第三十一話 まさかのビアンカと1000万メソの勝負が成立しました
「……1000万メソが必要なんて、どうせ奴隷解放のためだろう?」
チャベスは、ため息をつきながらしゃべる。
「そういう金はな、自分でコツコツ貯めてつくるもんだ。悪いことは言わん。先輩からの忠告だ」
せ、先輩? いやちょっと待て、先輩って何の?
「あんた、もしかして元奴隷だったのか?」
「ふん、昔の話だ」
うっわ、マジか。チャベスって見た目完全に“裏の世界のエリート”感満載だけど、そんな過去があったなんて……!
ちょっと親近感湧いちゃった。
「でも、俺には時間が無いんだ!」
「時間? なぜだ?」
チャベスの体がすこし前のめりになった。さっきまであんなに気だるそうな態度だったのに。
「来月になれば、ビアンカ拳闘団がこの街を離れてしまう。だからその前に自由市民になって、ビアンカ拳闘団に雇ってもらいたいんだ!」
言ってやった。俺の夢、俺の覚悟。
するとチャベスの眉間にしわが寄った。
鋭い眼光が、俺の顔をのぞきこむ。
「まさかお前……最近セシリアに拳闘を教えてるやつか?」
「そうだ。知ってるのか?」
「ふん。当たり前だ。俺は賭け拳闘の胴元だぞ。拳奴たちの情報は常に収集している」
チャベスはそう言うと、また椅子の背に身体をあずけて、ふんぞり返った。
「それなら話は早い。俺はまだセシリアのトレーナーを続けたいんだ。そのためにも、どうしても1000万メソが必要なんだ……!」
これが俺の最終手段。情に訴えかける泣き落とし作戦だ!
これでダメならもう打つ手無し。諦めて帰ろう……って思ってたその時──
「だそうだぞ、ビアンカ」
「え?」
チャベスが、俺の後ろに向かってしゃべった。
俺がゆっくり振り向くと――そこにいたのは。
「……えっ? ビアンカさん!?」
いた。ビアンカがいた。
「い、いつから……?」
「最初からいたよ。というか、私が先にチャベスと話をしていたんだがね。そこに後からコウタがやってきて、私には目もくれず、チャベスと話し始めたんじゃないか」
やれやれ、って感じで肩をすくめるビアンカ。
その動きに合わせて、ビアンカの豊満な胸がふるんと揺れた。なんかこう、すごく……強そうだった。あと重そう。……いや違う、今はそういうとこ見てる場合じゃない!
「コウタ、本当にウチに入りたいのかい?」
真剣な顔でそう聞いてきたビアンカに、俺も目をそらさず言った。
「あぁ」
その言葉に、ビアンカが一瞬だけ微笑んでから、口を開いた。
「いいだろう。それじゃあ私と勝負だ」
「勝負?」
「そうだね、次の試合でセシリアが15歳以上の部に出場して、そこで一分以内に勝利したら、私がコウタに1000万メソ払う。できなければ、コウタが私に20万メソ払う。これでどうだい?」
ぐっ……!
思わず、言葉に詰まった。
簡単な賭けじゃない。
セシリアは強くなってる。でも、セシリアは14歳。なのに15歳以上の部で相手を秒殺しろってのは厳しい条件だ。
でも、チャベスが言ってた“全試合の勝敗と試合時間を予想”っていう無理ゲーに比べたら、1000倍マシだ。
「それでいい。ありがとう、恩に着る」
「コウタが農奴から解放され自由市民になったら、その時は必ずあんたを雇ってやるよ」
ビアンカがニッと笑う。
そのあと、俺は金の受け渡し方法やら細かい条件やら、いろいろビアンカと詰めてから、テントを後にした。
夜風が心地よかった。空には満天の星が輝いていた。
俺はその星の下で、拳を握る。
――やるしかない。
この手で、俺の未来を掴み取るんだ。