土曜日の二日前
麻薬密売を阻止する任務を終えて鏡矢が彩華学園の入り口に戻ってきたのは、夕方の午後四時過ぎだった。
「はあ、今日の任務も大変だったな」
「お疲れ様です。ご主人様」
インテリジェント・デバイスであり、パートナーでもあるセーラから労わりの言葉を貰い、鏡矢は微笑を浮かべる。
任務にはあまり時間が掛からなかったが、内容はとてもハードだったように思える。
探知能力者の探知を回避し、その後にレベルBの能力者二名との戦闘。これで疲れないわけがない。
主に紅との近接戦闘が原因だ。紅の能力、電光石火による二乗加速に対応するのは、通常の人間なら不可能な事だろう。
が、紅は動きが速かっただけで技術があったわけではない。所々動きに無駄があったため、動きについていくのは事態は容易だった。しかしそれも、鏡矢の異様なまでの身体能力あってこその話だが。
入り口をくぐり、鏡矢は彩華学園の敷地内へと足を踏み入れる。
授業が終わった頃だからか、敷地内にはまばらに生徒達の姿が見受けられる。楽しそうに談笑している男子生徒達。ベンチに腰掛け、幸せそうに寄り添うカップル。
と、そんな生徒達の中に、鏡矢は見覚えのある人物の姿を見つけた。
相手も鏡矢に気づいたようで、たたたたたたっとセミロングの髪を揺らしながらこちらに駆け寄ってくる。
「カッガミ~ン! おかえりなさい! 奏ちゃん、カガミンがいなくてすごい寂しかったよ~!」
鏡矢の事をカガミンと呼ぶ生徒は、この学校に一人しかいない。
「ああ、ただいま瓜生さん」
駆け寄ってきてくれた瓜生に、鏡矢は笑みを浮かべて返答する。
その返答に、なぜか瓜生は首を傾げた。
「あれ? なんだかお疲れ気味だね?」
「……もしかして、顔に疲れが出てる?」
「うん。なんだか気だるそうな感じ。でも、そんなアンニュイな雰囲気のカガミンもイケてるね!」
「う~ん、嬉しいような、そうでもないような」
瓜生へ言葉を返しながら、鏡矢は周りに視線を向けた。何人かの男子生徒がこちらを遠目に眺めている。その中には、鏡矢のクラスメイトの視線も含まれていた。
向けられる視線には嫉妬との様な感情が込められていて、ひしひしとそれが伝わってくる。ただ、その嫉妬は鏡矢がSCGのメンバーとして特別視されているからなのか、それとも鏡矢が瓜生と話しているからなのかは定かではない。
彼らの視線をなるべき意識しない事にして、鏡矢は瓜生へと視線を戻した。
「あ、そうだ。カガミン、明後日の土曜日って空いてたりする?」
「え、なんで?」
「二人で一緒にどっかに出かけたいな~って思ったの。奏ちゃんはカガミンともっと仲良くなりたいのです!」
屈託のない笑みを浮かべながら外出の誘いをしてくれた事を嬉しく思いながらも、鏡矢は申し訳なさそうな表情を浮かべて返答する。
「ごめん。土曜日には用事が入ってるんだよ」
「そっか、それは残念。……! も、もしかして、奏ちゃんよりも先にお誘いを掛けた女の子がいて、その人と出かける予定があるとかそういうオチ!?」
鏡矢が土曜日に会う約束をしている人物、神崎綾は確かに女の子だから瓜生の言っている事は当たっていた。
別に隠すような事でもないと思い、鏡矢はそれを肯定するように頷いた。
「まあ、合っていると言えば合っているかな」
「奏ちゃんの予想的中!? く、くそう、この奏ちゃんが先を越されるなんて何たる不覚! というか、彼女はいないと言っておきながら、彼女候補はしっかりいるんだね!?」
「あ、あの、瓜生さん? 誤解しているみたいだけど、俺とその子は別にそんな関係じゃ――」
「このままじゃ、カガミンが他の女の子とフラグを立てちゃう! 奏ルートに誘導するために、近日中に対策を打たなくては~!」
よく意味の分からない事を言いながら、瓜生は女子寮の方へと走っていった。
その後姿を眺めながら、鏡矢は独り言のように呟いた。
「……元気だなあ、瓜生さんは」
「そうですね。ああいう方が慕ってくださるのですから、ご主人様は幸せ者です」
「ああ、こうして気さくに話しかけてくれるのは嬉しいな。親しくなれて良かったと思っている」
『したしい』という言葉のニュアンスが、鏡矢とセーラの間では食い違っていた。
それを悟ったセーラは何も言わず、主の鈍さに対して苦笑するように画面を何度か点滅させる。
鏡矢の方はそれに気づいておらず、止めていた歩みを再開させた。
「そういえば、神崎さんと待ち合わせしている場所は西ノ宮だったっけ?」
先程のやり取りの事を思い出し、鏡矢はセーラに土曜の待ち合わせ場所を問うた。
「はい。西ノ宮駅に朝十時です。東原駅から五つの駅なので、到着には三十分程度かと」
「分かった。西ノ宮には九時半には着いておきたいから、電車の時間を後で調べておいてくれるか?」
「かしこまりました。ご主人様」
相手を待たせないように計らう主の気持ちを汲み取り、早速セーラは電車の時刻を調べ始める。
一方の鏡矢は二日後を楽しみにしながら、視界に入ってきた学生寮へと進んでいった。