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心の鎖  作者: momo
六章 ふたたびの夏
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疑い



 二人からフィルネスの話を聞いたレオンは腕を組んで考え込んでいた。その様子をイオとイグジュアートが黙って伺う。


 イオとイグジュアートに流れる血。闇の魔法使いであるアスギルが靡くという血は当然イクサーン王家に生まれたレオンにも流れるものだ。違いといえばそこにフィルネスの血が混ざっているかいないかのみ。


 「何故イオだったのだろうな。」


 イグジュアートではなくイオが選ばれた理由。男女の性別の違いという訳でもなさそうだとレオンは小さく息を吐く。


 「多分、最初に出会ったのがわたしだったからだと思います。」


 レオンからの素朴な疑問にその答えは偶然としか答えようがない。


 あの出会いの日。魔法使いを迫害するカーリィーンで生まれ育ったイオだったからこそ、自らを魔法使いと名乗るアスギルに扉を開いた。イオが生まれ育ったのが魔法使いに寛容なイクサーンであったなら、魔法使いと名乗る怪しい男を一人暮らしの女の家に招き入れるなんて危険は絶対におかさなかっただろう。


 「闇の魔法使いは君に出会ったからこそ心を入れ替えたという訳か?」


 そうではないとイオは静かに首を振った。

 

 「アスギルは償う為だけに生きています。最初に出会ったのが誰だったとしても、アスギルが取る行動が変わっていたとは思えません。」

 「そうだな。だがフィルネス殿は君が失われた先の未来を見据えている。私達と違いアスギルも時を長く生きる魔法使いなのは間違いないだろう。」


 いったいどれ程の時を生きるのか知れないが、万一の保険を残し続けようとするフィルネスの考えは正しいとレオンも同調する。けれどそれをイオに押し付けるのは躊躇いがあった。たとえフィルネスが望むその相手が我が身であったとしてもだ。


 「やっぱりわたし達―――」

 「待ってくれ、答えを急くつもりはない。」


 フィルネスに従った方がいいのかと問いかけたイオをレオンが遮った。


 「確かにアスギルは王太子の命を救ってくれもしたが、闇の魔法使いが今もなお恐れの対象であるのには違いない。封印の問題も何時まで隠し続けられるか解らないんだ。だからなイオ、私はこの件を陛下に報告する。しかし陛下が権力で君らにそれを強要する事はないと思っている。」

 「アスギルが怖いからですか?」


 そうだとレオンは深く頷いた。


 「陛下は闇の魔法使いより、イオの意に沿わぬような事をするなとでも忠告を受けているのだろう。時に陛下は国を統べる者として非道になられるが、これまでの君に対する扱いだけはとても慎重で、権力による押しつけすらなく極めて特別な物だった。それはどんなに足掻いてもアスギルにはけして敵わぬと見せつけられたからこそであるのだろうし、同時に陛下の御命をお救いされたのもアスギルであったからだろう。敵とみなすべき相手に命を救われ、陛下も相当迷い悩まれた違いない。」


 死の床にあった国王ハイベルの突然の回復。誰もが喜んだ王の奇跡は結界師たるモーリスの功績となっており、レオンも最初はそれを信じていたが、それが本当は誰の仕業であったのかくらいもう分かっていた。ハイベルが回復したのはイオが目をつけられた時期と重なるし、アスギルがイグジュアートを治療した様を目の当たりにしてより、王の病からの回復はモーリスではなくアスギルの仕業であったのだとレオンは確信している。

 

 では何故アスギルがハイベルの命を救ったのか。それは恐らくイオの為だ。内に秘めた魔力の大きさを案じ、迫害される魔法使いを守る為の行動の一つ。

 アスギルの心の内は知れないがハイベルの予想通り、イオはアスギルにとってとても大切な存在となったのだろう。その対象がイグジュアートでなかったのはイオの言う様に最初に出会ったのがイオであったせいなのか、イオ自身に引かれたのかもレオンには解らない。けれど恐らくそのどちらでもあるのではないだろうかと考えた。


 「今後恐らく、王家はアスギルに対しての監視はするが敵意を剥き出しにすることはないだろう。だからといって媚び諂う訳でもない。フィルネス殿の忠告を受け入れ将来に備えたいとは思うが、それを君らに強要するような真似は自らの首を絞めることになるからな。」

 「でも、そんな風に言われると―――」


 思い悩むイオの姿にレオンは息を吐き出しながら瞼を閉じた。


 これこそがハイベルの狙った結果だ。レオンにイオを預け続けるのも情を抱かせ、自ら此方の思惑通りに転ばせる。本来ならレオンはその隙をつき転ばせる役目を担うべきなのだが―――惚れてしまった弱みが邪魔をしていた。これでは王家に生まれた責任ある存在としても、国を守るべき騎士団長としても失格だ。


 「君たちは君たちの思うように生きるといい。フィルネス殿の言葉は気にするな。」


 イオもイグジュアートもそれぞれの人生を思うように生きるべきだ。二人とも制限を強いられてはいるが、その制限が望む人生を歩むのに大きな障害となるわけではない。


 「本当にいいんですか?」


 これまで黙っていたイグジュアートが真剣な眼差しでレオンに問う。レオンに重ねられた碧い瞳がレオンの心の内を読み案じている様が窺え、参ったなとレオンは力を抜いて背を椅子に預けた。


 若さで突っ走るだけではない、聡い彼にはレオンの置かれた状況やら何やらが解ってしまうのだろう。思うように生きろといったレオンの言葉が地位にふさわしい決断でないと察しているのだ。

 また彼も王の子として生かされながらいつ処分されるか知れない世界に身を置いていた。そこいらに数多いるお坊ちゃまとは訳が違う。特殊な状況下において万一に備え教育だけは十分に施されて来たのだ、年齢以上の物の考え方が出来て何らおかしくない。


 けれどレオンは心の内を覗かれた事に大人気なくも癪に感じて、人の悪い笑みを浮かべる。その不気味な笑みにイグジュアートが身を固くして身構えた。


 「まぁ、イグジュアートが望むならフィルネス殿の言葉通りにしてもらっても構わないのだがな。」

 「俺はっ!」

 「イグ?」


 焦ったイグジュアートが立ちあがるとイオも中腰になった。レオンからは死角になっていたがどうやら二人は手を握り合っていたらしく、イオはイグジュアートに手を硬く握り締められていたせいで半分持ち上げられる様になってしまったのだ。

 

 「君らは本当に仲がいい。」


 レオンが失笑するとイグジュアートは真っ赤になり慌ててイオから手を離す。そのまま失礼しますと座を退いたかと思うと慌てて戻って来て、ぽかんとしたままのイオの腕を掴んで強引に立たせ引っ張った。


 「えっ、イグどうしたの?!」

  

 態度急変のイグジュアートに疑問だらけのイオだったが、レオンはにこやかに笑っているので特に問題はなさそうだ。イオは失礼しますとの言葉だけを残すと、そのままイグジュアートに腕を引かれて騎士団長室を後にしたのだった。





 *****


 あの日以来フィルネスがイオとイグジュアートの前に姿を現す事はなかった。それから数日後、イオは休みを利用し一人街に出る。貰った給金で高価な黒い布地を買いローブを縫っている最中なのだ。

 衣服を作るのは初めてではないが、ローブの様なフード付きの衣を縫うのは初めてで、意外にも多くの生地が必要になるのだと初めて知った。空いた時間を利用しているので出来上がりまでにはかなりの時間が必要となり、なかなか完成に至らないが少しずつ縫い進めている。渡す相手はアスギル、今日は縫い糸がなくなってしまったので買いに出たのだ。


 高価な生地を縫い進めるにはそれなりに丈夫で高価な糸が必要となるので余分に買い込む様な事はしない。レオンの屋敷での生活では自分のお金を使う事もなく、貰った給金は貯まる一方だが無駄遣いをする性格ではなかった。


 目的の糸だけを買ったあとは露店を目で楽しむ。露店の主に綺麗な髪止めや飾りを勧められるが、立ち止って手にとっても購入はせず、食欲をそそる香りが漂ってきても買い食いもしない。そういう楽しみ方を知らないお陰で目や感覚だけでも十分に楽しめるのだ。お安い娘である。


 太陽が天に上り夏の日差しがじりじりと照りつける中、街の中心にある噴水で喉を潤し口元を拭っていると声をかけられた。


 「あんた、騎士団宿舎で働いているだよな?」

 「そうですけど……。」


 振り返れば二十代中頃の騎士服に身を包んだ青年が二人。イオが騎士団宿舎で働いているのを知っているという事はそこに出入りする騎士なのだろう。けれど見覚えがない。宿舎で寝泊まりしている騎士なら新しく入って来る者も含めきちんと全員の名前を覚えてしまっているので通いの騎士だろうか。


 「仕事中にナンパかよ?」

 「煩いな、もう休憩時間だろ。お前は先に戻ってろ。」


 街の警護も担う騎士は二人で組んで見回りをしている。仕事中であろう騎士の片割れは「お前にしては珍しいな」とニヤニヤしながら去っていったが、残った一人は硬い表情でそれを見送りそのままイオを見下ろした。


 「ちょっと話があるんだが。」

 「何でしょうか?」


 目が細く黒い眼光が恐れを抱かせるが凄く真面目そうな人だ。話があると言った彼はクライスと名乗ると、辺りを見回したあとで近くのベンチを指差す。噴水の前に陣取っていてはのどを潤しに訪れる人の邪魔になるからだろう。素直に従って木陰にあるベンチに腰を下ろすと、律儀にも隣に座っていいかと尋ねられ思わず笑いそうになった。


 「どうぞ。」

 「悪いな。」


 表情と同じで硬い人のようだ。一人分の距離を開けて隣に腰かけた男は話し方からして貴族の出身ではないようだが、騎士道精神に則った人物像が窺い知れた。


 話があると言った彼は真っ直ぐに背筋を伸ばして座っている。黒髪に黒い瞳、陽に焼けた肌はとても健康そうで頼りがいがある雰囲気を醸し出していたが、腰を下ろしてからは前を見るばかりで一向に先へと進まない。見知らぬ相手に誘われ黙って座っているのも辛いのでイオが先に声をかけた。


 「それで話というのは?」


 するとクライスはイオを一瞥して再び前を向き、それからやっとイオを見下ろした。


 「レティシア嬢の事なんだが、彼女に辛く当たるのを止めてくれないか。」


 イオは言葉の意味を解釈するのが遅れ目をぱちくりさせ、クライスは細い目でじっとイオを睨むように見つめた。


 「あんたはレティシア嬢の失敗を酷くなじるそうだな。新人を厳しく躾るのは先輩の役目だが、済んだ事を何時までもしつこく責め立てるのは良くない。女の世界に男が口を挟むと碌なことにならないが、あまりにも目に余るんで、お節介と解っているが一言いいたかったんだ。」


 いったい何の話だと、イオはぽかんと口を開けて唖然とクライスを見上げたまま呟いた。


 「言っている意味が解らない……」

 「あんたがレティシア嬢を虐めてるって話だろ!」


 苛立ちを露わに声を荒げるクライスの言葉を頭の中で繰り返し、じっくりと浸透させていく。


 「どうしてわたしがレティシアさんを虐めなきゃいけないのよ。」

 

 虐められて女官の世界から逃げて来たレティシアにそんな酷な事をする訳がないではないか。


 「こないだは誤ってあんたを水浸しにしたって聞いた。何度も頭を下げて許しを請うたそうだがあんたはレティシア嬢を許さなかったんだってな。頭を下げる彼女を見下してるあんたを目撃した人間もいるんだからしらばっくれても無駄だぞ。」


 見下すなんて―――謂れのない疑いをかけられかっと頭に血が上り、イオは立ちあがってクライスを睨みつけた。 


 「わたしは一度の失敗をしつこく咎めたりする女じゃないわ。あの時は二階から汚水を捨てない様に注意はしたけど咎めてなんていないし、レティシアさんは一度注意すれば次からはきちんとできる子よ。同じ間違いで何度も叱咤されるような子じゃない。あなた誰にそんな嘘を拭き込まれたのよ。まさかレティシアさんがそんな嘘をついたとでも言うんじゃないでしょうね。そもそも目撃者って誰よ!」


 かっと頭に血が上り、クライスの前に仁王立ちになって指を突き付ける。そんな嘘をつくのは誰だ、犯人を捕まえてやるとばかりに声を上げたが、夏の最も熱くなる日中。急に立ち上がりまくし立てたイオは頭が酸欠状態になり、不覚にも指を突き付けた相手の前で目眩を起こしてふらりと倒れてしまった。


 

 

 





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