第11章 一緒に
第11章 一緒に
直人は1人夕日に照らされた坂道を登っていた。真っ直ぐに伸びた1本道、隣を車が通り過ぎていく。ただ黙々と坂道を登っていく。
直人がようやく坂を登りきると、視線の先には周りを忙しなく見回す姫香が立っていた。周りから見てみれば完全に挙動不審だが、直人は頬を緩ませる。
「ひーめか」
名前を呼ばれた姫香はすぐに声の方を見て、直人を見つけるなり笑顔で手を大きく振る。
「直人君!」
外であることを全く気にせずに声を出す姫香に、直人は周囲を気にしつつ小さく手を振る。姫香はすぐに直人の方へ笑顔で走り出す。
「直人君、あのね――うわっ!」
突然姫香がつんのめったのを見て、直人は咄嗟に走って姫香を抱きとめた。
「はしゃぎすぎだって。ご近所さんもびっくりするだろ」
姫香は直人の腕の中で頬を赤く染めながら顔をあげて笑った。
「だって、早く帰って来てほしかったの」
直人の顔がみるみるうちに耳まで真っ赤になり、数秒してから突然鼻を押さえた。
「あ、ヤバい。鼻血が……」
「え!」
直人はそっと姫香を離して鼻を覆い、家に向かう。姫香はすぐに直人を追い抜き、
「直人君、こっちこっち!」
と、新築の一戸建ての扉を開けてやる。焦りながらも礼を言って直人は家の中に駆けこんでいった。
家の中に入った直人は真っ暗な家の中急いでリビングに向かった。なぜ暗いのかと訊こうとして、指の間から鼻血が漏れ出そうになり慌てて奥へと進んでいく。玄関から姫香が待って、と声をあげるが直人は足を止めない。
「待てないって!」
と、言いながらリビングの扉を開けた瞬間、突然電気が点いてクラッカーが鳴り響いた。紙吹雪が舞い、遅れて直人の頭にクラッカーから飛び出した紙の糸が落ちてくる。顔の前に垂れてくるのも気にせず、直人は鼻を押さえたまま驚いて声を上げる。そこには
「祝!結婚!直人君、姫香ちゃんおめでとう!」
という垂れ幕もあり、リビングは飾りつけがされていた。カーテンにも壁にも折り紙を細く切りって鎖のように繋いだもので飾られて、華やかになっている。
直人と姫香の両親、そして桐斗が盛り上げる中、直人は何か言おうとして自分の状況を再認識し、叫んだ。
「ティッシュ!」
「え、なんで直人鼻血出してんの?」
桐斗が慌ててティッシュを渡すと、姫香が遅れてリビングに入ってきた。
「直人君大丈夫?」
「大丈夫だけど、とにかく姫香はあっちに行ってて。鼻血が止まらないから」
言葉の意味を理解して姫香は真っ赤になり、桐斗が口笛を吹いて茶化す。互いの両親も顔を見合わせて笑っていた。
「おい、黙れよ桐斗」
目を細めながら桐斗にそう言った直人はふと垂れ幕の文字の間に書かれた寄せ書きに気がついた。
「大切なものをたくさん失うことになったのに、それでも姫香を助けてくれて本当にありがとう」
「直人の努力が誇りです」
他にも多くの言葉が書かれていた。そんな綺麗な文字の傍にある殴り書きに近い文字。直人にとって、それは何年も見続けてきた忘れもしない文字である。
「お疲れ、直人」
直人はそれを見るなり唇を噛みしめ、うっすらと目に涙を溜める。
ふと視界で動くものに気がついて、もう1度垂れ幕を見た直人は、桐斗がしきりに何かを指差しているのを見た。そこには直人が求め続け、多くの犠牲を払って手に入れた、大好きな文字が書かれていた。
「ありがとう直人君」
直人がその文字を見てから、桐斗はわざとらしく直人の背中にもたれかかって座った。
「愛されてるよなぁ、直人って」
大きすぎるぐらいの声でそう言ったものの、反応がない。直人の顔を見ようとした桐斗の視界に、目頭を押さえて肩を震わせる姿が入る。それを見るなりそっと口を閉じた。
顔を見ずに、直人の頭に手を置いて軽く揺らした。直人はただされるがままに揺れ、声を押し殺す。
「直人君鼻血大丈夫?」
恐る恐る姫香が近づき、桐斗は小さく頷いてやる。姫香はすぐに笑顔になり、直人に両手を伸ばした。
「ほら、お料理冷めちゃうよ。いこう」
直人は涙を拭き、その手を取って立ちあがった。2人の両親に歓迎されながら輪の中に入っていくのを見届けてから、桐斗はもう1度垂れ幕に書かれた姫香の文字を見た。
ありがとう直人君、という文字の下にはもう1文書かれていた。10年という時間を犠牲にして彼が救った女性の文字。桐斗はそのメッセージを黙ったまま目で追った。
「羽鳥君も早く!」
姫香が笑顔で桐斗を呼び、桐斗は一気にテンションを上げた。
「はーい! 羽鳥桐斗、今すぐ向かいまーす! そしてお料理ありがたく完食しまーす!」
「お前はちょっと遠慮を覚えろよ」
料理に突進する勢いで駆けていった桐斗を直人が制し、笑いが起きた。
10年という時間差など元々なかったように。歪んだ時針を動かす前の、あの頃と同じように。
垂れ幕にはメッセージが書かれていた。
ありがとう直人君
これからは一緒に同じ時間を生きていこうね。
中を覗いていた金色の目が笑って消えた。
(完)
最後まで読んでいただき本当にありがとうございました!




