第28話 おっさんズと宗教改革令 その9
その日、契丹はプランタジネット、ヨークらと共に貴族会議の会場に向かう事となった。
別に貴族としての位を得たという事では無く、大司教を通じて傍聴の許可が得られたという事である。
貴族会議は出席者として領主またはその代理と付き人1名の2名までが、議場に入ることが出来る。
他の関係者は事前に申請する事で、議場の周辺に設けられた傍聴エリアに入ることが出来る。
こちらの人数制限は10名までである。
一行は直接会場に向かうのではなく、大司教と合流してから向かう。
「いよいよ主神統一が成る訳ですね」
「これもキッタン殿のおかげ、歴史に残る会議となるでしょう」
「楽しみですね」
「ええ」
合流して挨拶を終え、彼らは馬車に乗り込むと会場に向かって行った。
*****
スブリサの屋敷では、皆が貴族会議に出発するための準備をしている。
太后は普段身につける事のない、ある首飾りを身に着けて現れた。
その姿を見て、ゴートは言葉を失う。
「そ、それは……」
「これが必要となるかもしれません」
「わ、判り申した」
二人とも何かの覚悟を決めた様子が伺える。
太后はケープのようなものをかけ、首飾りは見えなくなる。
このケープ風の物は、未婚女性がかけるものとは異なり首元まで隠れるもので、高齢の女性が公的な場に出る際に使用する事が多い。
先日の謁見の際にも着用していたものであるが、その時にはこの首飾りは用いていない。
大英はゴートにデザートシボレーを出せるか聞く。
それは政治的・軍事的な「圧力」をかける可否であると同時に、現地に乗り入れる事が法的に許されるのかという問いでもあった。
貴族会議の会場は王都中央の内側区画外縁部にある。
内側区画は事前に許可を得た馬車しか侵入を許されていない。
許可には時間がかかるうえ、諸侯は各々常用1台・補用1台と定められているため、そもそも許可申請自体出来ない。
だが、現地は外縁部にあるので、中に入らずとも大丈夫なのであった。
「問題あり申さず。 傍聴の申請も済んでおる故、傍聴には2台で向かうのが宜しかろう」
太后とゴートは市内移動用馬車に乗り、内側区画に入って正門より会議場へ入る。
大英達はデザートシボレーと一般用の馬車で現地に向かい、ビステルの先導で区画の外に設けられた傍聴者入口から入って、少々歩いて傍聴席へと向かう。
「貴族会議ってどんなのかな、シッキム君はこの間の会議も見てるんでしょ」
リディアがビステルに話しかける。
「どんなと言われましても……、別に楽しいものでは無いと思いますよ」
「つまんないの?」
「まぁ、そうですね」
「ふーん」
現代の国会中継が楽しいかと言うと、別に楽しいものでは無いでしょうなぁ。 それと似たようなものと思えば大体解るかと。
人によっては怒りが止まらないとか、呆れて果ててしまうとかの感想が出る事もあるだろう。
貴族会議はその名に反して話し合いをする場では無く、王の決定事項を通達し、それを受けて忠誠を誓い順守する事を表明する場のため、言論を戦わせることは一般的には無い。
そういう意味では、どこぞの会議の様に眠くなる場かもしれないが、貴族たるものそんな事で寝てしまっては務まらない。
次々と議場と傍聴席が埋まっていく中、大英達も指定された席に着く。
左端から、ビステル、大英、パルティア、リディア、機甲歩兵5名となる。 結構大所帯。
よくあるケースだと、ここは「両手に花」となるんだろうが、それよりビステル君と話せる状況を優先である。
やがて、一通り出席者が揃った所で、大公と王が現れ、貴族会議が始まった。
大公は正式に宰相に就任する事を諸侯に報告し、それについて長い演説が始まる。
大公の眠くなりそうな演説を此処に書いても、読んでる側も眠くなるといけないので、そこは省略しよう。
では、本題である。
「国家の主神を、我らが偉大なる創造神、畏れ多くもレリアル・ロディニア様とし、諸侯の主神も同じく統一すべし事が大司教より奏上され、陛下はこれを認め裁可をいただいた事を、皆の者に報告致すものなり」
「諸侯に置かれては、この裁可に従い主神を定め、国家の繁栄を祈念するよう求めるものである」
議場内随所から歓声が上がる。
拍手という習慣を持たない彼らは、感嘆の声を上げる事で賛意や賞賛を現しているのだ。
一通り議場を見回した大公は、掌を立てて右手を肩の位置を超えるくらいまで上げる。
歓声が静まる。
「これは陛下より裁可いただいた決定事項である。 だが、この中にそれに異議を申す諸侯がある」
一旦静かになった議場がざわつき始める。
再び大公は皆を静めると、告げた。
「ザバック卿、そしてスブリサ卿、改めて此処に命令する。 上意に従いたまえ」
それを受け、太后が立ち上がって発言する。
「拒否致します。 信仰は世俗権力より命令されて決めるものではありません」
ザバック辺境伯も立ち上がり、太后に賛意を示す。
それを受け、大公が反論する。
「これは陛下の権威を借りたとはいえ、大司教……つまり宗教界からの提案でありますが、それを理解した上で拒否されるのですかな」
「もちろんです。 我がスブリサの神官も司教も賛同しておりません」
「これは異な事を賜る。 両名は王都にいらしているのですか?」
「いいえ、我々にはム・ロウ神より遣わされた神獣があり、その力を持ってスブリサに居る者と意思を通じることが出来ます」
「馬鹿な、その様な事が出来る訳が」
「神の奇跡を信じぬと言われますか、不敬ではありませんか」
「むむっ」
実際には途中に置いてきた各車両を経由した伝言ゲームであり、リアルタイムな会話は出来ない。
それでも、「意思を通じる」事が出来ているのは事実であった。
「ならば、スブリサの神官と司教については、大司教のほうで説得致そう。 スブリサ卿に置かれては、政を司る者として上意に従ってもらいたい」
「それには及びません。 我らは主神変更は受け入れられません」
「そうですか、それは反乱という事ですな」
「なぜそうなりますか」
「実は、オーディス太后殿、貴方の事を少し調べさせていただいた」
「……」
「庶民の娘が貴族に見初められて妃に……というのは真っ赤な偽り、貴方は輿入れ当初より貴族としての振る舞いを完璧にこなされていたと聞きましたぞ」
「……」
「記録によれば、60年ほど前の王家の騒動の際に幾つかの貴族が断絶したと伝えられておりますな。 太后殿はこのいずれかの家の末裔なのでは無いですかな」
「なぜそのように思うのです」
「断絶した貴族家は現王家に恨みを抱いておりましょう。 そのような個人的な事情があれば、貴方の頑なな態度にも合点がいくという物ですよ」
「そうですか」
「本来であれば、そのような者やその子孫が辺境伯の地位を保持する事は認められぬ事でありましょう。 ですが、陛下は大変温情に篤いお方。 改宗を受け入れれば、その地位を安堵すると仰せである」
「そう来ましたか」
「いかがかな、真実を突いておろう」
したり顔の大公。 それを見て、太后はゴートに向いて頷く。 ゴートも決心した頷きを返す。
そして、ケープ上のものを外し始める。
「うん、何をなさるおつもりか、ここは神聖な議場であるぞ」
「おだまりなさい!」
太后は一喝すると、外し終えた布をゴートに渡した。
そして宣言する。
「我はスブリサ辺境伯が母メーワール=アーリア、されど、これは仮初のものなり。 我が曾祖父はタワンティン6世、我が真なる名はメーワール=サン。 正統なる王家直系の者なり」
「な……」
皆思いがけない宣告に言葉が出ず、議場は静まり返る。
言葉を失うのは大公も同じであった。
だが、その静寂を破る声が響く。
「あれは、あれは……王家の宝玉!」
王は震えながら太后を、その首飾りを指さす。
「何ですと! 馬鹿な……!!」
そこにあったのは、行方不明となっていた王家の宝玉。
60年前の騒動の際に失われた王家の宝。
女王・王妃・王女・王太子妃のみが身に着ける事を許された王家の証。
それがここにある。 太后の首から下げられているのだ。
王は席を立ち、太后の元へ駆け寄って、近くから見ようとする。
「お、お待ちください」
「ええい、うるさい、確かめねば」
「陛下、真贋を見極められるのですか」
「もちろんだ、絵画に描かれた宝玉を何度も見ている。 それに真贋を見極める『手』も知っている!」
60年前に行方不明になった宝。 スブリサの者を別にすれば、この場に居る誰も実物を見た事も無い。
だが、それが本物か否かを確認する手段を王は持っていた。
それは王家の者だけが行使出来る魔法であった。
「スブリサ卿、そなたの示した宝玉、その真偽を確認したい。 構わぬな」
「もちろんでございます、陛下」
「よし、そなたが真に王家の者を名乗るなら、宝玉を行使して見せよ」
「承知致しました」
太后はコマンドを唱える。
「スタートアップ・ニュークリア・アジッド・テスト」
「セット・ローヤル・ザ・サン」
「我が名はメーワール・サン、我求む、王家の証を」
「コマンド・エグゼキューション」
青かった宝玉の色が変わり、黄色い光を放ち始める。
「テスト・オーバー」
「コマンド・コンプリート」
宝玉は光るのをやめ、元の青色に戻る。
言葉を出せず立ち尽くす王。
大公が駆け寄る。
「陛下、これで何が判ったと言うのです。 光る宝石など魔術を使えば誰でも使えるものでは……」
「そうではない、これは、この王家の宝玉は、王族で無ければ、如何なる魔術を以てしても光らぬ」
「そんな馬鹿な、おい、誰か試してみよ」
大公に呼ばれ、衛兵として議場に居た魔法士がやって来る。
だが、魔法士はコマンドが判らず、王に教えてもらい、唱える。
しかし、宝玉に変化はない。
そして、王が唱えると……
「スタートアップ・ニュークリア・アジッド・テスト」
「セット・ローヤル・ザ・サン」
「我が名はタワンティン・サン、我求む、王家の証を」
「コマンド・エグゼキューション」
宝玉は再び黄色く光る。
「間違いない。 本物だ」
それを受け、大公はしばし考え込んだ末、決断する。
「なるほど、王家の血筋を持つ方である事は判りました。 ですが、現王はこのタワンティン7世陛下。 そして、貴方が現王家に恨みを抱く事は変わりますまい」
つまり、どこぞの没落貴族という推測は外れたが、追放された者であろうという推測自体は当たりだろう。 というお話。
「そうですね。 ですが残念ながら宰相になったとはいえ、大公の命令を受ける立場ではない事は判りますね」
「なるほど、ならば致し方ありますまい」
そう言うと、大公は王に向かい、ある事を奏上する。
「陛下、逆賊討伐の勅命を下されるよう奏上致します」
改宗は「王が認可した」という話であり、改宗の実施主体は王ではない。
相手が「王家の一員」ともなれば、それを強要する事は出来ない。
だが、逆賊討伐は「勅命」として王を形の上での実施主体として行う事が出来る。
それは王家の一員であっても、対象に出来るのは言うまでもない。
それを聞き、太后は問う。
「そうなりますか、大公よ」
「はい、これも国のため。 王国に意見を異にする王族は不要です。 そもそも、先々代ティワナク1世陛下が発せられた討伐令、今も解かれておりません故」
討伐令とは王都を脱出したタワンティン一家を討伐する命令で、既に形式的なものとなり有名無実化していたが、謀反を鎮圧するのに便利なため、そのままにされていたのであった。
「判った。 宰相の奏上、もっともである。 討伐令の適応を認める。 スブリサ卿、この様な結果となり残念だ」
「私も残念です」
暫しの沈黙ののち、王は命じた。
「衛兵! スブリサの者達を捕らえよ!」
衛兵達は、議場の太后とゴートを、そして傍聴席の大英達に向かって行った。
用語集
・補用
常用が修繕などの理由で使用できない時の代替用。
つまり、常用1台・補用1台と言っても、2台で同時に運用出来るわけではない。
・間違いない。 本物だ
この地では魔法は「神より与えられたもの」である。
人類が自分で編み出したものでは無く、コマンド一つとっても全て「神製」。
つまり、同じコマンドに反応する偽物は作れないし、コマンドの使い方を勝手に変更したり機能を追加したりは出来ない。 新規コマンドも作る事は出来ない。
よって、本物であると認定される。
もちろん、この宝玉自体、人間が作ったものでは無い。
これ、普通の魔法世界なら「見た目と反応」だけ同じになる偽物を作って、「違うテスト」を実行させるという手で偽物を作れるが、この世界では無理なのだ。