとまでは思わなかったが。
私の婚約者は次の年に入学してきた。
可愛い伯爵令嬢だったが、私達は何故か決定的に合わなかった。家が困窮していて生活を整えることに頭がいっぱいの彼女と、国政を考える私の考えが合う事は最後までなかった。ただ一つ、お互いに婚約を解消したい、という思い以外は。
その申し出は、私が婚約者と2人でお茶を飲んでいる時だった。珍しく彼女がお茶に誘うので不審に思ってはいたのだが……。
彼女曰く、『好きな人が出来た。前々から貧乏貴族の自分と第二王子では釣り合わないし気も合わないと思っていた。きっと貴方もそうだろう』、と。
私は頷いた。『申し訳ないが、いずれ婚約を解消するまでの女避け位にしか思っていない』、とハッキリ言ってしまった。
彼女は笑った。そして『王子との婚約をこちらからは解消は出来ない。そちらから適当な理由を付けて断ってくれないか』と言った。
私はそこまで話をしてふと気付く。
元からその気のなかった自分達は婚約を解消する。ではもう一つのその気のないあの2人はどうだろう? これを機に彼等も婚約破棄するように持っていけないか? と……。
そして私の婚約者に、かの方を……。
そこまで考えて私はクスリと笑った。
そんな私を見て訝しむ、もうすぐ婚約を解消する彼女に、彼女の希望を聞く代わりに自分に協力するように持ちかけたのだった。
そうして行われた、とある伯爵家でのパーティー。私達は念入りに準備をした。勿論、そのパーティーには兄の第一王子ファビアンも招待していた。
そして、後々兄が王宮のパーティーでやらかす事と同じような流れで婚約破棄は成された。私が婚約破棄を突き付けパーティーの参加者も私に賛同し、彼女は泣く泣くそれに応じた。…兄の場合と違うのは、このパーティーのメンバーはただの出演者。先に我々が婚約を解消する事にしたのでお遊びの余興をする、と伝えてあり皆は分かって演じていた。第一王子ファビアンの周辺以外は。
それを見た兄ファビアン王子はその演出を信じ込み、意気揚々と帰って行った。兄が帰ったあと、パーティー参加者は自分達のお遊びに笑い合ったのだった。
後日、真実を知らない兄は私を心配するフリをして、先日の婚約破棄の事を聞いてきた。私は兄の都合のいいように話をしておく。
『前々からあの婚約者は気に入らなかった』『私があのように突き放したら、あの元婚約者は私の言う通りにした』など……。
それを聞き神妙な顔をして頷く兄は、明らかに何かを企むような顔をしていた。
『兄上の婚約者は素晴らしい方ですのでこの様な事にはならないでしょうが……。次期王太子である兄上は、もっと婚約者に強く出られても問題は無いかと思われます。兄上はお優しいですから……」
『次期王太子』。その言葉に、兄は明らかに満足そうな顔をして、『そうだな。少し私はあの婚約者に甘くし過ぎていたな……』などと思い違いな台詞を吐いていた。
…あとは兄がどれだけの愚かさを持っているかだな。――期待していますよ、兄上。
そうして、兄は私が思っていた以上の動きを見せてくださった。兄が王宮でのパーティーであの騒ぎを起こした時点で私の勝利は決まった様なものだったが……。私の想像の更に上をいったのは兄の婚約者であるセシリア リースハウト侯爵令嬢だった。
兄上があの騒ぎを起こした時、初めの方は兄上の思い通りに進むものと思っていた。…それが、始まってみれば彼女の悲劇のヒロインの演技に皆が引き込まれ、最初から兄の浅はかな考えが周りに透けて見えてしまっていた。そして、兄とその浮気相手の子爵令嬢は、自ら自爆した形でパーティーに参加した貴族達に罵声を浴びせられ、その後来られた国王陛下に失脚の引導を渡される事になった。
私は本当は兄の馬鹿げた話からセシリアを助けに入るつもりだったのに、彼女は見事に自分で反撃し彼等を失脚に導いた。
彼女は元々我が父である国王陛下からも一目置かれている。自分の息子が遊び呆ける中、王子妃教育に励み周囲にも気を配れる美しい娘を気にかけるのはある意味当然だろう。
当然その陛下はセシリアを守り兄を切り捨てた。まあ、国内の有力貴族達が集まるこのパーティーでのやらかしを誤魔化す事など不可能だったから、兄を切り捨てるのは当然か。
そのあと私はセシリア嬢に求婚したのだが……。今しがた婚約を破棄したばかりで、すぐに良い返事を貰えるとは思っていない。
とりあえず周囲にセシリアには王子である私が求婚している事を知らしめ、これからゆっくり愛を囁いていくつもりだったのだが……。まさか陛下とセシリアの父であるリースハウト侯爵が私の味方についてくださるとは思っていなかった。
そして、この場で陛下が私を王太子と認めてくださるとは、夢にも思ってはいなかった。
この国には王子が3人いる。第一王子ファビアン、私第二王子アレックス、そして第三王子ルドルフ。ルドルフは5歳離れた弟で兄ファビアンとは同腹の兄弟……であるからか、この弟もかなり甘やかされ公爵家出身の母がいる事をかなり自慢に思っている様だ。
この弟がいる事から、兄ファビアンが王太子争いから離脱しても、まだ数年は揉めるかと思っていたのだが……。
…陛下もこの王太子争いに……いや、公爵家を後ろ盾に権勢を誇る第一王妃達に辟易していた、ということか。この機会に一気に第一王妃を、ひいては公爵家の影響を排除にかかったということだ。
私は後日陛下と2人になった際、『上手く公爵家を排除なさいましたね』と申し上げた。すると陛下は『ルドルフではセシリアと年齢が合わぬではないか。私はセシリアが幼い頃から娘になる日を楽しみにしていたのだぞ。まあ、小煩い第一王妃が最近は静かになって精々しておるがな』……そう言われてしまった。
陛下の本音は分からない。もしかして本当に実の子よりもセシリアを、我が娘の様に可愛く思っておられるだけかもしれない、と最近は本気で思っている。
そして、今日も私は王宮に王子妃教育の為に訪れるセシリアに会いに行く。
初めは困ったような様子だった彼女だったけれど、最近は少しずつ変わって来ているように思う。勿論、私に良い方向に。
私は小さな頃からセシリアを見てきたから、彼女が本当に嫌がっているのか位は分かるつもりだ。彼女が人前で演じている時も分かる。
…だから先日のパーティーでもセシリアが悲劇のヒロインを演じ兄達を攻めにいっているのが分かった。皆の気持ちを見事に自分に持っていった、あの素晴らしい演技力に私は益々彼女に夢中になったのだ。
「…そんなに、毎日いらしていただかなくてもよろしいのに……」
あ、コレはちょっとテレ隠しだな。
セシリアの、知らなければちょっとツンケンとしたような態度も、私には可愛く見えて仕方がない。
「私がセシリアに会いたいんだ。それに、今は私の為に『王子妃教育』をしてくれているのだから、私も貴女に協力したいしね」
そう。今セシリアは私の妃となる為の『王子妃教育』中なのだ。私はこれも嬉しくて舞い上がってしまっている。
あのパーティー後、陛下より王子妃候補としてこのまま教育を受けるように、との要請がセシリアにされた為だ。
私の嬉しげな様子に、「別に貴方の為という訳では」と言いながらも満更でもない様子のセシリア。
私はセシリアの手を取る。コレも最初は明らかに拒否感を感じたが今は少し照れながらも受け入れてくれている。
私達はこうして少しずつ、歩み寄っていけるだろう。
「実は私の王太子としての仕事も少しずつだが始まっていてね。今度帝国の大使との会合がある。君は帝国の言葉も得意だっただろう。是非同席して欲しいのだが……」
「まあ。今の帝国の大使といえば私が幼い頃帝国にお邪魔させていただいた時お世話になった方ですわ。是非ご一緒にご挨拶させていただきたいです」
そう、一緒に。共に歩み共に喜びや苦しみを分かち合って生きていけるだろう。
――貴女となら。
最終話となります。
セシリアは少しずつ、アレックスに心を開いて仲の良い2人となっていきました。
お読みいただき、ありがとうございました!