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心の鎖  作者: momo
五章 闇にむかう
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闇の魔法使い



 羽蜥蜴と同じ赤い色の瞳がぐるりと周囲を見渡した。


 「酷い有様だ。」


 アルフェオンを前に呟くと、倒れた巨木に体を預ける騎士にむかって歩いて行く。何処からともなく忽然と現れた男に誰もが言葉を失い唖然とする中、アスギルは歩み寄った騎士の一人一人を前に膝をついて手を差し出した。


 手を差し出された騎士の体を青白い光が優しく包み、光が消える頃には毒に犯された皮膚や折れた骨、受けた衝撃による疲労。その何もかもが綺麗さっぱりと消え失せ、完全に回復していると彼らが気付くのにしばしの時間が必要となる。失った血液によるふらつきもない。利き腕をやられあきらめるしかないと見られたグレンの腕すらも、何事もなかったかに元通りで指先の感覚も舞い戻っていた。


 突然現れ奇跡の力を見せるアスギルに誰もが言葉を呑む。牙を向いていた二体の羽蜥蜴すら大人しく雨に打たれその場に立ち尽くしいていた。


 その羽蜥蜴に向き直り躊躇なく歩み寄るアスギルを、一同は危険を忠告する事無くただ見守る。言葉が出なかったというのが正しいだろう。今の今まで命を失う場面に直面していたのだ。突然現れ一瞬にして場を支配したアスギルの神がかり的な存在感にやられてしまっていたのかもしれない。


 危険であると認識している羽蜥蜴へと、アルフェオンはアスギルに釣られる様にして歩み寄った。握る剣先は下を向き戦意は消失している。

 

 「子を孕み、番で戯れる様が微笑ましく後回しにしてしまった。結果がこの惨劇とは。申し訳ないと、心より詫びを唱える。」


 誰に向けた言葉なのか。囁く様な声だったが側に寄ったアルフェオンの耳には届いた。それは目の前の羽蜥蜴に告げているようであり、アルフェオンら傷を受けた人間に告げている様でもあり。けれどその疑問も次の奇跡を見せつけられどうでもよい事になり変ってしまった。アスギルが二体の羽蜥蜴に触れたのだ。羽蜥蜴も大人しくそれを受け、まるで甘える様に巨大な頭をアスギルにすり寄せている。


 「何だこれは―――」


 唖然と呟いたグレンの声に押されるかにアルフェオンはアスギルと、二体の羽蜥蜴へとさらに距離を縮めていた。けれどその足が届ききる前に二体の羽蜥蜴が急激にしぼんでしまったのである。


 まるで消えるかに瞬く間に小さくなった羽蜥蜴は、最後には小さくなり過ぎて雨の降りしきる地面で溺れる様にもがいていた。もがくそれをアスギルの掌が水から救い出す。


 「それは―――ヤモリか?」


 アスギルの手の中では柔かな皮膚を持った二匹のヤモリが喉をひくつかせながら大人しく鎮座している。アルフェオンの問いかけにフードから雨水を滴らせながらこくりとアスギルが頷いた。


 「羽蜥蜴の正体は、まさか…ヤモリなのか?」


 硬い鱗もなく人の手で押せば潰れてしまうか弱い体。壁も天井も自在に歩けるのは小さな虫を逃がさず捉える為であるが、人が追えば踏みつけられてしまうような弱々しい生物。

 同様にこくりと頷いたアスギルは、その弱い生き物を取り落とすまいと大事そうに手の内に留め置いていた。


 「どうしてヤモリが羽蜥蜴に―――」

 「虐げられる姿を目撃して、悲しくなった。」


 見た目が奇妙だと悲鳴を上げる娘も多い。それだけならいいが、横切ったから、そこにいたからとたわいない理由で踏み潰される小さな弱い命。それを見て悲しくなったのが切っ掛けだったと、遠い日を思い出したアスギルは赤い目に薄っすらと涙を湛えている。


 「アスギルが、これを羽蜥蜴に変えたのか。」


 馬鹿げた質問だったがするりと口をついた。それにアスギルはまたもや頷いたのだ。


 ヤモリを巨大で獰猛な羽蜥蜴へと変化させる、馬鹿げた想像だと思いながらも口にせずにはいられなかった。頷いたアスギルにアルフェオンは白い顔色のまま問いかける。


 「お前が、闇の魔法使いなのか。」


 この質問にもアスギルは素直に頷いき、アルフェオンは盛大に眉を顰めた。


 目に涙を湛え手の中のヤモリに悲しみを落とす。叩きつける雨が体を冷やすせいで、この光景を更に悲しいものへとうつし変えた。


 闇の魔法使い―――かつては疑いもしたがアスギルの示す行動からそうではないと疑いを消した。けれど突然現れたアスギルの齎す奇跡からふいに口をついて出てしまったのだ、闇の魔法使いなのかと。


 けして肯定の言葉を望んでいたのではない。逆に肯定された今であるからこそ更に疑問に感じる。アルフェオン達が羽蜥蜴と対峙し生死の瀬戸際であったのはアスギルのせいではない。それを自分が見過ごしたせいだと詫び、羽蜥蜴の姿をアスギル曰く元のヤモリへと変化させ、瞬き一つで今にも落涙しそうだ。


 頼りなさそうで頼りになる、世間知らずで放っておけない、優しい赤い目に宿る温もり―――


 かつてイオがモーリスに豪語した声がアルフェオンの脳裏に蘇った。


 確かにそうだ。惨劇の場に現れ一瞬でこの場を制した。けれど目の前のアスギルは得意になるどころか羽蜥蜴を憐れみ哀愁を湛えている。いい大人であるのにまるで庇護の必要な幼子の様にも感じられ、手の内にあるヤモリを見詰める赤い目の何処にも狂気はなく。


 「本当に―――アスギルが闇の魔法使いなのか?」


 だから繰り返した質問に再度アスギルが頷いても信じられなかった。


 けれど『愛しい人の未来を守る為にそれが正しいと思い込み狂ってしまった』との言葉。羽蜥蜴をヤモリに変化させる神の技を有する彼なら魔物を創造するのも可能なのだろう。肯定が事実なら優しいからこそ、純粋だからこそ狂ったのではないのか。そして彼を狂わせたのはまっとうな人間ではない。狂わせる為にいったいどれ程の苦痛をアスギルに与えたのだろうか。もしかしたら出会った当初『国に身を委ねるに何の意味がある』とアスギルが嘲笑ったのはアルフェオンにではなく、アスギル自身にであったのではないだろうか。


 「アスギル―――」


 雨音が声を消し去るなか、ひたすら手の内にあるヤモリに視線を落とすアスギルの肩にアルフェオンが手を乗せる。


 恐れはなかった。闇の魔法使いだと首を縦に振ったアスギルの態度を信じ切れずにいるのかもしれない。アルフェオンの心内で衝撃の事実というわけでもなかったのは、心の何処かでもしかしたらと感じていたからだろう。更には闇の魔法使いがアスギルならと望んだイグジュアートの言葉が残っていて、それにアルフェオンも同調していたからかもしれない。伝え聞くものと見て感じる物のあまりの違いに、命をかけたばかりであるアルフェオンの思考も麻痺していたのだ。


 「放してやれ。野に放てば生きて行ける。」

 「ああ、そうであった。でもここでは―――」


 呟くように漏らした声は悲嘆に暮れた色ではなく。希望を見出したかに瞳を輝かせたアスギルは現れた時同様、初めから何もなかったかに叩きつける雨の中から忽然と姿を消した。アスギルの肩に置かれていたアルフェオンの手は支えを失い重力に従い真っ直ぐ下に落ちる。


 残されたのは羽蜥蜴の死体が一つと、血に汚れてはいるが無傷の騎士たち。目の前の奇跡に誰もが声を失い、ただアスギルの消えた場所を無言で見詰めているだけだった。





 *****


 レオン一行が森に近い村に到着したのは夜も遅く、雷鳴を伴い雨が滝の様に流れる悪天候の中であった。村に身を移していた新米騎士より報告を受けたレオンらは、少数の隊を作り直し森へと向かう事にした。


 雷鳴轟く深夜の森、雨で視界も悪い。そんな中を森に向かうなど無謀極まりなかったが、羽蜥蜴が生息している可能性を知って仲間を見捨てるわけにはいかない。イオの顔がちらついたがそれよりも騎士としての任務や仲間の生存へかける望みの方が強かった。


 少ない精鋭と結界師を連れ森に入ったが、入って数拍もしないうちに雨の中に照る光を認める。魔法によってつくられた光はこちらに気付いて合図を送り、安堵と共に駆け寄れば見知った顔が皮肉気に笑っていた。


 「遅かったですね団長殿。」

 「グレン、皆も無事であったか。」


 レオンは一人一人の顔を確認すると、何事もない様に馬にまたがるアルフェオンの姿を最後に見つけ肩の力を抜いた。同時に彼らが手にする獲物を認め驚きに声を上げる。


 「羽蜥蜴を狩ったのか?!」


 羽蜥蜴から剥いだ鱗を手にするグレンに、レオンだけではなく従う騎士達も驚きの声を上げた。

 たったこれだけの人数で羽蜥蜴を相手に無事に帰って来れるなど不可能だ。狩れたとしても一人二人の命は失っていておかしくない。それがどうだ、誰も彼もが難無く馬に跨り、疲れは見えるが大きな怪我をしている風には―――かすり傷すら認められなかった。


 「首は俺とアルフェオンの半々ですよ。」


 極めて獰猛で危険だが絶対数の少ない羽蜥蜴は貴重な資源でもあった。硬い鱗は高価な鎧に、牙や爪は加工され剣に代わる。流石に肉は食べないが骨は磨かれ装飾品として高値で取引がなされる程だ。狩った魔物は狩り主の物、今回は捌かれ騎士団の備品や資金に代えられるが、とどめを刺した騎士には褒賞が出る決まりとなっている。


 「ああ、そうだな。アルフェオンがいても、流石にこれは―――」


 アルフェオンの実力はレオンが誰よりも承知しているが、彼に魔法は使えない。援護として必要な結界師の実力だけではまかないきれない魔物を相手にしているのだ。アルフェオンがいたとしても、皆が生きているのが奇跡だった。


 「正直危なかったですがとんでもない結界師が現れて、そのお陰です。」

 

 驚きを隠せないレオンにグレンが種を明かす。


 「結界師、何者だ?」

 「アルフェオンの知り合いみたいですが―――聞いてもだんまりなんでねぇ。」


 命を救ってくれた相手の名前くらいは知りたいもんだとグレンが後ろを振り返る。レオンもそちらへ目をやれば硬い表情のアルフェオンと目が合った。


 「まさか、アスギルか?」


 心当たりがあるとすれば彼以外にいない。レオンの問いにアルフェオンは馬を歩ませレオンの隣に寄せる。離れていると解らなかったが、近くで見ると顔色が酷く悪かった。


 「どうした?」

 「後で話す。」


 それだけで口を噤んだ様を訝しく思いながらも、仲間が無事に戻って来た事もあり深夜の森に留まる理由もない。休息を与えてやらねばとレオンは早々に戻ると皆に伝え森を出た。



 村に戻った一行は拠点とする村長の屋敷や空き家に散らばり身を休める。あらかたの報告をグレンから受けたレオンは濡れた衣服を着替えると、同様に身を整えたアルフェオンと二人で部屋に篭った。


 「二体の羽蜥蜴がアスギルに従っていたというのは事実なんだな?」


 グレンの報告で得た情報を再度アルフェオンに確認すると肯定が帰って来た。


 「それで消えたという羽蜥蜴は何処に?」

 「皆には消えた様に見えただろうが、実際には元の姿に戻されたんだ。」

 「元の姿?」

 「羽蜥蜴はヤモリから創造された魔物だったらしい。どうやったのかは知らないが、アスギルは羽蜥蜴の子供をヤモリに変え、安全な野に放つ為に私達の前から姿を消した。」


 ヤモリ? と、声なく呟いたレオンは盛大に眉を顰めていた。


 「ヤモリを羽蜥蜴に変えたのはアスギルだそうだ。」


 淡々と語るアルフェオンにレオンはついていけない。ちょっと待てと言葉を挟むと椅子から立ち上がり狭い室内をうろつく。


 「アスギルはお前たちを助けたんだよな?」

 「ああ。アスギルが来なければ私達は誰もが命を落としていただろう。グレン殿の報告通り、回復の魔法もアスギルの手によるものだ。」

 「そのアスギルが、ヤモリを羽蜥蜴に変えてお前達にけしかけたとでも言うのか?」


 レオンらしからぬ考えにアルフェオンはゆっくりと首を振った。


 「アスギルに訊ねたんだ、お前が闇の魔法使いなのかと。そうしたら頷いたよ。同様の質問に二度、彼はそうだと頷いた。」


 レオンは無意識に腰の剣に触れる。自分が存在する理由、授けられた剣の重みを確かめる様に触れ、黒く怪しい男の姿を脳裏に描いていた。


 「アスギルは涙ぐんでいたよ。水たまりで溺れるヤモリを掌で守りながら、虐げられた姿を思い出して涙ぐんでいた。それは酷く悲し気で、感情を偽っている風には到底見られなかった。」


 世界を崩壊に導いた闇の魔法使い。女子供、赤子に至るまで無慈悲に手をかけ、一国を一瞬で焼き尽くした非道な魔法使い。

 伝え聞く全ては崩壊への道標。イクサーン王家に生まれたからこそ、誰よりも真剣に学ばなければならなかった封印の意味。解かれた時真っ先に落ちるのはイクサーンの都だ。


 何が事実なのか、全てが事実なのか。

 アルフェオンは己の見た物をそのまま伝え、レオンは言葉を失い、過去と今に苦悶の表情を浮かべ口を開けなかった。


 






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