縁談
イオは次の休みを前にレオンの姿を捜していた。
モーリスの屋敷を訪問すると決めはしたが、やはり顔を出しづらいのには変わりがない。力の暴発は十分な訪問理由になるが、負の材料ではなんとなく敷居が高く、ご機嫌伺いの品…いわゆる付け届けを持参して少しでもご機嫌と取ろうという魂胆に出ようと考えたのだ。
けれどモーリスの好みなどイオにはさっぱりで、レオンなら何か知っているだろうと休憩時間にレオンを訪問してみる。忙しいのは解っているので騎士団長室辺りの様子をそれとなく窺っていると、ポンと肩を叩かれ飛び上がった。
「ひぃぃぃっ!」
「こそこそ何をされているのです?」
振り返ると見知った顔が無表情でイオを見下ろしていた。
「エ…エディウさん……」
「レオン様に何か?」
ふいに湧いた驚きに心臓を爆発させるイオと異なり、エディウは無表情無感動でイオを見下ろしている。前にもこんな事があったなと思いながら「あの…」と咳払いして口を開くと、レオンなら王太子の元を訪問していると尋ねるより先に答えが帰って来た。
事件後早々に兄弟関係の修復にかかってくれているようだ。それは良かったと胸を撫で下ろし、レオンがいないなら仕方がないと思いつつも、ここまで来たのだし念の為エディウに聞いてみる事にする。
「モーリスさんが贈られて喜ぶ様な物ってご存じありません?」
「物欲のない御方と見受けられますが、魔物の盗伐で遠征に出た際には野鼠の串焼きを好んで食していたと耳にした記憶があります。」
鼠…ピクリとイオは頬を引き攣らせ作り笑いを浮かべた。
魔物を追っての遠征となると携帯できる食料にも限りがある。実際イオ達もカーリィーンから森を抜けイクサーンに来る際には森で食料を調達していたが…鼠、か。
「―――そう言うのではなくてですねぇ。」
「解っていますよ、付け届けですね。先日の件で教えを乞われるのでしょう?」
しらっと告げられ本気にしてしまったイオは更に頬を引き攣らせた。
「エディウさんから冗談が飛び出すなんて思いもしませんでした。」
「勿論冗談ではなく事実です。」
灰色の瞳が真面目にイオを見下ろしている。どうやらこれ以上の情報は得られないようだ。あきらめて他をあたるかと礼を述べようとすると、貴族らしき中年の男がエディウに声をかけて来た。
「エディウ殿、捜しましたぞ。これが先日話した娘の肖像画と覚書です。」
突然現れた男がイオを押しのけエディウに向かって差し出されたそれは、真新しい革の表紙に覆われている。さほど分厚くはないが荷物になりそうだと思いながらも、それはイオに関係ないので黙って見守っていた。
見た目で判断したのか、男はエディウとイオの間に割り込んで来たというのにイオをまる無視だ。身分のない小娘など貴族にとっては視界にも入らないらしいが、そんなものだと解っているイオは別に気にも留めなかった。
「本人にその気がないのに私に渡されましても困ります。」
「面識のない人間からの申し出に驚かれただけですよ。エディウ殿からであれば受け取っていただけるに違いありません。」
エディウは差し出されたそれを一瞥しただけで受け取りはしない。けれど男は満面の作り笑いで強引にエディウに押し付けると、「宜しく頼みますよ」と逃げる様に去っていった。
エディウの眉間に僅かな皺が刻まれる。どうやら困っている様子だ。
「もしかしてお見合いですか?」
「そうですね。」
エディウは渡されたそれを邪魔な荷物の様に鼻を鳴らして脇に抱える。
「レオン様に?」
確かレオンは慣例に習って結婚しないのだと先日王太子から聞いたばかりだったが、慣例は慣例であって決まり事ではないのだろう。時に長く続く習慣を壊すことだって必要なのかもしれない。王太子の心配も一つ減るのかなと軽く考えていると、エディウが脇に抱えていたそれをイオに差し出し、イオは反射的にそれを素直に受け取ってしまった。
「アルフェオン殿にです。」
「えっ、アルにっ?!」
「ライズ男爵からだと渡して下さいますか?」
「ええっ?!」
思わぬ答えに驚くイオに、この手の誘いは結構多いのだとエディウが教えてくれた。
「アルフェオン殿はレオン様の同期として歴史深い軍事国家ウィラーンに渡たり、多大な功績を残されたとこちらでも名は知れておりますから。その御方が亡命し、レオン様の後見を受けイクサーンに腰を据えた。こちらでは何の身分もないアルフェオン殿ですが、レオン様の信頼は厚い。没落しかけの貴族たちには娘婿として喉から手が出るほど欲しい存在です。しかも何の身分もないアルフェオン殿がイクサーンの貴族と婚姻関係を結べば相応しい身分を得られる。そうなれば騎士としての称号も手に入り、私としてはレオン様の御為にも良いとは思っているのですが。」
アルフェオンがイクサーンの貴族と婚姻関係を結び婿養子に入れば貴族位が手に入る。そうすればイクサーンに仕える貴族の一人として騎士の位を得、今の様な役不足の仕事ではなく、アルフェオンの実力に見合った地位と権力を授けるのには都合が良かった。そうなればレオンの良き理解者としてだけではなく、上の立場に立ち思う存分実力を発揮してくれるのは間違いないだろう。
婿養子にと望む貴族もレオンの友人でもあるアルフェオンにそれを望み、家の繁栄を重ねているのだ。だからこそ没落寸前の貴族ほどアルフェオンに接近し、首を横に振られエディウを通して何とかならないかと策を練っているのである。
「でもっ、アルにはその気はないんですよね?」
「声をかけて来る人間の魂胆など丸見えです。アルフェオン殿はそんな話に乗られる様な御方ではありません。」
ほっとしたイオだったが、ふいに自分達がイクサーンに亡命してきた事実を思い出した。
イオとイグジュアートは魔法使いとして受け入れられる。イグジュアートは魔法を封印されたままで騎士を目指すと決めたが、それでも封印を解けば魔法が使えるのは事実だ。けれどアルフェオンはカーリィーン国王に忠誠を誓った騎士で、国を捨てたアルフェオンが異国の王に忠誠を誓い再び騎士の位につくのは叶わない。
アルフェオンは何もかもわかっていながらイクサーンに来たのだ、後悔はしていない筈。何よりもイグジュアートの命を救えた事実がアルフェオンの信念でもあるだろう。それでも目の前にその機会が巡ってきたら掴み取ってみたくはならないのか。イグジュアートとイオへの責任という重みでそれを否定しているのではないのだろうかと、イオの胸に不安が押し寄せる。
「深く考えずに、決めるのはアルフェオン殿です。まぁ受ける気はないでしょうが念の為渡してみて下さい。」
「解りました……」
頼まれたのはエディウの筈なのに何でと、イオは重い気持ちになりながらも仕方なく頷く。
「それからモーリス殿ですが、付け届けなど不要です。あのお方は気難しくはありますが偏屈ではありませんし、一度請け負った仕事はきっちりやり遂げられてこられています。あなたの来訪も快く受け入れられるでしょう。」
そうでしょうかと、エディウ曰く偏屈ではないと言われる魔法使いを思い浮かべる。気難しいは当て嵌まるな、どう機嫌を取っていいのか解らない。
モーリスの事もだがエディウに相談してしまったせいで更なる問題を抱えてしまったと、イオはエディウを見送った後に盛大な溜息を落とし、何気に受け取ってしまった肖像画と覚書を挟んだ革の表紙を眺めた。
ライズ男爵といったか。きっと表紙の向こうにはアルフェオンの隣に並ぶにふさわしいお嬢様の姿が描かれているに違いない。興味本位に中を覗いて落ち込むのは解りきっているのでイオは興味を押し殺した。
「これを、わたしが渡すの?」
気が重かった。見えない所でやり取りしてくれても良かったのではないかとエディウを恨むが、もしかしたらイオに現状を知らしめるためにわざとした事かも知れない。
エディウ個人の考えとしては、アルフェオンに身分を持ってもらいレオンの役に立って欲しいといった感じだった。レオンもそれを望んでいるのだろうか。そしてアルフェオンも。
アルフェオンはライズ男爵のように裏があって声をかけて来る輩の申し出は受けていないらしい。ライズ男爵もアルフェオンに直談判して断られているようだし、この覚書はきっと役には立たないだろう。けれどこれきりという事にはならないのは決まっている。それに友人であり世話にもなっているレオン直々の紹介であったらきっとアルフェオンは―――
そこまで考えてイオは大きく頭を振った。嫌な考えで支配されると心が沈むだけだ。エディウの言う様に決めるのはアルフェオン、それに対してイオは異議を唱える立場にない。
それでも暗く落ち込む心は止められなかった。努めて明るく、気にせずに。そう思いながらもイオは真新しい革の表紙を穴が開くのではないかという程じっと見つめ続けていた。




