第35話 ALICE FOODS②
当然これを読んだ遥と折笠は困惑しプリシラが悩むのも理解できた。
いくらプリシラが地球のことを全く知らないと言っても自分に対してあまりにも有利すぎる契約内容を問いただすことにした。
「………これは私に有利すぎる。意図が読めない」
「私もそんな契約書を出されれば同じ気持ちになるでしょう。ですが、我々はいたって真面目にその契約書を提示しております」
「………その理由を話すべき」
プリシラが赤木晶を睨みつけると場の空気が一気に重くなった。プリシラは軽く殺気を込めて睨みつけている。それに眉ひとつ動かさず赤城晶は口を開いた。
「一言で言えば、我々は商人なのです。この契約でも我々は十分に儲かるのですよ。例えば城下町にそれなりに繁盛している食堂があります。その食堂は新しい料理を出そうとしています。今よりももっと繁盛させたい店主はどうにかして新しい料理を広めたい。そこへ王女様がたまたまお忍びで店に訪れ新しい料理を要求しました。店主はこれ幸いと新しい料理を出しました。王女様はその料理を大変気に入り、家族や友人たちに店と料理のことを話しました。するとどうなると思いますか?」
「………国王が料理人を召し上げて雇用する」
「…失礼。その選択肢は無しでお願いします」
予想外の返答に苦笑いで別の答えを要求した。
「………貴族が料理人を召し上げて雇用する」
「…申し訳ございません。召し上げて雇用という選択肢は無しでお願いします」
素直に別の回答をするプリシラ。そしてまたしても別の答えを要求されてしまった。このやりとりに二人以外は笑うのを我慢している。秘書の樹里にいたっては頬を膨らませ口から音が漏れている。
「………国がその店ごと買い取る」
「ブッフウウウゥゥゥ!!」
ついに秘書の樹里が我慢できずに吹き出した。
「社長~例えが悪いですよぉ~。有名な冒険者にでもすればよかったじゃないですかww」
「………その場合だと仲間や知り合いに話したりしてその食堂の料理が皆に知られて店が繁盛する」
「ほらぁ!」
「プリシラ……ちょっと極端すぎない?」
「………そんなことはない」
秘書の上田が簡単に答えを出させたことに落ち込む赤城晶は落ち込むがすぐに切り替えて話し出した。
「オホン! つまりはそういうことです。あなたに宣伝、CMに出ていただくだけで我々は簡単に儲けることが出来るのです。そして、矛盾しますが我々は探索者としてのあなたに儲けさせてもらおうとは思っていません。副次効果でついでに儲けるつもりなのです」
「………ダンジョンの素材はついでということね」
「その通りです。買取はしますがその素材で儲けようとは思っておりません。あなたにとってはいらないものを我々が買い取って我々が売るだけなのです。落ちているお金を拾うようなものです。ちなみに買取価格は探索者協会の買取価格に沿うつもりではありますが安く買い取らせて頂けるとありがたいです」
「………それでも私に有利すぎる。私の機嫌一つで契約は破棄出来てしまう。あまりにも不公平」
契約の意図は理解したが公平性に関しては納得していないプリシラ。それに納得できないと契約するつもりはなかった。後ろにいる遥と折笠もそれは思っていた。赤木晶はこれでフェアだと言ったがその意図がわからなかった。
「いえ、これで公平だと考えております。質問を質問で返すようですが、プリシラさんはこの世界のことをどれだけご存知でしょうか?」
「………ほとんど知らない」
「だからこそこれで公平なのです。例えば”迷惑をかけない”をもっと細かく記述すればこの一枚には到底収まりません。その内容は今のあなたには理解出来ないものなのです。これから知ったとして、勝手に自分に不都合な内容ばかりが書かれていればあなたは騙された気分になるでしょう。それをなくすためにも改善を要求できると記述してあります」
「………なるほど」
(いいんじゃない? 契約しちゃえば?)
脳内でララベルがプリシラに契約を催促するが、プリシラにとっては意外だった。ララベルはプリシラが交渉ごとを苦手なのを知っている。だからこそまだ怪しさが残る契約に賛成してきたのは意外だった。
(ララがそう言うとは思わなかった)
(だって気に入らなかったら契約破棄出来るし。やりようによっては傀儡に出来るよ。まあ今の私たちの環境とこの人相手は難しそうだけどね。する必要もないけどね~)
(じゃあ契約する。怪しいけどララの言う通り後から破棄出来るなら問題ない)
(何かあったら私が言ってあげるからね~)
ララベルとのプチ脳内会議が終わりプリシラは口を開いた。
「………じゃあ契約する」
「ありがとうございます」
「「ええっ!」」
まさかこの場で契約するとは思っていなかった遥と折笠は驚いて声を上げた。
「いいのプリシラ!? こう言うのもなんだけど怪しさ満点よ!?」
「もうちょっと考えてからでも……」
「………問題ない。改善されなければ切ればいい。力づくで切ることもできる」
「それで構いませんよ。我々は全力でそれにお答えするだけですので。それにこれは自衛隊にとっても良い話だと思いますよ?」
「え?」
突然話を振られて動揺する遥。プリシラがメインの話のはずだったはずだが自衛隊にも関係があると言われれば興味を引かれた。
「例えば今もこの研究所の前に大勢いるマスコミ。すべて我々で対処しますよ。それとプリシラさんの社会勉強のプログラム作成と実施も請け負います。もちろん一条さんにも同席して頂こうと思います。我々だけですと洗脳に近いかもしれませんからね」
「う………確かに魅力的ですね……」
遥はプリシラの世話役兼監視役としてそばにいるがプリシラの社会勉強を考えるのも仕事のうちだった。正直一人では限界があった。折笠に相談もしたが所詮二人。狭い世界になってしまう。
だがALICE FOODSがそれを請け負ってくれるのなら大勢の者が関わるため二人よりも広い世界になる。何よりも自分が楽になる。
「…プリシラ。本当にいいの?」
「………うん」
「わかったわ。じゃあ一応上に確認するわ。ちょっと待ってちょうだい」
「私も一応所長を呼びますね」
遥は坂本に電話をかけて折笠は内線で所長に連絡を入れる。坂本は手が離せないのか電話に出なかった。所長の田原はすぐに連絡がつきこちらに来るそうだ。
しばらくして所長の田原が部屋まで来た。
「失礼するよ~。もう契約するんだってね」
「一応所長に確認をと思いまして」
「いいよいいよ。彼女の自由にさせてあげればいいよ。正直言うと個人的にも自衛隊としても早くここを出て自立して欲しかったからね」
相変わらず我関せず面白そうだからのノリでぶっちゃける田原。ぶっちゃけた後は笑いながら晶の元へと向き直る。晶も立ち上がり挨拶する。
「初めまして。ALICE FOODS社長の赤木晶です。装備への強化付与の第一人者である田原さんにお会いできて光栄です」
「いやいや! 僕はただの道楽に生きる老人ですよ。私も去年赤木さんには楽しませてもらいました。あれは面白かった!」
「楽しんでいただけたのでしたら幸いです」
冗談も軽く流し握手する二人。今度はプリシラへと向き直る。
「あなたの生きる道ですからね。あなたが決めればいいですよ。我々はほんの少しお手伝いしただけですから」
「………じゃあそうする。これはどこにサインすればいい?」
「こちらにお願いします。樹里、控えも出してちょうだい」
「は~い」
晶がサインする場所を指差して万年筆を差し出し、樹里が控えの契約書を差し出した。プリシラは2枚にサインし一枚を晶へと渡した。
「さすがに知らない言語ですね。ですがこれで契約は成立です。こちらの橋本が担当になります。何かあれば橋本にまでご連絡ください」
「よろしくお願いします。後は発表とCM撮影とお住まいの提供、社会勉強ですね。何か今我々に求めることはございますか? あなたの生活を全面的にサポートさせていただきますよ」
営業部長の橋本が笑顔で話すがプリシラは見向きもせずに無視。気まずい空気が応接室に流れるが遥や折笠、田原は苦笑いしている。ALICE FOODS側の三人は何がなんだかわからないと言った困惑の表情をしている。
「あの………何かありましたでしょうか?」
橋本が声を上げるがプリシラは見向きもしない。そして正面にいる晶に向かって話し出す。
「………さっそく改善を要求する。担当を変えて」
「え? ……彼が何かしたでしょうか?」
「私がお答えします。この子、大の男性嫌いなんです。なので担当は女性の方にしないとこのまま契約を切られますよ」
一番付き合いの長い折笠が答えた。嘘偽りはないがALICE FOODS側は困惑の表情のままだ。むしろより困惑の色が濃くなった。
だが、社長の晶だけは違った。すぐに考えを切り替え変更を申し出た。
「わかりました。こちらの上田を臨時の担当にします。正式な担当者が決まるまでの一時的な処置ですのでご理解ください」
「………それでいい」
「あとは価値観も我々とは全然違いますのでご注意ください」
さっそく扱いづらさを実感したALICE FOODS側の三人。まるで詐欺にあったかのような気分にもなっている。だが知名度からくる後の儲けに比べれば安いものである。
「先ほども橋本が申しましたが後は発表とCM撮影とお住まいの提供、社会勉強ですね。何か今我々に求めることはございますか? あなたの生活を全面的にサポートさせていただきますよ」
「………パーティメンバーの募集をしたい。私の場合は難しいらしいから手伝って欲しい」
「プリシラはすでに取り合いになってますから……募集すると何万人と応募してくると思います」
「ふむ……我々と契約したといってもあくまで個人の契約ですからね。そのままどこかのパーティやクランに所属することはできます。……準備が整っておりませんので後日にしましょう。どういった人材を求めるかも含めて打ち合わせが必要です」
「………わかった」
現状ではパーティメンバーに関しては情報が不足しているのと準備ができていないため保留となった。晶が再び口を開く。
「ところで、この後は何かご予定はございますか?」
「………何もないはず」
「特に何もありません。強いてあげるならここのダンジョンに行くくらいですが行かなくても問題ありません」
「そうですか。では、さっそくCMの撮影に行きましょうか」
「え?」
ニッコリと笑顔でCM撮影に行こうと言う晶に今度は自衛隊側が唖然とした。




