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ある闘病日誌49

7月13日(土)

癌が嫌がる生活習慣。朝6時起床、ウオーキング、昼間、イキイキ過ごす。生き甲斐、遣り甲斐、仕事の遣り甲斐。楽しみ、趣味。8時間の睡眠。これはどうだろう?寝る前のブルーライトカット。ご飯はしっかり食べる。

*今出来る事→昼間ドキドキ、ワクワク楽しい事をする。*癌を恐れない。*車椅子でいいから、自分でトイレに行く。*ご飯は完食する。

F先生、N先生どうしても会いたい。特にF先生は、私が考えた東洋医学を全く、信じていなかった。だからこそ、完治して会いたい。でもF先生は高齢だ。時間は余り無い。1日、1日とても大切。トリプルネガティブは、悪性が強く進行が速い。別名が付いているくらい。でも私に取ったら、それが何?って感じだ。恐れて、恐れて怖い事ばかり口にする、先生の方が怖い。朝、完食した、偉い私。、私の癌に有り難う。

何時までT病院に、入院するんだろう。早く化粧したい。きっちり顔、洗いたい。じゃないと心が死ぬよ。医者に癌は治せない。物事は変えられるから、流れに逆らえ無い。信用よりも、信頼。

利根 健さん→僕は死なない。治りませんと言われ、後3ヶ月と言われ、いわゆる標準治療を断る。確実に死にます、と言われ、代替え医療を試す。断崖絶壁。でも、段々弱る。好転反意だと受け入れた。7ヶ月その状態が続いた。字も書けなくなった。絶対、治ると、自分で信じる。目が見えなくなった。血痰が出ても、絶対、後を振り向かない。

サレンダー体験してみよう。多分これは、最後ギリギリまで戦った人しか、行けない境地だ。やる事はやった。そして戦って思った事、色んな本を読んだり、話しを聞いて分かった事、癌は、医者は治せない。治せるのは、自分だけだ。そして、食事は、余り関係無い。好きな物を避けるより、無理しない方がいい。好きなものを食べたらいい。治せるか決めるのは、本人だ、そして、進行型の癌であればある程、攻撃したら、増殖する。確実に、オペや抗がん剤は、よく無い。自分の体は、自分が一番よく分かる。

大学病院で「抗がん剤で、生きた細胞も、殺すんですよね」と言ったら「でも直ぐに、戻るけれどね」と、サラッと言われた。やはり、医者に癌は、治せない。私はそう強く感じた。例えば、1週間の命だとしても、オペや抗がん剤を決めては、いけないと思った。adhdの反応ではなく、私は、癌患者として、そう強く感じた。でも、出血すれば、外出できなく無る。それは困ると思って、オペを決めた。S先生は、乗り気ではなかった。でも周りに色々、言われる事がゴメンだった。決めれるのも、決めちゃいけないのも、本人だけだ。癌は攻撃したら暴れる。転移をしても、していなくても、オペや抗がん剤は、安易に、周りが決めのは、おかしい。

癌の告知を受けた日に、朝ベランダで、洗濯物を干していたら、洗濯竿が落ちてしまった。その時、私はめちゃくちゃ悪い予感がした。まさか‚‚‚‚‚って、その後も不思議な現象が、沢山あった。

ホスピス=死ぬって言うイメージしか無くて、怖いけど、もう闘えない。闘いたく無い。ただ、N先生には会いたい。どうやって、会いに行こう‚‚‚‚‚。だったら、どうしたらいいんだ。半身麻痺で、会いに行けない。私は昔から、予知夢や直感がよく当たる。本当に苦しかった。なぜ地震の5分前に成ると、分かってしまう。その前日だけ、変な夢を見る。こんな力しんどい。何回も思った。

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