ある闘病日誌59
◉8月2日(金)に、ホスピスに来て先生始め、スタッフの皆様が、全力を尽くしてサポートして下さる姿に、サッちゃんも私も涙するばかりです。心の込もった対応に、感謝しか有りません。サッちゃんが、ナースコールを、押すのに気を使ったりするので、看護師さんから、注意されていました。T病院では、気を使って押さなければ、ならなかったので気を使ってしまうんでしょうね。サッちゃんは、何事にも前向きです。余命3ヶ月とT病院で宣告された事が、頭から離れません。N先生から、日誌を書く様に言われた事に、一生懸命です。N先生の優しさが、分かっているのです。日誌を書く為に、起き上がろうとする努力。リハビリ頑張って歩こうとする努力。それら全てが、生きられるかも知れない、と言う夢に繋がるのです。
私は、シャトルバスで、通いました。サッちゃんは、今日は、牛乳系、次の日は、炭酸系、が飲みたいと、好みが変わります。シャトルバスに乗る前に、コンビニに寄って、通院する毎日が、続きました。ある意味で、このわずかな日々が、私にとって、一番、充実した看病が出来たかな,,,,,とも、思います。毎日、こんな穏やかな日々が長く続いてくれたら、と思いながらも、心の中は泣いています。泣けばサッちゃんが、心配して、お母さんに心配ばかり掛けてる。と、心を痛めます。気を使ってばっかりする、心の優しい娘なんです。
必ず、化粧もしていました。美意識が高かったんです。お菓子も、好きなだけ食べていました。しかし、変化が現れてきました。ストローで飲んでいたのが、ストローでは駄目になってきて、食事も、何とか完食出来たかな、と、思えば、流動食しか食べられなくなり、飲み物も、咳き込む様になり、体調も不安定になっていきます。肩の痛みを訴える事も、多くなってきて、ペンを、持ちにくくなっています。でも、私が帰った後、夜に必ず、電話かメールが有ります。生きている証拠を見せているのです。明日、安心して、病院に来れるよ。と言うサッちゃんの優しさなんです。一時帰宅は無理かな?と、思うと、可哀想でなりません。




