58 閑話・この料理を作ったのは誰だあ!
サブタイトルは海原雄山風で。
満腹焼き屋台二号車(増備一号)出陣の日。新しい場所への出店となるが、ラビリンの本店で味に馴染んでいた人や話題を聞きつけていた人も多く、開店からそれほど間を置かずにこちらも盛況となっていた。名目上は院長が見回ることになっているものの、実質孤児任せとなっているが、みな本店の手伝いをした経験があるので、特に問題は起こらず安定した滑り出しだ。
「あら? この匂いは何かしら。美味しそうね」
その屋台の前を、二人の護衛を連れた娘が通りかかった。
「私も知らない匂いです」
「あの屋台からのようです。ひとつ買って来ましょうか」
「そうね、お願い」
「満腹焼きという名前の食べ物だそうです。三種類ありましたが、一番人気という猪肉のを買って来ました」
「気が利かないわね。せっかく三人いるんだから三つとも買って来なさいよ」
「それが人気商品のため一人一枚限りと言われてしまいまして」
「なら仕方ないわね。なるほど見たことない食べ物ね、早速食べるわよ」
「あっお嬢様、まだ毒味が」
「あんな大々的に売ってる物に毒味が必要かしら? むぐむぐ。なるほど、この塗ってあるやつの匂いと味が利いてるのね」
「材料すら分からないものがいくつもありますね。すぐ分かるのはキャベツと猪肉、あと青海苔くらいでしょうか」
「残りは二人が味見しなさい。思ったよりボリュームがあって、全部食べたら食事が入らなくなっちゃうわ」
「満腹焼きの名は伊達じゃなかったのですね。持った時点でずっしりしてましたし」
その日の夜、ラミスクの領主邸にて。
「という訳で旦那様、いま市中では満腹焼きという食べ物が流行っているようです」
「ふむ。確かに私も知らない食べ物だが、わざわざ報告するような話か?」
「これが何と銅貨五枚で名前通り満腹になるのです」
「ほう……!」
子爵の眉が上がった。
「しかも安価でありながら、町民が競って食べるほど美味なのです。軍に取り入れれば糧食が改善されるでしょう」
「それだけじゃないぞ。その値段なら材料も調達が簡単なものしか使っていないだろう。安く腹が膨れるなら町民の生活向上にもうってつけだ。しかもそれを、啓蒙しなくても町民が勝手に好んで食べてくれるのだから、こんなに有り難い話はない」
「仰る通りです」
「エリーの散歩癖には困ったものだが、それも偶には役に立つようだな。早速それを作った商人から話を聞きたい。呼んで来てくれ」
翌日。お嬢様ことエリーが探しに出……ようとしたところ家庭教師が来る日だったので執事に取り押さえられ、代わりに護衛のエド……も定例の用事があり、その部下のタングルが満腹焼き商人を探すこととなった。
「お、昨日と同じ場所に屋台があった。……失礼する、この満腹焼きを持ち込んだ者に会いたいのだが」
「運んで来たのは僕!」
「焼いたのは私だよ!」
「いや、そうじゃなくてだな、これを教えた人だ」
「名前なんだっけ。ラビねえのお友達」
「ラビねえ?」
「うん、ラビリンって兎のお姉ちゃん。そのお友達のお兄ちゃんが、ラビねえと僕達にこのお仕事をくれたんだ」
「そのお兄さんはここにはいないのかい?」
「ここに来る大人は院長先生だけだよ。お兄ちゃんはラビねえの屋台の方ならいるかも」
「院長先生? もしかして君達は孤児院の子かい?」
「そうだよ!」
「分かった。院長に話を聞いてみる」
(しかし、孤児に食材や売上の現金を任せるとは信じられん。よっぽどの豪胆か、それともよっぽどの馬鹿なのか……)
「という訳で院長の所にお邪魔したのだが、これを発明した者はいるか」
「彼がこちらに来るのは基本的に夕方です。昼間は冒険者をしておりますので」
「なるほど。ところでその者の名前は?」
「あー、それなんですが、実はあまり教えないようにと言われているのです。彼自身ではなくラビリンの手柄にしたいらしくて」
「しかし領主様のお望みだ。問題があったら我々の方で対応する」
「……仕方ありませんね。それが本名かは存じませんが、彼はエージと名乗っておりました」
「冒険者のエージだな。了解した」
「という訳で冒険者ならギルドだろうと思って来たのだが、マスターは何か知ってるか」
「あー、エージか。何か企んでるらしいとは聞いてたが、そんなことをしてたのか。あいつのことは俺も良く分からねえ。用事があるならガナシュの宿に呼び出し状でも置いていけば明日か明後日には会えるはずだが」
「分かった。手間をとらせて悪かった」
「いや、あいつの情報は俺も知りたいから丁度良かったよ。ただ、あいつは冒険者じゃなく狩人を名乗っているから、それは気を付けた方がいいかも知れん」
(しかし、エージって名前はどこかで聞いたような気もするのだが、思い出せないな……)
考え事をしているタングルのすぐ脇を、両肩に一頭ずつ猪を担いだ狩人が、なぜか市民ギルドを素通りして孤児院に向かって行ったのだが、お互いそれには気付かなかった。
「という訳で旦那様、今日のところは宿に伝言をして参りました」
「エージ!? ひょっとして栗色の髪をした少年か?」
「髪までは聞いておりませんが少年だそうです」
「馬鹿者! エージと言えばエリーが攫われた時に助けてくれた者じゃないか!」
「ああーっ! どうりで聞き覚えが!」
「呼びつけてどうする! 今すぐエドと二人で迎えに行って来い!」
「という訳で、エージという者がこちらに宿泊していると聞いたのだが」
「あー、エージさんね。戻って来てはいるけど、今日も兎の嬢ちゃんと一緒だったから、今頃は声を掛け辛いタイミングかも知れませんね……」
「……兎の獣人ってことは、そういうことだよな?」
「お楽しみを邪魔するのは良くないな。俺だったら怒る……」
「あれ? お久し振りです。今日はエリーさんはどちらに?」
「エージ! お楽しみはいいのか?」
「お楽しみ?」
「……いや、こっちの話だ。そんなことより、探したぞ!」
「え、な、何ですか一体!? 俺、この宿にしか泊まってないんで、探される要素ないと思うんですけど?」
これにて4章終了です。
5章はまだ執筆が進んでいないので、しばらくお待ちください。




