模擬戦
翌日。月曜日を迎えた学生達は校舎へと足を運んでいた。
鏡矢ももちろんその中に混じっている。所属しているクラス、一年二組の自席に腰を下ろして授業を受けていた。
「人が超能力に目覚める理由は未だによく分かっていません。現在分かっているのは、能力に目覚めたとしても脳や身体に変異が起きているわけではないという事です。皆さんも知っているでしょうが、能力には様々な種類が存在します。細かく分けるのなら物理攻撃能力や自己防衛能力といった感じに呼び方が変わってくるのですが、それについての詳しい説明はまた別の授業で行う事にしましょう。能力者に与えられているランクがどのような基準でつけられているかというと――――」
教壇に立ち、能力についての説明をする担任の話を鏡矢は聞き流していた。
空中に出現している仮想画面をぼんやりと眺めながら、担任の話をただの音として聞き続ける。
「このような基準で能力者のランク付けが行われているわけです。ただ、稀に例外としてレベルAよりも上と評価される、レベルSという判定を下される者もいます。レベルSに至る能力者についても研究中で、他の能力者との違いなどを調べているそうです」
担任がちらりと鏡矢へと視線を向けた。能力判定結果を知っている教師陣は、その例外たる高天原鏡矢に少なからず興味を示している。
鏡矢はその視線に気づいているのか気づいていないのか、ただ仮想画面に表示される黒板の文字を眺めている。
「能力研究は時が経つと共に進んできていて、現在は人工的に能力者を作りだせる段階へと至っているようです。しかし、人工的に能力者を作り出す事に反対する声や、その際に背負う事になるリスクを取り払いきれていない事から――」
(人工的に能力者を作りだす事に、一体何の意味があるのだろう?)
画面に表示されていく字を読んで、鏡矢は能力開発への疑問を抱く。
ただ日々を幸せに過ごすのなら、能力だなんてものは必要ない。家族との温かい一時、恋人との幸せな時間、友人と過ごす賑やかな空間。能力が無くたって、人々は幸せに暮らしていける。
逆に、能力を持った事で心に傷を負い、不幸になる人物が何人いるだろう。
世間に能力者という存在が認知され、それなりに時間が経つ。ゆえに昔に比べれば一般人と能力者の隔たりはほぼ無くなったと言ってもいいだろう。
しかし、今でも一部では能力者を軽蔑する者がいる。
自分達とは違う者に対する畏怖や軽蔑、嫉妬。これがきっかけで、家庭や友人との関係が壊れてしまう。一昔には、そんな事が少なからず起きていた。
担任の声はやや高揚気味で、能力を語る声は若干高くなっていた。
鏡矢はもうその声を聞こうとも、仮想画面を見ようともしない。ただ、授業が早く終わらないかと、真正面にある時計へと視線を移した。
◇ ◇ ◇
学園内での能力は原則禁止とされているが、そのルールを唯一適用せずに済む場所がある。
敷地内に六つ設けられた体育館。模擬戦を行う場として使用されるそこでは、学生達が存分に能力を揮えるようになっている。
その第三体育館に、鏡矢は放課後呼び出されていた。校舎から五分掛かる道中、鏡矢はセーラに話しかける。
「なんで俺は模擬戦の申し出を受けてしまったんだろう……」
「ご主人様は優しいですから、相手の気持ちを考えてしまって自分の気持ちを後回しにしてしまうのでしょう。それは裏を返せば、押しに弱いという事なのですが」
「…………」
パートナーの正論に鏡矢はガクリと肩を落とす。
体育館の近くまで行くと、賑やかな人の声が聞こえてくる。皆考える事は同じ様で、体育館の中にはそれなりの数の生徒が入っていた。
体育館は四ブロックに区切られていて、そのエリアの中で生徒と生徒が能力を使って戦いを繰り広げている。
(怪我を心配したりはしないのか?)
保健室の先生は皆人の傷を癒す能力を持っているので、怪我をしてもすぐに傷は治るのだが、怪我はしないに越したことはない。
「おーい! こっちだこっち!」
聞き覚えのある声が鏡矢へと飛んでくる。模擬戦の順番待ちと思われる列に村雨は並んでいた。
列に加わると、村雨が嬉しそうに鏡矢の肩に手を置く。
「お前と戦えるのを楽しみにしてたぞ! おかげで昨日の夜は寝付けなかったぜ」
無邪気な笑みを浮かべる村雨と、複雑そうな表情を浮かべる鏡矢。
そんな正反対な二人の模擬戦が、徐々に、ゆっくりと近づいていく。