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第7章 得たもの、消えるもの(4)

 桐斗に姫香を託し、俺は書き上げた論文を手に研究所に向かった。受付ではもちろん子供が来るところじゃないと須川さんに追い返されそうになったが、論文の内容を話していくと目の色を変え、小山教授に会わせてくれた。論文を読んだ教授は、他の研究チームのメンバーにも読ませて内容を共有していく。


 俺は高校生で、医学部にも入ったことがないただの子供という状態だから研究自体に携わることはできないが、小山教授や須川さんと頻繁に連絡を取り合うことができた。


 教授らと連絡を取り、研究について話すうち、小山教授と須川さんは俺のことを怪しむようになった。高校生が知っているのはあり得ない情報ばかりを俺が言うから無理もない。そのため、俺がなぜこんなに知識を持っているのか、生命時計を含む事実を全て話すと小山教授はすんなり受け入れてくれた。俺の持ってきた論文の内容も、次々に出てくる未知な知識も、俺の話すことが本当でなければありえないと考えてくれたのだ。


 須川さんは始めこそ信じられないと言っていたものの、俺が医学部研究科で何をしてきたか、研究室に入って直面した教授の裏の顔はどうだったか、など、一部の生徒しか知らない情報を出すと信じざるを得なくなり、俺のことを信じてくれた。


 論文の検証に入った小山教授達は、国の厳しい基準を満たすために丁寧に検証し、1歩ずつ特効薬完成へと進んでいた。精製法は俺の頭の中にだけあるから、行き詰れば蓄積した知識が役立った。





 その一方で、姫香が転校してきてもほとんど姫香と話すことはなかった。生きているのは過去に来たからであって助かったわけではない。姫香に会えることを喜ぶ前に俺にはやるべきことがある。姫香を救うために1分1秒も無駄にはできなかった。それでも休み時間に笑っている姫香を見ると、今すぐ話しかけに行きたいと思うのだ。


 桐斗は俺に行けと言ってくれたが、拒否した。世の中には知らなくていいことがある。桐斗にすべてを託したのだから、俺は身を引いているべきだと。同じ時間軸で生きる人達と一緒にいる方が何倍も幸せなのだ。


 そういう俺のために、桐斗は頻繁に姫香の写真を送ってきてくれたし、何を話したか、どんな風に過ごしていたかを教えてくれた。本来ならストーカーだろうが、俺が過去姫香と付き合っていたこと、姫香のために頑張っているということで桐斗が自分から協力してくれたのだ。





数か月後、研究所に向かおうとしていた俺の携帯に桐斗からメールが入った。


「姫香ちゃんが腐敗症だって言ってた」


そのメールを見て、俺はついにその時が来たのだと確信した。俺にとってそれは姫香の余命宣告そのものだ。早く特効薬ができなければ、腐敗症は体が溶け出すところまで進行してしまう。末端から溶けて壊死を起こせば特効薬を使っても十分な効果が得られないだけでなく、体の再生がうまくいかずに助からなくなるのだ。


 このままでは姫香が死んでしまう。死んでから特効薬の認可が下りても仕方がない。それでも資格を持たない俺は小山教授を特効薬完成に導きながら待つしかできなかった。知識も技術もあるのにどうしても研究器具に触れて開発に入ることはできないその歯がゆさを抱えながらただ過ぎていく日々を過ごすしかなかった。





 そんなある日のことだった。辺りはまだ5時半だというのにすっかり暗くなり、生徒はもう全員帰っていて、小山教授と連絡を取っていた俺は下校時刻に追われるようにして校門へと向かっていた。ついに腐敗症の特効薬を小山教授が完成させたという報告だった。


 薬については核戦争の前後で大きく変わる。治験の様式、研究に使用する器具、そして検証と認可の道のりまで一新されているのだ。新薬が完成すると、まず研究所のトップに位置する国最大の研究所、宮代総合研究センターで検証される。新薬として一般的に認められるためにはその研究センターからの許可が下りなければならないのだ。と、いうのも、核戦争後、研究に力を入れたことで多くの新薬が生まれたが、そのうちの半分はひどい副作用を呈した。検証があまりにも不十分だったことが原因として挙げられるが、皮肉にもそのおかげでパンデミックは幾度となく防がれてきたのだ。


 新薬の開発が進むうえで徐々に薬による一時的なパンデミック防止というものではなく、安全性がさらに重要視され今に至る。おかげで薬は安全にはなったが、新薬を開発しても認可が下りにくく他国に先を越されることも問題として挙がっていた。俺としては、後はとにかく小山教授から、研究センターからの認可が下りたという報告を待つだけだった。


 何とか指定時間以内に校舎を出ることができた俺は、校門の隣に立っていた女の子から目が離せなくなった。姫香だ。一目惚れしたあの時みたいに、心臓が飛び跳ねる。


 桐斗に任せてから、俺はほとんど姫香を見ないようにしていた。見れば見るほどすべてを打ち明けて傍にいたくなってしまうから。知っている。俺が全てを打ち明けてしまうことは、姫香に対して俺の重荷を背負わせることになる。そんなことは絶対にしたくなかった。俺が招いたことなのに、その苦しみを姫香に背負わせるなんて考えられない。それでもクラスメイトから無視されるのは辛いだろうし、一言だけでも挨拶しようと姫香を見た。


 その時、視界から姫香が消えた。まさか、と咄嗟に足元に目線を移すと地面に姫香が倒れていた。


「姫香!」


すぐにしゃがんで倒れている姫香の状態を確認する。どうやら頭を打たずに済んだらしい。心拍、呼吸は共に正常だ。確認してから俺はすぐに姫香を抱き起すと、何度も名前を呼んで揺すった。


「姫香、わかるか? 聞こえるか?」


腕の中で力なく目を閉じている姿を見て、すぐに救急車を呼んだ。頭が真っ白になる。認可が下りるにはまだ時間がかかるのに、このままでは薬が間に合わず姫香は死んでしまう。


 俺はまた姫香が弱っていくのに何もできないのか? また死なせてしまうのか? 助かってほしい。生きていてほしい。俺が求めるのはそれだけなのに、どうしてうまくいかないんだ。


 たまらず姫香を抱きしめた。懐かしい温もりや鼓動が伝わってくる。前となんら変わらない懐かしい感覚なのに、胸が裂けるように痛む。


「一緒にいられなくても、姫香が俺のことを覚えていなくてもいい……。今度こそ助けてみせるって、やっとここまできたんだ。あと少しなんだよ。大好きなんだよ姫香。俺のことなんて知らないと思うけど、それでも――」

俺は姫香のことが今もずっと好きなんだ。姫香の記憶に俺の存在がなくたって、姫香の隣に俺がいられなくたって……。


「俺は姫香が好きなんだ」


そう繰り返して強く姫香を抱きしめた。

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