ある闘病日誌60
8月13日(火)
もうすぐ、バースデーだな。余命3ヶ月なら、遣りたい事、楽しい事、沢山しよう。ちょっとだけ、ホスピスに慣れてきた。慣れちゃいけないけど!!天気になって、体力回復させて、早く家に帰りたいな。毎日、毎日涙は出るけれど、毎日、出来る事が、少なくなって、毎日、涙が止まらない。でもさ、泣きたい時は、思いっ切り泣いて、過去は変えられ無くても、明日は、変えられるから。
昨日、一昨日から、鈴を鳴らすお坊さんじゃ無くて、大仏みたいな人が、私の脳の腫瘍を焼いていく。でも長い時間じゃ無い。とても熱くて、汗をかきそうなくらい、熱く焼いていく。なんか不思議だなあ。左半身、焼ける様に腫瘍が取れてくれたら、いいな。でもこれは、パパが送っているものだと、T病院にいる時から、気付いている。パパは死んでいて、パパだって、体力が無いんだもん、毎日、毎日、出て来るのは無理だ。でもこの病院に来てから、パパは、出て来てくれない。何故だろう。あんなに心配して、助け様としてくれて、必死だったのに。
ここのナースの手は、温かい。特にhさんは、温かい。私は、此処で穏やかに暮らすなんて、まっぴらゴメンだ。だって闘えている。って楽でしょ?闘えて無いって、辛いでしょ?闘えて無いのは、本当に辛いでしょ。
アニータ、ムアジャーニさんと、刀根 健さんに共通しているものは「許した」
これだけ、必死に頑張ってる。なにが違う。だって必死って、必ず、死ぬんだ。今日は、
i先生が、話をしたしに来てくれた。カロナールの使用が増えていると。手術の後が、胸がチクチク(右)が、たまに痛む事。左の股関節が、激痛で、まさか骨転移?を疑ってもいる事。後2~3日です、と言われたら、ハッキリ言って欲しい事。たまに、目に、光が飛ぶ事を伝えた。胸のデコボコは、命に関係無い、と言われて、ホットした。ヘアカラーは、していいそうだ。最期を言われたら、やっぱり、自宅に帰りたい。それが、普通だと、言って貰えた。この先生は、とても優秀だ。やっと、本当の医師に出会えた。私は、そう思う。優しさだけで無く、ベテランの先生だ。色々、助言してくれた。ホスピスの医師だからでは無く、色々、ベテランだ。私は、この先生に出会えて感謝している。有り難う。何回でも言おう、有り難う、と。
出来る事が、減っていくなら、増やしていけば、いい。だって、物事は、変えられるから。 私は、最後まで、味方でいてくれた
N先生に会いたい。そして、N先生に、車椅子ではなく、歩いて会いに行きたい。だって、車椅子だったら、余りにも、みっともないよ。私の話に唯一、耳を傾けてくれた。言語障害と言うのは、話すのは、非常に難しいらしい。私はそのN先生の努力を、努力だけだと簡単に言ってしまうのは、楽だけど、果たして、それでいいのかな?必ず生きる。必ず、介護タクシーで、家に帰ってみせる!!全身麻酔だ!完全では無い!やって、出来ない事は無い!!ライト兄弟だって、最初は、頭が、おかしい、と思われていた。でも、やってのけたじゃないか!!私は、こんなに守られている!!
N先生が、この闘病日誌を続けて、と、言った意味が今では、よく分かる。だって私は、これを書く為に、意識を取り戻す為に、起き上がった。ナースは、ビックリしていた。それでも、起き上がった。必ず、歩ける様に成る!!ケリーターナーの、自分の治療方は、自分で決める。私は、これは、本当に凄い言葉だと、思っている。医者任せにはしない。
S先生が、僕の患者で、ホスピスを元気に退院出来た患者もいる。と、言ってた事を、ある人に話したら、ビックリしていた。その程度の、小さな人間だ。可能性も、見ようとしない。ホスピス=死ぬ。悪くなる。余命だと決めつけている。人間て、死ぬ間際や生死を、さまよった時、その人の本性が分かる。ブログは、段々、人気はになってきている。嬉しいな。




