決意
距離が離れていたため、鏡矢と神崎に被害はなかった。だが、今の状況はとても落ち着いていられるような状態ではない。
遠くの方から不規則に爆発音が聞こえてくる。やがて青空へ向かって、いくつもの黒煙が舞い上がった。
「い、一体なんで爆発が!?」
「分からない。ただ、無闇に動いたりはしない方がいい」
驚きを隠せない神崎に、あくまで鏡矢は落ち着いて応答する。
自然公園内からもいくつか煙が上がっていた。公園内にいた人々が、悲鳴や叫び声を上げながら走り去っていく。
緊急事態で混乱しているのだろう。本能的にこの場は危険だと察知して、入り口へと向かっているに違いない。
(これは間違いないく誰かの手によって引き起こされた事だ。じゃあ、一体そいつは何の為にこんな事を?)
数秒間思案して、鏡矢はインテリジェント・デバイスであるセーラに向かって口を開いた。
「セーラ。この騒ぎを実行した人物の意図は何だと思う?」
「現状ではあまり情報がないですが、少なくとも殺戮が目的ではないと思います。もし大量の人間を殺すのなら、この程度の威力しか持たない爆弾を仕掛ける意味がありません。なので、この爆発はあくまでグリーンパーク内の人々を混乱させるためだけに使用したのではないかと予想します」
実際、セーラの言っている事は正しい。殺しを目的としているのなら、あまり威力を持たない爆弾をあちこちにセットするより、大型の爆弾を広場辺りにセットする方が確実だ。
人を殺すのが目的でないのなら、自然と人々を混乱させる事が目的という事になる。では、なぜ人々を混乱させる必要があるのか。
その答えは、思いもよらぬ形で知らされる事になる。
爆発したベンチ付近にある一本の鉄の棒。その頂点に取り付けられたスピーカーから、突如音が発せられた。
『あー、あー、ただいまマイクのテスト中。ってんな事する必要ないのか。えーと、西ノ宮グリーンパーク内にいる高天原鏡矢クン。この放送を聞いているのなら今から十五分以内にグリーンパークの中央広場に来てくれ。大事な事だからもう一回言うよ。今から十五分以内にグリーンパークの中央広場に来るように。もし十五分以内に来なかった場合は、残念だけど他の来場者に死んでもらうしかない。残されている大型爆弾で入り口付近を爆破する事になるね。いやー、俺も出来ればそんな事はしたくない。高天原鏡矢という人間が、寛大な心を持っている事を祈るしかないね。じゃあ、来るようならまた十五分後にー』
それは、この爆発を引き起こした人物の声に違いなかった。
さっきまで分からなかった犯人の行動理由。それが、今の放送によって明確になった。
馬鹿らしいその理由に、心の底から怒りがこみ上げてくる。
「……俺を誘い出すためだけに、こんな事をしたっていうのか」
幸せそうだった人達の笑顔を壊し、一瞬にして笑い声は悲鳴に変えられた。楽しい思い出は、恐怖という形にすり替えられた。
鏡矢という、ただ一人の人物をおびき出すために。
表情こそ落ち着いていたが、鏡矢は拳を硬く握った。もう少し強く握れば、手のひらから血が滲みそうな程に。
「き、鏡矢さん……」
心配そうに神崎が鏡矢を見上げる。手を握る力を弱め、鏡矢は神崎に目を向けた。
「神崎さん。ここはとても危険だ。今すぐに入り口へと向かってくれ」
爆発を引き起こした人物の目的はあくまで鏡矢だ。関係のない神前を巻き込むわけにはいかない。
「……鏡矢さんは、どうするんですか?」
「俺は中央広場に行く。犯人の目的は俺だ。俺が行けば、とりあえず他の人達にこれ以上の被害はない」
特定の場所へと移動させられるという事は、これが罠である可能性が高い。
だがそれでも、行かないわけにはいかない。自分が理由となって大量の人が死ぬのは、あまりにも辛いから。
「さあ、神崎さんも早く逃げて」
隣にいる神崎に逃走を促す。が、神崎は首を横に振った。
「私も、鏡矢さんと一緒に広場に行きます」
「……本気で言っているのか? 自分の身に危険が及ぶかも知れないんだぞ。それに、もしそうなった時に、俺が君を守ってあげられるような保障は全くない。そう考えると、君はむしろ足手纏いにしかならない」
言い方がきつくなってしまったなと、鏡矢は少し反省する。だが、これから行く場所はとても危険だ。神崎の身を案じているからこそ、危険な場所にわざわざついてきてほしくないからこその言葉だった。
それでも、神崎は鏡矢から視線を逸らそうとはしなかった。
「……私の軌道迷走は、とっても危険な能力です。事故を誘発させて、街中を混乱に貶める事だって可能な能力です。でも、鏡矢さんは言ってくれました。私の軌道迷走は、人を守る事の出来る力だって。それなら、私はあなたを守りたい。私を能力と向き合わせてくれたあなたを、私はこの手で守りたいんです」
鏡矢は神崎の瞳を覗き込む。その瞳には微塵の揺らぎもありはしなかった。
できれば、神崎を危険な場所に連れて行きたくない。グリーンパークの外に非難してもらい、安全圏にいてほしい。
そんな思いを込めて、数秒間神崎を見つめた。ひょっとしたら考えを改めてくれるかもしれないと期待して。
しかし、彼女の意思は一切揺らぎを見せなかった。
溜息混じりに、鏡矢は渋々首を縦に振る。
「分かった。でも、これだけは約束してほしい。絶対に無茶はしないでね。俺を守ってくれるのは嬉しいけど、その結果神崎さんに何かあったら意味ないから」
「はい。約束します」
鏡矢の目をしっかりと見据え、神崎は力強く頷いた。
残り時間は十三分。目的地へと向かって、鏡矢と神崎は駆け出した。




