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装甲鉄騎センラン  作者: 摂津守


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二十


 二十


 ハユを奪われたタクスの怒り狂い方は尋常ではなかった。その形相はまさに怒髪天どはつてんくという表現が相応しい。


 タクスは誘拐犯の追捕を命令すると、あとは自室にこもって大酒をあおり、ひたすら吉報を待った。

 タクスにしては珍しく酔った。気がつけば眠ってしまっていた。目覚めたときにはもう夕暮れだった。

 軽い頭痛があった。おそらく深酒の代償だろう。これも珍しいことだった。昨夜は今までになく怒り狂ったせいで、身体に変調をきたしてしまったらしい。

 すぐに小姓に命じ冷水を持ってこさせ、次いで昨夜の『ハユ誘拐事件』の担当者を呼び出した。


 初老の男がやってきた。彼がこの件の担当者だ。年の割に髪が薄く、残った髪も灰を被ったように白い。男は青ざめた顔で、震える足で膝行しっこうし、か細いしゃがれ声で一言、


 「も、申し訳ございません、げ、下手人は、い、未だ捕らえることできず……」


 直後、空になった杯が初老の男の頭へと投げつけられた。


 「ヒィッ……!」


 昨夜の憤怒の形相が再臨していた。タクスの射殺すような目が、担当者へと容赦なく注がれる。


 「ハユもか!?」


 「も、申し訳ございません、ハユ様も未だ……」


 平伏している初老の男の背に、鋭い一撃が貫き通った。タクスの剣が担当者の背に深々と突き立てられていた。口から血が吹きこぼれ、身体が小さく痙攣すると、担当者はそのままの姿勢で息絶えた。


 タクスは人一人の命を奪うことで、少しばかり気が晴れたらしい。その表情からやや怒りの色が薄まった。

 タクスの八つ当たりによって初老の男は責任を取らされる形となったが、しかし誘拐犯が未だ捕まらないのは彼のせいだけではない。

 誘拐犯であるクロウが、卓越した隠密の技術と身体能力の持ち主であることも捕まえられない理由の一つだが、今一つの理由は捜査員のほぼ全員にやる気がないためでもあった。


 それはタクスのせいでもある。タクスがハユに耽溺し、悪政の度を強めたことから、多くの武士、特に下っ端連中はハユを嫌っている。

 悪政の元凶であるハユにはこのまま消えてほしいというのがヤマクモ武士大多数の本音だった。

 それに加え、事件発生は深夜だった。一層やる気の出ない時間帯だ。これにより捜査は初動でつまづいてしまった。


 タクスはそんなことはつゆほども知らない。たとえ知っていたとしても、省みることはなかっただろう。タクスはそういう男だ。


 ふと、タクスが部屋を見回してみると、柱に何か白いものが貼り付けてあるのが目に入った。

 封書だ。こんなものに見覚えはない。タクスは訝りながらもそれを手にとって見た。

 タクスは中身を見て、額に青筋を浮かべた。

 中身は、昨夜の誘拐犯からの挑戦状だった。それは全体的に慇懃無礼いんぎんぶれいで、挑発、侮蔑が至るところに散りばめられていた。


 読み終えた時、タクスの顔は真っ赤に染まっていた。タクスは怒鳴って小姓を呼びつけた。


 「兵を出す! 重臣たちを集めろ! 急げッ!」


 小姓は初老の男の死体を見て見ぬ振りしつつ、部屋を飛び出していった。

 タクスは書状をビリビリに破り捨て、庭に出た。昨夜下手人の逃げ去った方を睨んだ。目が異様に血走っている。


 (必ず殺してやる……!)


 タクスの誘拐犯に対する怒りと憎しみは激しい。

 暴君は得てしてプライドが高い。そんなタクスが二度も虚仮こけにされた。これは断じて許されることではなかった。

 タクスは誘拐犯を殺すことを固く心に誓った。だが、簡単に殺すつもりはない。ゆっくりと時間をかけ、やれる限りの責め苦を与え、生き地獄を味わわせた後にバラバラに殺す。それがタクスの望みだ。

 その時を思い、タクスはニヤリと笑った。楽しい空想だった。いや、もし誰かがこの時のタクスを見ていたら、到底楽しい想像をしているとは思えなかっただろう。それほどタクスの顔は醜く奇妙に歪んでいた。




 陣触れは全将に伝えられた。

 ハレトワ・マザネは、その心中にあるものを未だ隠し通しつつ、この度の出陣に加わった。

 恐らくこの出陣の件もクロウが引き起こしたのだろうということは、マザネにも想像がついたが、これに乗じて反旗を翻すのは躊躇ためらった。未だその時ではない、というのがマザネの考えだ。




 龍王家の若き重臣、センジ・アスラはこの陣触れを聞き、誰よりも早く宮殿へと上った。

 いの一番に陣触れに従ったわけではない、むしろその逆で諫言するためだった。

 今回の出兵に利なし、それを説くためだ。

 実際のところ、今回の出陣は無茶がある。


 まず、突然すぎた。軍とは非常時の備えだが、龍王の軍は太平の世に慣れきっていて即応性に欠けていた。しかも全軍出動というからそれはもう大変だ。物資の収集から人員の割り振りまで慌ただしいことこの上ない。

 次に近隣に対する配慮が難しい。タクスの悪政のおかげで遠国での龍王の権威は失墜の一途を辿っているとはいえ、近隣諸国へは未だのその権威と武威が生きており、従属させている。


 しかしながら、それはあくまでも今現在の話だ。もし、龍王が軍事行動を起こし、近隣の動揺を誘ったなら、近隣諸侯がどのような行動を起こすかわからない。龍王の権威が昔ほどでないことは近隣諸侯も鋭く感じ取っているはずだ。

 軍事行動は近隣諸国を刺激せずにはいられない。もし、近隣諸国が自衛のため軍を起こし、もし近隣諸国が龍王の軍勢に反発し、小競り合いでも起きようものなら、いよいよ龍王の権威は大きく揺らぎかねない。


 そうなれば、血と争いにまみれた戦国の世が来てしまう。


 もう一つ、アスラはハユが好きではない。アスラもまた、アンチハユ派だった。

 アンチハユ派の多くはハユがタクスを色香でたぶらかしていると思っているが、アスラは違う。ハユにそのような野望も欲望もなければ器量もない、ただの少女に過ぎないことをアスラは理解している。

 だが、ハユがタクスにとってためにならない、という点は多くのアンチハユ派とアスラの共通認識だ。


 (さらわわれたとは好都合、そのまま消えてくれれば万々歳)


 と内心でアスラはそんなことを思っている。

 さて、アスラは以上の点を丁寧に事細かにタクスに説明し、諫言かんげんした。

 結果は否、だった。言下に一蹴された。

 それもアスラの予想通りだった。タクスがアスラの諫言を、いや、タクスは誰の諫言も聞き容れたことなどなかった。

 ただアスラは重臣としての自分の責任と仕事を果たしただけだ。

 諫言を済ますと、アスラは大人しく下がり自邸へと帰った。くどくどと諫言しては命に関わる。アスラはまだ若く、その上賢い。死に急ぐ理由がなかった。

 自邸へ戻ると、既に戦支度を済ませた黒仮面、マレカが門の前で出迎えた。


 「いかがでした?」


 マレカの問いに、アスラは苦笑を返してみせた。それでマレカはすべてを察した。マレカもまたこの結果を予想済みだった。


 「ところで、俺の『ゲッカ』はどうか?」


 今度はアスラがマレカに問う。

 『ゲッカ』とはアスラ愛用の鉄騎である。センジ家の当主は伝統的に愛騎に『ゲッカ』の名を用いる。


 「間に合いません。騎体のすべてを分解整備しています。最短でもひと月、『ゲッカ』は交換部品も多く、今しばらくの時を必要としています」


 「ま、わかってはいたがな……」


 「代替騎の『ケンガン』で充分なのでは? ついこの間の『こけし』の件でサンゼンに赴いたとき、見事に『ケンガン』を乗りこなしておられたじゃありませんか」


 『ケンガン』とはヤマクモ州で作られる汎用かつ伝統的鉄騎だ。上級武士のワンオフ騎である『ゲッカ』には性能面で遥かに劣るが、その分安価で使い勝手の良く、古くから使われ続けている名騎だ。


 「それに今回はハユ様誘拐の賊を討伐するための出陣と聞きました。賊ごときにゲッカはやや大袈裟かと。センジ家は全騎出動と命令を受けてはいますが、本来なら私一人で充分なくらいです」


 「マレカはそう思うか?」


 「アスラはそう思わないので?」


 「うん」


 「どうしてです?」


 「宮中での噂によると、賊はたった一人でハユ様を攫い、置き手紙を残していった。置き手紙には鉄騎で来いと書いてあったそうだ。これだけでも敵が只者じゃないことがわかる。俺が思うに、かなりやるやつだ。『普通』に考え、甘く見ると痛い目に遭うかもな」


 マレカはそんなアスラに黒仮面の奥から懐疑的な視線を送った。


 「万が一のためにも『ゲッカ』が欲しかったが、無いものねだりしても仕方がないな……、ところで戦支度はできたか?」


 「いつでも出陣できます」


 マレカは即答した。マレカは中々血の気が多い。黒い仮面の下では目が爛々と輝き、今か今かと戦を待ち焦がれている。

 仮面で表情が見えなくとも、アスラにはそれがわかった。長い付き合いだ、顔を見なくてもそれくらいわかる。アスラは内心苦笑した。


 「ゲッカがない今、我が家中で最も頼りになるのはマレカの『シャクイ』だ。いざというときは頼むぞ」


 『シャクイ』はマレカの愛騎だ。『ケンガン』に大幅な改造を加えた鉄騎だ。『ケンガン』を乗り手に応じてカスタムし、愛称を与えるのは鉄騎を持つ武士なら誰もがしていることだ。


 「ははっ、お任せ下さい」


 マレカは威勢よく返事した。

 アスラは一瞬、目を伏せたかと思うと、再びマレカを見やって言った。


 「ひょっとしたら、賊は『こけし』かもしれないな」


 「『こけし』が? そんなまさか」


 「そんなまさかをやったのが『こけし』だ。単騎で四騎を葬った後、行方が知れない。そして今回の賊も、単独で宮殿に侵入し、あまつさえ側女を攫って無事逃げおおせた。まさかってやつさ」


 「では、雪辱戦ですね……」


 仮面の奥のマレカの目が光った。にわかに闘志を沸き起こしている。

 アスラは微笑した。敵を舐めてかかるよりは、多少闘争心過剰なくらいがいい。


 「よし、では行くか」


 「はい」


 アスラとマレカは門の内側へと入っていった。直後、門の向こう側でズシンと大きな音がした。門の向こうに、門を超える巨体が二体立ち上がった。純白と深い茜色の鉄騎。アスラ駆る『ゲッカ』の代替騎とマレカ駆る『シャクイ』だ。


 その二騎の背後に八騎の『ケンガン』が続々と立ち上がった。

 ほら貝に似たサイレンが鳴った。サイレンは近隣と歩行者に鉄騎が出撃することを報せるためのものだ。

 総勢十騎は、通称『倒れ門』と呼ばれる鉄騎専用の門から、アスラ邸を出ていった。

 これを皮切りに、鉄騎を持つ各武士邸宅から続々と法螺貝ほらがいの音が鳴り響いた。


 これほど多くのサイレンが鳴り響くことはほとんどない。それはクロウの父親が龍王タクスによって殺されたときにもこれほどの騒ぎではなかった。

 多くの市井の人々は恐怖した。けたたましいサイレンの音は大きな戦争を予感させ、大きな戦争の予感は人々の心に不安を投げかけた。不安により人々は、為政者いせいしゃであるタクスに疑惑の眼差しを向けざるを得なかった。いよいよ人心は揺れに揺れている。


 ケイオウの街に、嵐が訪れようとしている。混乱という名の嵐が、そしてそれはやがて世界を巻き込む大戦という名の大嵐へと……。

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