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模型戦記  作者: BEL
第5章 王国の混乱
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第28話 おっさんズと宗教改革令 その7

 王宮へと街中を進む馬車。

真っすぐ向かうのではなく、回り道して港の横を通過する。



「これは……うん、すごいね」



 港に並ぶガレー船を見て頷く大英。

現代の船舶と比べれば小さな船であるが、港の規模も現代程広大ではない。

しかも、かなり数が多い。 ぱっと見ただけでも10隻は下らない。 そして岸壁や桟橋だけでは足りず、2隻が横付けしている箇所も少なくない。 陰になってる船もあるので港全体ではどれだけあるのか、数えるのが面倒なくらいだ。

そんなわけで、相対的には結構な存在感を持って停泊しているのだ。


何より、周辺に泊まっている他の船より倍くらいサイズがある。

沿岸で活動する漁船と違い、大公領の島々を巡るため、大型になっているのだろう。


 大公の影響力が強まっている様子を実感しつつ、一行は王宮へと向かう。

程なく到着し、控室に入る。

王家の権威を示す意味合いもあり、結構豪華な装飾・調度品がある部屋だ。



「ふむ、品が増えておるな」


「大公の方針なのでしょう」



 ゴートの言葉に太后はややうんざり顔で応じた。

権威の誇示に余念がないという判断だ。



 やがて時間となり、「謁見の間」に移動し会見が始まる。

太后とゴートが一歩前に出て立ち、全員が跪いて頭を下げる。



「皆、面を上げよ。 オーディス殿、遠路ご苦労である」


「国王陛下の拝謁を賜り恐悦至極でございます」



 いつも通りの形式的挨拶、簡単な近況報告、それらが終わり本題に進む。

新宰相であるマウラナ大公が話を始める。



「この度、貴族会議が開かれる事情については承知されているものと思う」



 その言葉にゴートが応じる。



「主神変更でありますな」


「然り」


「……」


「そこでだ。 これまでは主神と王家を含む諸侯の信仰は別のものとして捉えられてきた。 だが、既にごく一部の例外を除き、すべての諸侯がレリアル神を崇める事を決している。 さすれば、単なる主神変更に終わらせず、信仰の統一を図る事が望ましいと考えるが、いかがかな」


「そうは思いませぬな」


「ほう、何故」


「信仰は民の信心に拠るもの。 王や貴族が口を出すべきではないのではありますまいか」


「我らが口出しすべき事ではない。 確かにその通りだな。 その考えには私も陛下も異論はない。 しかし、これは大司教より出された要請である。 宗教界の総意であれば、これに異を唱える訳にはいかぬであろう」



 「口を出すべきではない」事を逆手に取られた格好だ。



「総意ですかな。 我がスブリサの司教も神官も、レリアル神を崇めるとは申しており申さぬが」


「僅かな例外に過ぎぬ。 その例外の為に立ち止まる事を、陛下は望まぬという事である」


「ならば、例外の存在は無視されれば宜しかろう」


「さて、私個人はそれでも構わぬが、大司教はそれを認める事は出来ぬと申しておったな」



 何と言うか、悪者にされてる大司教。 この場に居ないのをいいことに、責任を全部負わされている。



「では、如何なされるおつもりか」


「宗教界は武力を持っておらぬ。 だが、我々は違う。 こう申せば判るかな」


「なんと愚かな、信仰のために戦を起こすと申すか」


「もちろん、私も陛下も、そして大司教もそのような事態は望んでおらぬ。 だが、そちらには戦を希望する心積もりがあるのではないかな」


「何の事であるか」


「戦を求めてはいないかもしれぬが、戦になっても構わぬという気概が見える。 特に、その従者の方よりな」



 大公はゴートの後ろに控えている大英に視線を向けながら、そう指摘した。

技術職で事務所から出る事のない仕事が多く、高度な交渉の場など無縁であった大英。

秋津と違い対人スキルの低い彼の「何言ってんだコイツ」という感想は、平静を装ってはいても、顔に滲み出ていたようだ。



「これは失礼を致した。 この者、生粋の武人なれば、交渉事には慣れておらぬ故」


「そうですかな。 その体格、とても騎士には見えませんが」


「ああ、武人と申しても、剣を取るのではなく、魔術を修めておる者ですからな」


「なるほど、獣や罪人ではなく、書物を相手に修練を積まれた方でありましたか」


「左様」


「ならば、相当の知恵者でしょうな。 ぜひ忌憚のない意見を伺いたいものですな」



 大英の見た目は年齢不相応に若い。 知らぬ者に40歳だと紹介すれば、誰も疑問を挟まぬ程である。

大公も、おおよそ40歳くらいだと想像しているようだ。

だが、この世界で40歳なら、相当な年齢である。

現代社会なら60歳くらいに思っておけばいいだろう。

感覚的には、退官間際の教授様のようなものだ。



「それはご勘弁を。 此度は華やかな王都を見せるべく連れてきた次第なれば、宰相殿に意見を申すなど埒外な事なり」


「なに、腹の探り合いな交渉事を離れ、一つの道を究めた方の考えを知りたいだけですよ。 無礼な物言いがあったとて、気には留めぬ」


「判りました、発言を承りましょう」


「殿下!」



 太后が了承したので、ゴートは向き直って驚く。



「良いでしょう。 言葉を交わす事は問題解決の近道です」



 余計な問題発生の原因でもあるけどね。 口は禍の元。



「判り申した、では、大英殿、前に出て発言を」



 促され、大英はゴートの横に並ぶ。



大英(オオヒデ)です。 魔術の道で奉公しております。 して、どの様な事をお聞きになりたいのでしょうか」


「オオヒデ殿、信仰の統一をどう思う」


「無用の事と心得ます」


「なぜそう考える」


「統一と言う行為には少なからず労力がかかると思われますが、それに見合う効果が見えません」


「ほう、流石は一つの道を極められた方、我らとは視点が違いますな。 信仰が統一されれば、神の御加護はより強くなり、民の安寧にも繋がる。 これが効果でありましょう。 それにかかる労力など十分おつりが来るものでは無いかと」


「それはどの様な根拠で? 過去に統一された事例がありましたか」


「事例については無いと思うたが、神事の専門家たる大司教より奏上された事なれば、我ら世俗の者が語る言葉は持たぬものであろうよ」



 餅は餅屋に任せる。 そう言いたいようだ。

それに対し、大英も返す。



「そうですか。 私は信仰については専門外ですし、専門家の言う事を尊重する考えも、尤もな事と心得ております。 されど、我がスブリサの民がム・ロウ神より受けている寵愛を超える事が証明されない限り、賛同は致しかねます」


「ほほう」


「北部の方々は『現状の御加護』に『統一による御加護』が加わる訳ですが、我らは『現状の御加護』を失うのです。 単純に増えるわけではありません。 専門家でなくとも、このくらいは判ります」


「なるほど、流石は書物を相手にされていた方。 という事ですな。 我らとは目の付け所が違う。 貴重な意見を賜った。 後ほど大司教に伝えると致しましょう」



 そう言うと、ゴートの方を向いて頷く仕草をする。

それは「これでこの話題は終わり」という合図だ。

ゴートは大英に向くと、下がらせる。



「大英殿、話は終わりの様です。 戻られよ」



 大英は無言で頷くと元居た位置に戻る。

大公は別の話題を振る。



「現状の御加護……そういえば、ゴート殿は神獣騎士隊を司っておられると伺ったが、それが反対の考えの源でありますかな」


「まさか、一介の隊長なれば、預かる騎士の事は考えるが、それは(それがし)個人の持ち物ではござらぬ。 任を解かれればそれまで。 地位に固執などせぬ」


「それは『別の者』が隊長に任ぜられる場合でありましょう。 神獣騎士隊自体が解散となれば、話は違うのではないですかな」


「むっ」


「信仰が統一されれば、ム・ロウ神の神獣にはお帰り頂く事となるでしょう。 人は一度手にしたモノを手放すことは望まぬもの。 その『我欲』が統一を阻んでいるのではないですかな」


「なんと」


「私は国家の安寧のため、提案をしている。 ゴート殿、いや、スブリサは自領の利益のために、それに反対している。 違いますかな」



 痛い所を突く。 大英も不満が顔に出る。

だが、大公はニヤリと笑って受け流す。 その顔は声には出さないが「お前の出番は終わったのだ」と語っていた。

流石は百戦錬磨の古狸。 相手の意見を封殺する手段は多数手札にあるといった所だ。



「それは違います」



 太后のはっきりとした声が謁見場に響く。



「神獣騎士隊は我らの持ち物ではなく、ム・ロウ神よりの預かり物。 我らが自由にして良いものではありません。 そして神の御意思も無しにその返還などありえません」


「そうですか、ですが、信心は我らヒトの中にあるもの。 神より預かりしものがあるからと、その神を信ずるというのは、正しい信仰ではありますまい。 いずれの神を信ずるかは神に決められるものでは無いはず。 なれば、信仰が無くなれば、我々が返還を言い出さずとも、神自身より返還を命ぜられるのではないですかな」


「語るに落ちましたね。 その通り、信心は私たちの心の中にあるものです。 他人の都合で変えるものではありません」


「なるほど、これは一本取られましたな。 流石は太后殿下と言ったところですかな」


「お褒めにあずかり、光栄です」


「ところで、太后殿下はザバック辺境伯領の平民の出と聞いておりますが、その見識、とても元平民とは思えませんな」


「……」


「いえ、平民の出だからと下に見ているのではありません。 むしろ殿下には高貴なモノを感じておりましてな、この違和感、理由に心当たりはありますかな」


「さて、私も領主の元に嫁いでから長いですし、夫を早くに無くしましたので、その代わりも努めねばならず、それで身に付いたのでしょう」


「なるほど、ご苦労の賜物ですか。 苦労は人を鍛えると言いますからな。 では、本日はここまでと致しましょう。 陛下もよろしいですね」



 振られた王も「ああ」と同意を示す。

交渉は日を改める事となった。



 一行が帰った後、王は大公に問う。



「大公よ、どうするつもりだ」


「武力で事を決するしかありますまい」


「しかし、連中には神獣がついているぞ、大丈夫か」


「我らの騎士団は強力ですし、諸侯にも動員をかけますれば、負ける事などありえません」


「そうか、だが以前聞いた話では、神獣は騎士より強い敵を屠るというぞ」


「その話は私も聞きましたが、あくまで話。 言葉で語るのであれば、どうとでも盛れますれば、真実とは限りません」


「という事は」


「ええ、我らを脅すために、大げさに語っているのでしょう」


「そうか、そうだな、大体そんな強い敵など居る訳が無いな」


「それに、私の調査では、スブリサをこのままにして置くのは、王家にとって好ましからざる事と存じます」


「そうなのか、一体何事なのだ?」


「まだ最終的な判断は出来ませんが、証拠がそろい判断できましたらご報告いたしますので、いましばらくお待ちを」


「そうか、何事にも自信満々な大公にしては、ずいぶん慎重だな」


「私も宰相になりますれば、それ相応に落ち着きますよ」


「そうか、そうだな。 よし、任せたぞ。 良きに計らえ」


「御意」



 こうしてこの日は終わる。

だが、翌日「神獣」が王都に来ているという報告が届く。

大公は神獣を確認すべく、配下の者をスブリサ辺境伯の館へと差し向ける事とした。

用語集


・2隻が横付け

海自では「めざし係留」と呼ぶそうである。



・お前の出番は終わったのだ

本当に突っ込むべき話題になる前に、どうでもいい所で「唯一の」発言の機会を与えて、本当にバトルする時には意見を言えないオブザーバーにしてしまう。

目は鋭いけれど地位は低い相手に対する対処法です。

寛大にも発言権を与えたとして、「良い交渉をした」という体裁を作りつつ、交渉自体は有利に進めるのだ。

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