第一話 アンナ・パーカーという人物
「ワトソン、私はあの悪役令嬢を懲らしめようと思う」
大学2年が始まった4月1日。
寮で手紙を読んでいたパーカーがまた犯行声明を出した。
パーカーが暇を持て余すと碌なことにならない。
今までルームメイトとして人知れず“アンナ・パーカー事件録”を執筆してきたわたしが言うのだから、これは間違いない。
――振り返れば、パーカーは入学当初から一線を画していた。平民出身でありながら入試トップとして君臨。代表スピーチでは令息令嬢達のハートを鷲掴みにし、新入生歓迎会では文字通り引く手あまたであった。しかし本人はそれを鼻に掛ける様子もなく、紳士淑女分け隔てなく見事にエスコート。なんなら貴族連中と平民組の橋渡し役まで勤めていた。もはや羨望を通り越して畏れ多い。それがアンナ・パーカーという人物の第一印象であった。そんな彼女とルームメイトになるとは、なんと幸運なことか。わたしことメアリ・S・ワトソンの薔薇色キャンパスライフ、ついに始まっちゃったな。B棟221号室でパーカーと握手を交わしながら、当初のわたしはそんな馬鹿げた考えを抱いていた。なんとものんきなことである。
しかし、登場とともに燦然と衆目を集めたパーカーであったが、誰もが彼女を快く思っていた訳ではない。その筆頭が四大貴族の一角を占めるメテウス家のご令嬢、アイリーン。賢者の異名を持つ名家だからこそ、学の分野でただの平民に後塵を拝したという事実が彼女の面目を粉砕し、とりもなおさずハンカチを噛みちぎらんばかりにイラつかせたのだ。
パーカーはしだいに貴族組から嫌がらせを受けるようになった。わたしは心の弱さ故、パーカーを守ることが出来なかった。
だがしかし、事件は唐突に起こった。匿名の通報があり、寮に抜き打ちで大規模持ち物検査が実施されたのだ。学生たちは阿鼻叫喚。椅子を積み上げバリケードを設置し、軍事演習さながらに立て籠もりを敢行した。寮を取り囲む守衛隊と学生自治を叫ぶ未来の将軍や領主の卵たち。両者の間に緊張が走り、一触即発の事態にまで至った。わたしのような地味なタイプは検められても特に困ることはなかったが、結果的に貴族組を中心としてギャンブル道具、ブランデー、決闘用のピストル、艶本、ここだけの話だが不正の告発書類等の本当にまずいものまで根こそぎ押収された。まるで隠し場所を知っていたかのように次々と、である。とくにアイリーン嬢は何を捕られたのか定かではなかったが、顔面蒼白の尋常ならざる取り乱しよう。パーカーはその様子をとても愉快そうに眺めていた。
数日たった晩のこと。すすり泣きが聞こえてきそうな雰囲気の中で、わたしはふと目が醒めた。パーカーの鳶色の瞳と目が合った。月光を頼りにベッドを抜け出して着替えているようだった。夜の出歩きは禁止されていたので、わたしは注意の意味を込めて「何をしてるの」と声を掛けた。パーカーはひとさし指を唇に当てて、しぃっと息を吐く。そして、悠々と扉の前まで歩きパッと振り返ると、眼光を炯々とさせながらこういった。
「ワトソン、私は没収品を解放しようと思う」
そのまま音もなく扉の向こう、闇の中へと溶けていった。
翌日、大学中が再び騒然となった。教授達や守衛が慌ただしく走り回る。食堂でも学生たちが噂話に花を咲かせている。曰く、泥棒が入ったらしい。守衛が確認した時には保管室にそびえる城門の如き鉄扉がまるで主の凱旋さながらに開け放たれ、没収品を保管していた金庫はもぬけの殻。唯一の手掛かりは落ちて壊れた壁掛け時計。止まった針から犯行時刻は割り出せたが、それ以外の痕跡は一切ない有様であった。守衛隊に恨みを募らせていた学生たちは、誰かが忌々しい学校組織に一矢報いてやったと色めき立っていた。
「パ、パーカー……? あなた、まさか」
「おや? 不思議なことを言うね、ワトソン君。保管庫が破られた時間、私はちょうど目覚めた君と話をしていたじゃないか」
没収品の解放? そんなこと言ったかな。とか言って、あり得ないくらいイチゴジャムを塗りたくった白パンをかじりながらアンナ・パーカーは優雅に朝食を楽しんでいた。
学生たちの関与も疑われたが証拠は無く、結局のところ犯人はまんまと逃げきってしまった。頭を抱える学校組織の傍らで、アイリーン嬢は没収品が下手人の手に落ちたことが相当堪えたのか、いよいよ体調を崩して講義を休んでいた。
ここまでならまだよかった。いや、よくないのだが、この話には誰も知らない続きがある。後日、灰狼を名乗る謎の人物から学生当てに小包が届いたのだ。その中には、没収され、盗み出されたはずの品々が入っていた。学生たちは守衛に気取られないよう静かに快哉を上げたことは言うまでもない。
問題なのは、なにも没収されていないはずだったパーカーにも小包が届いていたことである。包み紙を破ると中から手紙の束と一枚の写真が顔を出した。パーカーはそれをしげしげと眺めながらにやりと口角を上げる。まもなく、わしっとそれを掴み取って部屋を出た。わたしはそっと後を追い、扉の影から顔を覗かせる。パーカーは廊下を大股で突き進み最奥の一人部屋であるアイリーン嬢の部屋へ。ノック。ノック。
「メテウス、君の没収品を取り返してやったぞ。返してやるからここを開けてくれ」
その日以来、アンナ・パーカーへの嫌がらせはぴたりと止んだ。今ではアイリーン嬢とパーカーはこの国の将来について語る仲だ。あな美しきかな百合の花。これにて落着めでたし、めでたし。なわけあるか。マッチポンプだと確信している者はわたし以外にいないのか。悲報、いない。これが、アンナ・パーカー事件録その1。『没収品解放宣言』である。
――ワトソン、私はあの悪役令嬢を懲らしめようと思う。
そして、そのパーカーが、また暇を拗らせてしまった。古い言葉によると悪魔は暇人の手に宿るという。だが、彼女の場合は違った。長すぎる暇は悪魔を招くまでもなく、その身を悪魔へと変えてしまったのだ。




