国王の采配
「……私の気持ちを述べさせていただいて、よろしいのでしょうか……?」
私がそう言うと、陛下は慈愛の目で見つめながら、
「話すが良い」と許可を下さった。
はい!! 元女優の出番来ました!
では、スタート!
「私は……。ファビアン殿下と共にこの国を繁栄させる為、幼き頃より王宮にあげていただき『王子妃教育』に励んでまいりました……。殿下を信頼で結ばれた唯一のお方と信じて、ただひたすらに邁進してまいりました……」
私の切々とした思いの訴えに周りの方々は、しん……と静まり返り、真剣に私の話に聞き入ってくださっている。
「……ですが、たった今私の心は折れてしまいました……。私の信じるものは何であったのか、分からなくなってしまったのでございます。……ですから、もし許されるのであれば……。私は領地に戻り、1人ひっそりと生きていきたく思います……」
私は最後少し俯きながらそう言い切ると、一筋の涙が流れた。
……ああ、セリフも涙のタイミングも完璧よ……!
婚約者である第一王子より、このような貴族達が集まるパーティーの中いきなりの『婚約破棄』。そしてその場を見せ物にされたまま婚約者に冤罪にかけられようとした、余りにも辛い状態。
周囲も「なんとお気の毒な……」と、とても同情的だわ。
……第一王子のお身内の方を除いては。
「何を言うか! 若くしてひっそりだなどと……! もう一度第一王子殿下を信じやり直せば良いのだ! 大丈夫だ、私が保証する!」
公爵が勢いよくそんなおかしな事を言い出して、慰めに見せかけた押し付けをしてきた。だいたいそんな保証は全くあてにならなくてよ!
「……今の私には、殿下のお顔を見るのも辛うございます……」
私ははらはらと涙を流しふらついたところを父である侯爵に支えられる。
「先程、あのような仕打ちをされた殿下とやり直せとは、余りにも酷なお言葉ではありませんか? 閣下! しかも我が娘にはなんの落ち度もありませんでしたのに……! 未だにこちらへの殿下ご本人の謝罪もございません。それなのに、『許しやり直せ』とは!!」
お父様……!
お父様の言葉を聞いても更に何かを言い募ろうとした公爵に、陛下は手をあげ目線をやり黙らせてから、周囲に向かって声を発せられた。
「彼女が第一王子を許せないのは尤もなことだ。これだけの事があって『許しやり直せ』とは私でも言えぬ。むしろ、こちらから謝罪しなければならない。……セシリア嬢さえ良いので有れば、『婚約の解消』を認め、そちらには全く何の落ち度もないことを私が保証しよう」
陛下が最後は私を見て仰った。……私に逃げ道を用意してくださったのだわ。はい、陛下の保証ならば安心です!
「……ありがとうございます。陛下」
私は目を潤ませながらお辞儀をし、しっかりと陛下の青い目を見る。陛下は優しく微笑んでくださった。……やっぱりダンディーで素敵だわ!
「そして公爵よ。いくら第一王子の伯父とはいえ、今回の事に口を挟む事は許さぬ。勿論第一王妃もである。此度の事、これだけの貴族達の証人がおる以上誤魔化しが効くと思うな。
……衛兵。第一王子を別室に連れて行くように」
為政者の顔になった陛下は、第一王子の母である公爵家出身の第一王妃や伯父である公爵に手出し無用と先に釘を刺してから、第一王子をこの場から退出させるよう命じた。
「父上ッ! 父上ぇッ!! コレは、罠です! 私は陥れられたのです! お助けくださいッ! 母上ッ! 何とか仰ってくださいッ! 伯父上ぇッ!」
第一王子は衛兵に両脇を固められながらも必死で陛下や第一王妃、そして伯父である公爵に助けを求めたけれど、陛下の意志が固い以上誰もそれ以上言う事が出来なかったようだった。
陛下としても大勢の貴族達の手前、為政者として甘い顔は出来ないのだろう。
そして、第一王子は最後まで陛下達に助けを求めるだけで、私を見る事はとうとう無かった。
――そう……、なんでしょうね。……昔婚約が決まったばかりの頃、私が彼の為にとどんなに王子妃教育を頑張っても、彼に関心を持って欲しくて話しかけても季節折々の贈り物をしても……。彼は私のことを全く見てはくださらなかった。
――まさか、私が学園を卒業していた事まで知らなかったとは思わなかったけれど。
……私、一応初恋は第一王子でしたのよ?
私はふうっと心からのため息を吐いた。
……今のファビアン王子のあの態度で、私の中にほんの少しだけ残っていたかもしれない思いは綺麗さっぱり飛んでいきましたわ。
「……今まで苦労をかけたな。またこれからの事は後日としてくれるか」
陛下より私への労りのお言葉があった。本当に、陛下が立派なお方だった事だけが救いでしたわ。
……どうして陛下のような方からあのような王子がお育ちになったのかしら?
「……はい。お言葉、勿体のうございます」
すると横の方から痛い程のキツイ視線を感じた。チラリと見るとそこには、第一王子の母と伯父、つまり第一王妃と公爵が私を睨んでいた。
……成る程。この方達の影響で第一王子はああなられたのですね。
「……被害者である令嬢に、誰であろうとこれ以上の如何なる無礼は許さぬぞ」
第一王妃達の態度に気付いたのか、陛下は私に更なる気遣いをしてくださった。
第一王妃と公爵は悔しげに俯いた。
「皆の者! 思わぬ事が起こり水を差してしまったが、パーティーはこれからである。大いに楽しんでいくが良い!」
陛下のお言葉と共に音楽が流れ出し、改めてパーティーが始まった。
先程の事を気にしながらも貴族達は楽しむ事にしたようだ。勿論皆は彼等の話題で大いに盛り上がることだろう。
「……大丈夫であったか?」
先程から私を支えてくださっているお父様が心配そうに顔を覗きこんで仰った。
「……お父様……! はい。先程はありがとうございました」
「……お前には苦労をかけたな。第一王子のお人柄等、色々悩むところは多々あったのだが……。一度あの方を推すと決めた以上は余程な事がない限り取りやめる事は出来なかったのだ。しかしコレで第一王子の失脚は免れないだろう。とりあえず我が家は最小の被害で済むだろうが……。今回のことはお前に辛い思いをさせた上に、次の婚約となるとかなり時間がかかってしまうとは思うが……」
申し訳なさげに仰るお父様。
「お父様。私の苦労などお父様のご苦労と比べましたら……。……この度のこと、私には全てが良い経験でこれからの自分の糧となりますわ」
私はお父様達がこれまでに第一王子や周囲への対応に、大変苦慮されていたことを知っている。
「……済まぬな……。さあ、今日はもう挨拶だけしたら帰ろう。屋敷に帰ってゆるりと話そうではないか」
お父様ったら、随分私に気を使ってくださっているわ。……でも今は、その優しさに甘えておきましょう。
私は演技をやめた緩やかな笑顔でお父様に微笑む。お父様もそれを見てふわりと微笑まれた。
周りの方々も私達に気遣いながら声掛けをしてくださり、久々に穏やかにパーティーを楽しめているわ、と思っていると……。
「……セシリア嬢。踊っていただけますか?」
私に声を掛けられたのは、この国の第二王子アレックス。
私の婚約者だった第一王子ファビアン殿下の5ヶ月後にお産まれになった、伯爵家出身の第二王妃様のお子様。
第一王子のやらかしによって一気に王太子の可能性が上がったお方ではあるけれど、実は5歳下には第一王妃のお子である第三王子がいらっしゃる。まだ王太子は誰に決まったとは言い切れないだろう。……その中のお一人が第一王子の婚約者であった私に声を掛けて来るなんて……。
第二王子からのいきなりのダンスの申込みに私は驚きはしたけれど、まだ悲しみの演技は続行中よ? 普通なら王子からのダンスの申込なんて断れないのだろうけれど……。
……私は少し驚いた様子を見せ、でもすぐに悲しげな表情を浮かべ目を閉じて首を振った。
「……お許しください。私はたった今婚約破棄されたばかりの身でございますので……」
そう言って涙を堪えるように俯き扇で顔を隠す。……本当に今そういうの、要らないですから!
「我が兄が為に負った貴女のその悲しみを、私に取り除かせてください。貴女を笑顔にする権利をいただきたい」
第二王子はそう言って、私の手を取り颯爽と強引にダンスホールに向かう。
え! 本当に踊るの? そんな気サラサラないのに……!
そしてそのまま私は第二王子に連れ出され、私達は踊り出した。
第二王子は優しげな笑顔を私に向けたまま、周りに聞こえない位の声で私に語りかけた。
「……最高の、演技でした。私も思わず引き込まれて涙しそうになりました」
――は?
アレックス王子の言葉に、一瞬演技を忘れて目をみはる。
「演技……、とは……? 私は今、失意と悲しみの中にいるのです」
なんなの? 兄の仇を討とうって言うの? 兄弟仲は悪いんじゃなかったの?
というか、そもそも最初に仕掛けてきたのはあちら。私は返り討ちにしただけだからね!
お読みいただき、ありがとうございます。




