共生へ
ピンポーン、と私の家のチャイムが鳴った。
「はーい」
私がドアを開けると、そこにはいつものふたりが立っていた。
ソラと神崎だ。
「ちょっと待って、今結界を解くから」
この部屋に敷かれた結界は、神崎の父親が知り合いの結界師に依頼したものだったらしく、四隅に置いてある結界の札をひっくり返すと結界が解除される仕組みになっている。そんなことは露知らず、これまで私はただの御札だと思って過ごしてきた訳だったが、神崎がそれを教えてくれたことにより、怪異であるソラと神崎もこの部屋に入ることが出来る様になった。
まだ部屋着のままのソラが、待ちきれないと言わんばかりに催促する。
「ハル、早く」
出勤前だというのにもうきちんと身支度を整えた神崎が、ソラを窘めた。
「こら、ハルちゃんを急かすんじゃない」
それに対し、ソラが苛立ちを隠さずに返す。
「……うるさいなおっさん」
神崎も負けてはおらず、馬鹿にした口調でソラに返した。
「……黙れ小僧が」
「喧嘩しない!」
私がぴしゃりと言うと、ふたりが黙り込んだ。よし。
「はい、結界解除したからどうぞ」
「ハル、会いたかった!」
「お邪魔します。ソラ、靴ぐらい揃えろ」
「ガミガミうるさいな」
「お前が雑過ぎるんだ」
ちょっと放っておくと、すぐに喧嘩になる。
「……喧嘩するなら出てってもらうけど」
ふたりは静かになった。全く。
台所に立つ私の横に神崎が立った。
「ハルちゃん、手伝うよ」
神崎の背は高く威圧感はあったが、契約を結んだ時から神崎に対する恐怖心は消え失せた。というよりも、あの情けない愛の告白を受けた所為かもしれない。あんなへなちょこなところを見せられて、怖いなんて思えるか? まあ無理だろう。
「うん、じゃあお箸と取皿を用意してもらえる?」
「うん、分かった」
神崎は素直に用意を手伝い始めた。話してみればなんてことはない、従順で真面目な青年だった。あれほど毛嫌いしていたのが申し訳ないと思える程、いい人だ。
ソラはというと、人の家のテレビを勝手に点けて天気予報を見ている。晴れだと日焼け止めを塗らないとすぐに肌が赤く腫れてしまうらしく、その為の毎朝のチェックだった。ソラの部屋にはまだテレビを設置していない為のテレビチェックなので、これは致し方ない。
吸血鬼という怪異だからか、ソラはやたらと日差しに弱かった。伝説のように灰になったりはしないが、ちょっとお肌が敏感らしい。
「ほらソラ、お前も手伝え」
「んー」
神崎が私が手渡した味噌汁の椀を座っているソラに渡していく。この間死闘を繰り広げたとは思えない牧歌的な光景だったが、これにはきちんと理由があった。
ソラと神崎に平等に接する。それを遂行するには、同じ環境が必要なのではないか。ソラと神崎は互いにその条件を譲らず、実は人狼一族の一員であった大家のヨシコさんが都合をつけ、アパートの空いている部屋にそれぞれソラと神崎を住まわせることにしたのだ。私と過ごす時間はふたり同時。抜け駆けは禁止という条件の元、私の隣の位置を勝ち取る為、ふたりはせっせと食事時になるとこうやって通ってくる。
当然のことながら、職場だって一緒じゃないとと言い出したのはソラだ。
神崎は不法入国者を就職なんてさせられるかと反対していたが、そこは人狼のネットワークがものを言った。ミキとヨツヤの手腕の元、ソラの両親の消息があっという間に判明し、シンジケートを通してソラのパスポートと日本の国籍まで準備してしまった。「そこまでしなくてよかったのに」と神崎が苦々しげに言っていたが、正々堂々と同じ条件で勝負するとなった以上は、あのふたりは自分の一族の若様にも容赦はなかったのだ。
なので、ソラも今は私達と同じショップで働いている。
「出来たよー」
「はーい!」
豆腐とわかめの味噌汁と、焼き鮭に海苔ご飯。今朝のメニューだ。
私と神崎がちゃぶ台の定位置に座ると、三人でいただきますをする。これももう大分見慣れてきた光景だ。
「やっぱりハルの作るご飯はうまいなー!」
「そう? ありがと」
「片付けは僕がやるから、ハルちゃんは休んでて」
「そう? じゃあお願いするね」
「うん」
一見和やかなこの雰囲気まで辿り着くのに、そこそこ苦労はあったが、今はこれが心地良い。まだ暫くはこのままでいいかな、と思ってしまうのはふたりには悪いかと思ったが、契約が自然と解除された後、私に残ったのは仄かな好意だけだったのだ。
だけど、ふたりは違った。
「ハル、やっぱり俺はハルと結婚したい」
と可愛い顔をして堂々と求婚する吸血鬼に、
「ハルちゃん、僕は一生君を守っていきたいんだ」
と照れくさそうに笑う人狼に、私は返答することが出来なかったのだ。
なので、人狼一族と定めた期日は一年後。その時に、私はどちらを選ぶか結論を迫られることになる。
これまで恋愛とは無縁な私だったが、今ではふたりの求婚者がいる。まあどっちも人外だけど、世界には少なくとも私以外に私と同じ世界を見ているモノが他にもいると分かったことは、私の中では大きかった。
一年後、私は一体どっちを選ぶのか。それまでに、ソラと神崎は今以上に打ち解けているんだろうか。
まだ未来のことは分からない。
だけど。
「ふふ」
私が笑うと、ソラと神崎がなになに? という顔で私を見る。
「なんだよハル」
「ハルちゃん、すごく嬉しそうだけどどうしたの?」
ふたりの怪異が、私を見て幸せそうに笑う。
「楽しいな、そう思ったの」
「ハル、これが楽しいのか。そっかあ」
「あ、じゃあ夜には三人で遊べるゲームでも持ってこようか」
「ヨウ、お前にしてはいいこと言うな!」
「ソラも本当失礼だよなー」
ははは、と笑顔が溢れる家を、こんなにも恋しいと思っていたことにようやく気が付いた私は、ふたりに向かって言った。
「ふたりがいてよかった」
私の言葉に、これまで敵同士だったふたりは嬉しそうに微笑んだのだった。
ハロウィン短編、完結しました!
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