序章 私は転売屋に興味がない
序章 私は転売屋に興味がない
私は昔から、ゲーム機の価格設定に違和感を持っていた。
新しいゲーム機が発売されるたびに、同じ光景を見る。
抽選。
落選。
転売。
そして転売叩き。
SNSには怒りの声が並び、ニュースでは転売問題が語られる。
メーカーは転売対策を発表し、販売店は購入条件を厳しくする。
しかし私は、その光景を見るたびに別のことを考えていた。
本当に問題なのは転売屋なのだろうか。
私には、そうは思えなかった。
なぜなら、転売屋は昔から存在するからだ。
安く買って高く売る。
それは商売の基本である。
問屋もそうだ。
小売店もそうだ。
不動産業もそうだ。
株式投資もそうだ。
価格差があれば利益が生まれる。
利益が生まれれば、人はそこに集まる。
それは市場として自然な動きである。
私は自営業をしている。
だからかもしれない。
何かを見ると、まず価格を見る癖がある。
相場より安ければ人は集まる。
利益が出るなら誰かが買う。
それは人間の善悪とは関係がない。
市場の仕組みそのものだ。
だから私は、転売屋を責める気になれない。
むしろ不思議だった。
なぜ、転売屋が利益を出せる状況そのものは問題にされないのだろう。
なぜ、転売屋ばかりが悪者になるのだろう。
ゲーム機メーカーは転売対策に頭を悩ませている。
購入条件を厳しくする。
抽選方法を工夫する。
本人確認を強化する。
しかし私は思う。
本当に見直すべきなのは、そこなのだろうか。
もし定価と市場価格が同じなら、転売は成立しない。
利益がなければ、転売屋は現れない。
つまり問題の根っこは、転売屋ではなく価格設定にあるのではないか。
私はそう考えている。
このエッセイは、転売屋を擁護する話ではない。
転売屋を叩く話でもない。
ゲーム機メーカーの価格設定について考える話である。
そして私は、ひとつの結論にたどり着いた。
ゲーム機メーカーは、そろそろ「定価」という考え方そのものを見直す時期に来ているのではないか、と。




