悪意、そして友情
同時刻。西ノ宮グリーンパーク内の至る所から爆発が起きた。小規模な威力であり、なおかつその爆発場所付近に人がいなかったのは不幸中の幸いだろう。死亡者は一人も出ていない。
しかし、突如の爆発で人々は混乱した。悲鳴を上げて逃げ惑う人々は他の客の事も考えずに押し合って前へ進もうとする。
うまく前に進めず、怒鳴り声をあげる人物も出始めた。その近くにいた女性が大事そうに抱えている赤ん坊が泣き声を上げる。
先程までは誰もが楽しそうであり、幸せそうな笑みを浮かべていたというのに、一瞬にして人々の表情は恐怖や不安で引き攣ったものへと変わっていた。
そんな天国から地獄に変わったような景色を、放送室の窓から眺める人物が一人。
「いやー、盛り上がってるねえ。どいつもこいつも必死で逃げ惑ってやがる」
ニィッと醜悪な笑みを浮かべ、遠野蓮は放送室にある機材のスイッチをONにした。
「さーて、こっちも言われた事をさっさと済ませるか」
窓際からマイクのある場所へと移動して、遠野はマイクに口を近づける。
『あー、あー、ただいまマイクのテスト中。ってんな事する必要ないのか。えーと、西ノ宮グリーンパーク内にいる高天原鏡矢クン。この放送を聞いているのなら今から十五分以内にグリーンパークの中央広場に来てくれ。大事な事だからもう一回言うよ。今から十五分以内にグリーンパークの中央広場に来るように。もし十五分以内に来なかった場合は、残念だけど他の来場者に死んでもらうしかない。残されている大型爆弾で入り口付近を爆破する事になるね。いやー、俺も出来ればそんな事はしたくない。高天原鏡矢という人間が、寛大な心を持っている事を祈るしかないね。じゃあ、来るようならまた十五分後にー』
気楽そうに放たれた言葉は口調とは反対に恐ろしい事実を告げていた。
放送が終わった瞬間、人々の悲鳴が更に大きくなる。自分の身を安全な所へ向かわせるために、人々は一斉にどこかへと走りだす。
機材のOFFにして、遠野は放送室を後にしようとした。が、ロッカーから聞こえてくるドンドンドンドン! という音の方へと視線を向ける。
「これ以上は手出ししないから安心しなー。その内助けがくるだろうし、そこでしばらくゆっくりしててくれ」
数個あるロッカーの中には、放送室の従業員が閉じ込められていた。体を縄で縛られ、ガムテープで口を塞がれて声を出す事が出来ずにいる。
だからこそ、さっきから出せという意思表示の為にロッカーの扉を内部から蹴りつけている。それゆえに遠野の声はその音に相殺され、ロッカーの中に閉じ込められた従業員達には聞こえていない。
遠野はロッカーから視線を外し、放送室を後にした。先程と同じ様に、醜悪な笑みを浮かべながら。
◇ ◇ ◇
爆弾の爆発を確認して、青谷涼は止めていた歩みを進め始めた。
グリーンパークのあちこちから上がる黒煙。それは雲一つなかった青空に黒いシミを作り出す。
空から下へと視線を移せば、悲鳴を上げて逃げ惑う人々の姿が目に入る。誰よりも早くこの場を離れようとして他の人とぶつかり、怒鳴り合う彼らの姿を見て、
(なんと哀れな姿だ)
青谷はそう内心で思う。
青谷はそんな人々の中を通っていく。誰一人として、入り口の反対へと向かっていく青谷を見ようとしなかった。
目指す場所は中央広場。そこでパートナーの遠野と落ち合い、二人で高天原鏡矢を仕留めるという算段になっている。
(遠野が高天原鏡矢を引き付けている間に俺が認識不可で奴へ近づき、仕留める)
頭の中で作戦内容を反芻しながら、青谷はローブの内ポケットに忍ばせているナイフを取り出す。刃こぼれしていない事を確認して、すぐにナイフを元の場所に戻した。
殺す事に躊躇などない。ただ、依頼された内容を淡々とこなす。
最悪の足音が、静かに目的地へと近づいていく。
◇ ◇ ◇
鏡矢と神崎をつけていたあの二人も、グリーンパーク内の爆発に気付き、驚愕していた。
近くにあったベンチが爆ぜ、空へ向かっていくつか黒煙が舞い上がっている。自然公園内にいた人々が、恐怖に顔を強張らせて走っていく。
「い、一体どうなったんだ!? 瓜生、高天原と女の子は無事か!?」
「うん、とりあえず大丈夫そうだよ! カガミン達の場所の近くが爆発した形跡はない」
数十メートル離れた場所にいる鏡矢達が無事と分かって、村雨はほっと胸を撫で下ろした。が、ここが危険な場所である以上、その安堵も長くは続かなかった。
爆破されたベンチ付近にあるスピーカーから、気楽そうな口調の声が放たれたのだ。一瞬思考が停止して、徐々にスピーカーから放たれた言葉が情報として頭の中で整理されていく。
言葉の断片に、鏡矢の名前が含まれていたこと。彼が今から十五分以内に中央広場に行かないと、大勢の人が死ぬことになるということ。
「イツキ! カガミン達が走り出した!」
思考が終わるのと、瓜生が叫ぶのはほぼ同時だった。
瓜生が指差す方向へ視線を向けると、鏡矢と神崎がどこかへ向かって駆け出している。
おそらく、中央広場に向かおうとしているのだろう。行かなければ、大勢の人が死ぬことになるから。だが、場所を指定するという事は爆弾を仕掛けた人物にとって都合の良い何か、つまり罠があるという事だ。
こんな事、おそらく誰が考えても分かる。SCGのメンバーである鏡矢なら尚更だ。
にも関わらず、鏡矢は中央広場へと向かおうとしている。
「くそっ、このまま放っておけるかよ!」
親友が敵の罠に飛び込んでいくのを見て、自分だけ逃げようだなんて考えは村雨にはなかった。
鏡矢達の後を追うように、村雨はその場から駆け出した、遅れて瓜生も走り始める。
四つの意思が、一つの場所へ向けて集結しようとしていた。




