破棄と申込み
第二王子アレックス殿下は笑顔のまま話を続ける。
「…貴女は兄の事などお好きではなかったでしょう。貴女が幼い頃から厳しい王子妃教育をされる中、あの兄は好きなように遊んで暮らしていた。貴女の兄を見る目は、それは氷のように冷たかったですからね。
…ところで、私の婚約も先日破棄された事をご存知ですか?」
私は表情を変えずに踊りながらも、少し冷や汗をかいていた。
いえ、でも小さな頃は仕方ないでしょう! 将来国王となるとされているお方が遊びまくって、その婚約者の私だけが厳しい王子妃教育をされているなんて……。そんな不平等に、ある程度の時期からはあの第一王子が大嫌いになったし恨んでましたわ!
それと、なんですか? 兄弟揃って婚約破棄をされたということ? 『婚約破棄』、流行ってるんですか?
「…私達は、初めから決められた政略結婚ですから……。恋愛などでなく、信頼で結ばれるべき関係なのですわ」
…なんて、その信頼もなかった訳だけれど。第二王子の婚約破棄は私には関係ないし、下手に突っ込んでこっちに不利になるのも嫌なのでスルーする。
「ふふ……。ではそういう事にしておきましょうか。
実は私の婚約者は、兄の伯父である公爵の薦めで決まった方なのです。私の母は伯爵家出身で立場が弱かったものですから、断れなかったのですよ。…そしてそのお相手の令嬢は、失礼ながら貧乏伯爵の令嬢。格式は高い家柄でしたが先代の伯爵が事業に失敗し、破産寸前の名ばかり伯爵だったのです。
まあ要するに、公爵はそのような令嬢を私に押し付ける事でこちらの力を削ぐつもりだったのでしょうね」
周りからはそんな話をしているとは思えない程和やかなお顔で、更に話し続ける第二王子。
「…元々そう賢くはない兄でしたが、どうしてあれ程愚かな事をこのパーティーで始めたと思いますか? …実は私は先日、とある貴族の小さなパーティーで同じように婚約破棄をいたしました。貴女の場合と違って、婚約者と話し合い全てお互い納得の上での演技、だったのですが。…兄はそれを見ていたのです。
その後私の元婚約者は『やっと王子の婚約者』という重荷から解放されたと、喜んで恋人の元へと去って行ったのですけれどね」
――第二王子も、パーティーで『婚約破棄』を? そしてその成功例を見た第一王子は、自分も同じようにパーティーで『婚約破棄』を。それって――
ご自分の婚約破棄の話をされているのに、何故か和やかなお顔の第二王子。…私はなんだか少し嫌な予感がしていた。
私の表情に気付かれたのだろう。第二王子は嬉しそうに言った。
「…ふふ。流石は幼き頃より厳しい王子妃教育をこなされ才女と名高いお方であられる。お気付きになられたのでしょう? …恐らくは貴女のご想像に近いものですよ。あの兄は私の『婚約破棄』が相手との合意の上の演出であった事に気付かず、自分も同じように『婚約破棄』が出来ると思ってしまったようですね。そして貴女に罪を着せることで、貴女のリースハウト侯爵家も都合良く自分に従うと思ったようです」
私は一瞬、演技の事も忘れて第二王子の顔を見た。
陛下譲りの銀の髪に青い瞳の美しい青年。優しげな表情なのに色んな計算の上で行動されている。油断ならないお方だわ。
「…婚約者であった殿下が、そのようなお考えで行動されていたのだとしたら、とても哀しいことですわ……」
私はこの第二王子に言質を取られないように、当たり障りのない言い方をしておいた。
するとその答えに満足したのか、更に嬉しそうに微笑まれた。
「そうですね。悲しい事です。…兄には物事や周りの動きを見通す力がなかったのです。しかし兄の穴だらけの計画に問題はありましたが、今回は貴女の素晴らしい演技の勝ちであったと、私は思っておりますよ。…そしてこれからはその貴女の力を私にお貸しいただければと、そう思っております」
やっぱりそういう事か――!
自信ありげに笑顔で言う第二王子に、私は悲しげな笑顔で首を振った。
「…それでも……、私は婚約者であった第一王子のお心を掴む事も叶わなかったのです。…私の力などその程度なのですわ。第二王子様にお貸しできるような、そんな力など持ってはおりません」
それを聞いた第二王子は断られるとは思わなかったのか、一瞬驚きの表情を見せたけれど、更に嬉しそうに言った。
「…いいえ。貴女のお力は相当なものですよ。何故ならば、貴女は私の心をしっかりと掴んでしまわれたのですから。もはや私は結婚相手には貴女以外には考えられません」
は……!?
第二王子のトンデモ発言に私の表情も少し固くなってしまった。…何を言ってるんだ、この人は……?
そこでちょうど音楽が終わった。私達はお辞儀をし、私はさっさと退散しようとしたのだけれど――。
私が去ろうとするより早く、第二王子は私の手を取った。そして私を見て恭しく跪く。
へっ……!?
私は全身が固まった。そして周囲も何事かとこちらを見た。
第二王子は周りにもよく聞こえるような、深く通る声で私に語りかける。
「…どうか、私と結婚してください、セシリア リースハウト侯爵令嬢。貴女は、気品や王子妃としての知識も素晴らしく、何より身も心もお美しいお方です」
!!
ザワザワッ!
広間中の人々が騒ついた。
コレ、なんですか……!?
私はこんな事、望んでないんですけれど……!!
なんで『婚約破棄』直後に『婚約の申込』なんて事が起こるのですかーー!!
私は目の前がクラクラした。
チラリとお父様を見ると、満更でもないお顔をしている。
そしてまたチラリと陛下を見ると、こちらも「いいじゃないか」みたいな事を呟かれて頷いているのが見えた。
いえ、良くないですよ!? 何より私はもう王族に関わり合いになりたくはないのですけれど!
「…殿下もご存知の通り、私はたった今『婚約破棄』をされたばかりの身。とてもではありませんが、今はそのような事は考えられません」
私は演技抜きで本当に戸惑い、そしてムリ! という気持ちでそう伝えた。
そう伝えたのに!!
「今すぐでなくて良いのですよ。私は待ちます。そして色良い返事をいただきたい」
周囲は騒めき、そして祝福の拍手が巻き起こる。
イヤイヤイヤ!! なんですの、コレ! 断りにくいじゃないですか!
そこに国王陛下も笑顔で頷きながら、こちらに向かって仰る。
「セシリア嬢。貴女は第一王子の婚約者として幼き頃より厳しい教育を受けてきた。その貴女が第二王子アレックスと結婚し2人で力を合わせていくのなら、この国の未来は安泰だ」
ちょっと、陛下!! 逃げ道を塞がないでくださいませんか!?
そして陛下は更に周りを見渡し仰った。
「皆の者。…実は諸事情があり、第二王子アレックスも先日婚約者と円満に婚約を解消している。今、アレックスの婚約者は不在であった。新たな婚約者はじっくりと選ぶつもりであったのだが……。セシリア嬢ならば、全ての条件は満たされる。
…そして、未来の『王妃』として、立派にこの国の国母となってくれるであろう!」
うわ……ッ!! 陛下、暴走し過ぎです! …あの第一王子の暴走はやはり陛下譲りだったのかしら……?
いえ、コレはそれどころではないわ! 今陛下は『第二王子を王太子に』と宣言したも同然ではないの!! …そして、私をその伴侶にと仰ってるのよ!? 私は第二王子のプロポーズに返事もしていないのに、大暴走ですよ! 陛下!
「…陛下!! お待ちください! まだ陛下には第三王子もいらっしゃいます。このような場でそのようなご宣言は……!」
第一王子の伯父である公爵が叫ぶ。第三王子も公爵の甥だから必死だ。
「…実質、第一王子と第二王子との争いであった。これ以上の揉め事は必要ない。
皆の者にこの場で伝える! 王太子は第二王子アレックス ライデンである! しかとそう心得よ!!」
陛下はそう宣言された。
「「「御意!!」」」
広間中の貴族達が同意した。…中には不服そうなお方もいるけれど、どちらにしろ第一王子の失脚はほぼ決定事項。そして年の離れた第三王子もお人柄の評判は余りよろしくない。恐らく長く揉めたところで結果は同じだろう。
…のですけれど。
私は納得しておりませんよ!? というか、私を巻き込まないでくださいーー!!
呆然としている私の肩に手が乗せられる。「ん?」と見ると、第二王子が私の肩を抱いてニッコリと笑いかけてきた。
私は横にスッと避けて、第二王子を冷たい目で見た。
「…私は何もお返事しておりませんけれど」
彼は嬉しそうに笑いながら、
「…そうだね。でも、もう返事は一つしかないよね」
!!
やられた! なに? 第二王子と陛下は示し合わせていたの!?
私は本当ははらわたが煮えくりかえる程腹立たしかったけれど、彼にはそんな事を一欠片も悟られたくはなくて、それはにっこりと良い笑顔を彼に向けて言った。
「では、私の心を掴まえてくださいませ。そうでなければお話をお受けすることは出来ませんわ。…今の私は心を見失っておりますから」
第二王子は一瞬キョトンとされたけれど、またすぐににこりと笑われた。
「…これから私には貴女のお心を掴まえるという、楽しみが出来たという訳ですね。それでは私は今から貴女に愛を囁き続けることといたしましょう。…実に楽しみです」
! ……コレは、藪蛇だったのかしら……。
私が彼のその言葉に戸惑った演技をしていると、
「…実は私も学園を飛び級する権利を持っているのです。人脈作りの為に一応在籍しておりましたが……。これからは、出来うる限り貴女と共にいることといたします」
第二王子も学年は第一王子や私と同い年。それが既に卒業の条件を持ってらっしゃるという事は、この方も私の王子妃教育と同等……もしくはそれ以上の勉学をされてきた、ということね。
「私の為に、せっかくの学園での生活を台無しにされてはなりませんわ」
「貴女も王子妃教育の為に学園生活を犠牲にされたではありませんか。…王子妃教育をムダにしない為にも、私と婚約していただくのが1番良いかと思いますが」
「私は犠牲などとは思ってはおりませんわ」
「素晴らしい心意気です。…流石は、この国の王妃となるべきお方だ」
…本当に、油断ならないお方!
私の完璧な演技をこうもいなしてこられるなんて!
「…まあ、2人には暫くゆるりと過ごす時間が必要であろう。なに、急ぐ必要はない。誰にも邪魔はさせぬし、じっくりと愛を育むが良い」
陛下がにこやかにそう仰った。
――それって……、それって、もう決定事項だからねってことですか――!?
見ればお父様も同じように和やかにこちらを見てらっしゃる。
…そして、周りの貴族の方々も……。
「良かったですね。陛下始め皆様にこうして祝福していただけて」
ニコニコとしてこちらを見てそう言うのは、全ての元凶の第二王子アレックス様……。
コレは、こんな状況ではイヤとは言えないじゃないですか――! この王子……! 上手く周囲をご自分の都合の良いように固めましたわね!
「…ソウデスワネ。アリガタイコトデゴザイマス……」
私はそう、少し硬めの笑顔で応じた。
…コレは、戦略的撤退ですわよ!
絶対、絶対ッ!! 後でひっくり返してやるんだから――!!
――しかしながら、見事に外堀を埋められたこの婚約はこの後トントン拍子にまとまり、私は3年後に第二王子アレックス殿下と結婚する事になるのだった――
お読みいただき、ありがとうございます!
次回が最終話になります。