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心の鎖  作者: momo
四章 イクサーンの春
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下手な嘘



 まるで取り逃がさないとでもいうかに腰に手を添えられレオンの側を歩かされる。些か早足のレオンを見上げれば硬い表情で押し黙ったままだ。


 怒っているのかと感じると同時に、先程の女官が夕方から待っていたと口にしたのを思い出しはっとした。


 いったい今何時だ?

 少なくとも宵のうちではなく深夜だ。いったい何時間待たされたんだ、忙しい身で流石に怒りたくもなるだろう。


 「ご迷惑をおかけしました。」


 立ち止って頭を下げるとレオンは額に手を当て大きく息を吐きだした。呆れているのではなくほっとした表情をのぞかせるレオンに、怒っている訳ではなさそうだと気付いて更に申し訳ない気持ちになる。


 「それはこちらの台詞だ。」

 「レオン様が謝られる様な事じゃ…王太子様に興味を惹かせたわたしに問題があるんです。」


 何しろ女が足を曝して木登りだ。王太子でなくても観察したくなるだろう。


 「その様子だと、何もなかったとみていいな?」


 一番知りたかったであろう問題を強張った声で問われる。何しろファウルはわざと意味有り気に口にしたのだ。それでもイオの様子からそうではないと気付いてくれてほっとし、しっかりと頷き肯定した。


 「勿論です。王太子様は勘違いさせるような物言いをされてましたが、本当にご心配いただく様な事は何にもありませんから。」


 あえて明るく振舞うとどういう訳か痛々しい表情をされた。


 「本当ですよ?」

 「まぁ、そうだな。……アルフェオン達が待っている、急ごうか。」


 少しばかり訝しんでいる様子だが、しつこく連呼してもしらじらしい気がして素直に従った。何せアルフェオンとイグジュアートが待っているというのだ。昼間は忙しかっただろうにこんな時間まで迷惑をかけてしまい申し訳ないと思っていると―――

 

 「本当に申し訳なかった。」


 と、レオンの方が気落ちした声で詫びた。


 申し訳ない―――ああ成程と、再度歩き出したばかりのイオがふいに立ち止まり、釣られてレオンも歩みを止めた。

 

 「レオン様は王太子様の興味が何処にあるのか解ってらっしゃるんですね。」

 

 イオの言葉に瞳を瞬かせたレオンだったが、ふぅと息を吐いて小さく頷いた。


 「必要なけじめだ。世継ぎの問題は国を傾かせもするからな。」

 「そうかもしれませんけど、とても愛されていらっしゃるようでした。」


 愛される? と意外そうな顔をしたレオンにイオは深く頷く。


 「自分が背負うべき役目をレオン様に背負わせてしまったって。諸々の理由でそうなってしまったのは仕方がないにしても、レオン様を支えたいという王太子様の思いはとても強く伝わってきました。」


 結局の所はそうなのだろう。だからイオに興味を持った。情婦になれととんでもない提案をされたがそれもレオンを想っての言葉に違いはない。


 「その様な話を王太子がされたのか?」

 「他に誰がいるっていうんです?」

 「王太子は人をからかうのがお好きな方だ。私も子供の頃はよく泣かされ、成人してからも理解できない行動に振りまわされている。」

 「わたしには兄弟がいないから解りませんけど、それが王太子様の愛情表現なのではないですか?」

 

 からかうのが好きというのは成程、確かにそのようだ。病弱だった幼少期にはそうやって周囲を振りまわしていた姿が知りもしないのに目に浮かぶ。


 「お茶に誘って下さるというのもレオン様と顔を合わせたいからですよ。」


 レオンに連れて来て貰えという言葉も置き換えればレオンに会いたいからなのだろう。からかうのも理解に苦しむ行動をとるのも行きつく先は弟に対する愛情ではないのだろうか。そしてレオンもそれを理解している筈だとイオはファウルと同じ碧い瞳を見上げた。


 「レオン様に構って欲しくてわたしを利用したんです。」

 「そうかな―――」


 レオンは返事をしながら廊下を振り返る。解ってはいても今は難しい問題なのだ。それにイオを連れて行ったのは初めはレオンに対する嫌がらせが原因だったのかもしれない。けれどイオを前にファウルが並みならぬ興味を抱いたのをこの娘は解っているのだろうか。いないのだろうなというのは淡い紫の瞳を見れば一目瞭然なのだが。


 寝室奥に構えられたファウルのアトリエに招かれた人間がいるのをレオンは今日初めて知ったのだ。着替えを抱えたイオがその部屋に消えた後に交わした会話をレオンは脳裏で繰り返した。


 『彼女の肌を曝したのですか?』

 『あの娘、魔力を纏うと魅力が増すな。髪も瞳も肌も、息を忘れるほど引き込まれそうになる。まるで別人のようだ。』


 イオの溢れる魔力に酔い、惹かれた経験のあるレオンはファウルの言葉に息を飲んだ。情けない事にレオンはその引き込まれた状態のまま未だに開放されていない。目を細め意味有り気に微笑んだファウルはイオの魅力に惑わされずに持ち堪えたのだろう。


 宝剣を預かる者がなんたる不覚と叱咤された気分だった。切っ掛けはそうかもしれないがそうじゃないと反論する心の声を押さえつけるレオンをファウルは楽しそうに眺めていて。それ以上イオの身に起きた事実を追及する事が出来なくなってしまったのだ。


 「レオン様?」


 イオの呼び掛けにはっと我に返ると、聞いているのかという表情で見上げられていた。

 

 「構って欲しい年齢でもないだろう。」


 ふっと笑って歩みを再開したレオンにイオは「まぁそうかもしれませんけど、それでも」と納得しながらも異議を唱え慌ててついて行く。


 「想像してみて下さい。今まで仲良くしていた人が身分を理由に一線を引いて心を閉ざしてしまったらって。悲しくないですか? わたしは逆の立場だけど王太子様を拝見してやっとわかりました。わたしもアルやイグに対して何処かで線引きしてるんじゃないかって。家族として一緒にいても二人とは生まれが違うって気持ちが完全には消えないんです。こういうのって望んでない側は強く感じ取ってしまうんだって解ると、これまで嫌な思いをさせていたんだろうなって反省しまっ―――!」


 イオは突然立ち止り振り返ったレオンの胸に激突した。胸に飛び込んだイオの肩にレオンの腕が伸ばされ強く力を込められる。眉を顰めると近い距離で覗き込まれた。


 「そんな風に想われるアルフェオンとイグジュアートが羨ましい。」

 「羨ましいって―――レオン様の事ですよ!」

 「―――それは、そうだが……」


 そうだ、自分の事を言われていたのだと、レオンはふいに湧き上がった嫉妬に蓋をする。何をやっているんだと溜息を落とし、必要以上に力を込めてしまった手を離した。


  あかりは灯されているが薄暗い廊下を進むといつの間にか王太子の住まう宮から出たらしい。「イオ!」と呼ぶ声に引かれてイオは半歩前を行くレオンを追い越し駆けた。


 「ごめんイグ、約束してたのに破ってしまって。捜してくれたでしょ、本当にごめんね!」

 「イオのせいじゃない。それより戻ってきてくれてよかった!」


 成長はしたが騎士を目指すにはまだまだ線の細いイグジュアートが縋る様にイオを抱き締める。力が強すぎて「うっ…」と声を漏らすと詫びとともに解放してくれた。

 心配して迎えに出てくれていたアルフェオンとイグジュアートに、レオンが夕方から待たされたのだとしたら二人にはいったいどれだけ心配をかけただろうと本当に申し訳なくて、イオは何度もオウムの様に詫びを繰り返した。


 「悪いのはイオじゃない、勝手に攫った王太子だ!」

 「そんな悪人の様に言うもんじゃないわ。」

 

 相手は権力者、逆らえないとはいえ捉えて幽閉された訳でもない。仮にもファウルは世話になっている国の王太子、イグジュアートがイクサーンの王太子に偏見を持っては困ると言い繕おうとイオが声を上げるより先にイグジュアートが「あっ!」と声を上げた。


 「何この服、イオこんな服持ってなかったよね? イオが着てた祭りのドレスは王太子の使いが返却して来たし―――」


 薄暗い中でもイグジュアートの顔色が一瞬でさっと青くなるのがイオにも解った。

 

 「王太子の奴め権力を笠に嫌がるイオを無理矢理―――!」

 「違うから、絶対違うから変な勘違いしないで堂々と不敬を叫ばないでっ!」


 産まれのせいか若さゆえの怖いもの知らずか、イオは誰かに聞かれたらただじゃ済まない暴言を吐くイグジュアートの口を両手で押さえつけるが、イグジュアートはそれを容易く引き剥がした。


 「不敬が何だよ、嫌がる女を力で押さえつけるなんて人間として最低だ!」

 「うんそうだね、イグがまっとうに育ってくれてわたしは本当に嬉しいよ。でもこれは違うから。事故で着替えが必要になって王太子様が貸して下さっただけだから!」

 「でもっ!」

 「イグ、そこまでだ。」


 それまで黙っていたアルフェオンが声を荒げるイグジュアートを止めた。


 「イグはここが何処だかよく考えるべきだ。誰の耳があるやもしれぬ場で潔白の女性にとって不利な発言を繰り返し訴えていると実感すべきだよ。」


 最もな意見にイグジュアートははっとすると、子供っぽく騒ぎ立てた己を恥じて押し黙る。イグジュアートの素直な反応に一つ頷いたアルフェオンは、そのまま視線をイオに向けて優しく目を細めた。


 「無事で良かった。」

 「心配かけてごめんなさい。」


 アルフェオンの事だ、あの場所にイオを一人残した事を後悔しているだろう。アルフェオンのせいでないと誰もがわかっていても彼は責任を感じる人だ。


 「よし、一先ず戻って話を聞こうか。」


 廊下に立ち止まってする話でもない。

 レオンの声にイオは頷き、伸ばされたイグジュアートに手を取られほっと肩の力を抜く。そんなイオにイグジュアートの神がかり的に整った美貌で微笑まれ、胸の内が温かくなった。







 騎士団長であるレオンの執務室に戻ると、イオは事の顛末を手短に話して聞かせる。


 風に舞ったハンカチが木の枝に引っかかり、取ろうとして木に登ったところを王太子に目撃され驚いて木から落ちた。落ちて怪我をした所を助けて貰い、そのまま王太子の話し相手として引き止められこんな時間に―――


 「高貴な方の周りには木に登る女なんていないでしょうから興味を抱かれてしまった様です。お招き頂いたのはレオン様が後見して下さっているというのもあってでしょうけど。」


 そうでなければ身元の知れない怪しい女が王太子の部屋に入れるわけがない。怪我の手当てをして貰ったし、食事の面倒も見て貰った。王太子の居室に入り込みたいなんて微塵も望んでいない、望むどころか全力で拒否したいくらいだが、それでも庶民のイオには夢の様な経験に値するのだろう。望んでいないとしても、だ。


 王太子への非礼もあるし、助けて貰った恩もある。イグジュアートが王太子に抱く印象も良くしておくべきだろうと言葉を選びながら事の顛末を説明した。


 「王太子様は本当にレオン様の事をご心配しているようでしたよ。」


 夜も遅いというのにエディウが淹れてくれたお茶を手に持った状態で様子を窺えば、前に座るレオンは目を伏せイオから視線を反らした。


 「申し訳ない。二度とないようご機嫌伺いの時間を調節しよう。」

 

 ご機嫌伺いなんて他人行儀な。食事を一緒に取ったりとか王族なのだから優雅にお茶でもしてはと考えるが、騎士団長であるレオンにそんな時間はないのかもしれないし、『もと王子』と『王太子』を隔てる身分の事もあるのだろうと、部外者たるイオはそれ以上口を挟むのを止めた。


 「なんで団長の兄弟関係にイオが巻き込まれなきゃならないんですか。」


 立ったままむっつりと顔を顰めたイグジュアートはそれでも美しい顔に変わりはない。カーリィーンの王と魔法使いとの間に出来た子、それも魔法使いであるが故に秘され育てられはしたが、万一の為にと世継ぎに相応しい教育は施されて来た筈である。どちらかといえばイオ寄りではなくレオンの立場を理解できる筈だろうに、それでもイオを思って苦情を漏らしてくれる姿が嬉しく感じられた。


 「害虫って思われたみたいよ。お屋敷に住まわせて頂いているのが良くなかったんでしょうね。」

 「だよなぁ。三人で住んでても団長が囲ってるって噂だってあるし。」

 「えっ、そんな噂があるの?!」


 驚いた拍子に茶器からお茶が零れ、エディウが黙って布巾を貸してくれた。


 「生活の基盤も出来たし、屋敷を出てもやっていけるんじゃないか?」


 王太子に目を付けられるくらいなら屋敷を出た方がいいとイグジュアートがアルフェオンに話を振ると、アルフェオンが答える前にレオンが声を上げた。


 「ちょっとまて、それは駄目だ。」

 「どうしてです?」

 「君たちの後見は私だ。それにイグジュアート、君は立場も弁えて欲しい。」

 「反乱なんて起こしませんよ。」

 「解っているがそれでもだ。」


 レオンの保護下にあっても襲われた過去がある。カーリィーン国王の落とし種であり不義の子として処分されようとした身である事や、存在が公になればカーリィーンに住まう魔法使いにとってはイグジュアートを持ち出し王位にと反乱を起こされるやもしれない。闇の魔法使いに繋がるイオや複雑な生まれであるイグジュアートを見張り守るには王位継承権を放棄したレオンの手元がどこよりも都合が良かった。


 「了解しました。けど…イオはどうして服が違うの?」


 やっぱり何かされたよねと、座ったイオを心配そうに見下ろすイグジュアートに、イオはぶんぶんと首を横に振って否定した。


 「王太子様の前に出されるんだもの、身綺麗にする必要があったんじゃないの?!」

 

 ね、レオン様と同意を求め横目で強く訴えると、イグジュアートが怒った笑顔で歩み寄りイオの顔を両手で包んで固定した。


 「イオは嘘が下手だ。何を隠そうとしてるの?」

 「己の恥をですっ!」


 見目秀麗な女神の怒気は隠し事を許してはくれず、あっさり陥落させられる。


 「レオン様の愛人になれみたいなことを言われたのよ。」

 「それでなんで服を脱ぐんだよっ!」

 「脱いでないわよっ。拒否するならイグとアルを傷付けるってにおわされて頭にきた瞬間―――その…魔力が暴発して、服が木っ端微塵に。」

 

 醜態を思い出し恥ずかしさで頬が染まり語尾が沈む。詰め寄ったイグジュアートがイオの頭から足の先までをじっくりと眺めてから視線を合わせた。


 「木っ端微塵って、裸?」

 「いいのっ、王太子様の衣服を木っ端微塵にして裸にむかなかった自分を褒め湛えるからっ!」

 

 衣服が木っ端微塵になったのがイオではなく王太子であったなら、今頃イオはただでは済むまい。

 

 「ごめんイオ。アルの言う通り俺って心配りが足りないみたいだ。」


 魔力が暴発して異性の前で裸になったなんて口にしたくなかったよね、ごめんねとイグジュアートは繰り返しながら横目でレオンを睨み付ける。


 「だからってどうして、王太子がイオを団長の愛人になんて言い出すんでしょうね?」

 「本当に申し訳ない。殿下には明朝面会を申し入れ、よくよく話しておく事にするよ。」

 「頼みますよ。俺、絶対イオは渡しませんから。」 

 

 敵意むき出しのイグジュアートに頭を抱え疲れた溜息を吐くレオン。恥ずかしそうに真っ赤になって俯くイオ。その中にあって冷静に周囲を観察するエディウとアルフェオンの視線が一度合い、そしてずらされた。








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