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心の鎖  作者: momo
四章 イクサーンの春
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葛藤



 イオと別れたアルフェオンは、解放された城にやって来る人物の中に怪しい者がいないか目を光らせていた。アルフェオンという人物を良く知る者ならそれがいかに役不足であるかを理解するだろう。


 イクサーンでは騎士の称号が得られないとはいえ、カーリィーンでは次期公爵として育ち王の覚えもめでたく、大陸一の歴史を誇り大変な軍事国家でもあるウィラーンへの留学経験もある。勿論勉学ではなく魔物の群れに飛び込み剣一つで生還するという修行が一番の目的で、各国から送りだされる精鋭は一人か多くても二人。それでも命を落とす人間が必ず出る過酷なものだった。


 そんな世界を生き抜いて来たアルフェオンだから当然剣の腕はそこいらの精鋭の比ではない。力の面だけではなく頭脳面にも優れ、周囲に気を使い常に冷静で適切な判断を下せる。それでも異国の王に仕えた公爵家の嫡男としての事実があるせいでイクサーンの騎士にはなれないのだ。


 アルフェオンにとってはまるで散歩でもするかのように退屈過ぎる任務であったが、それでも驕る事無く誠実に仕事に励んでいた。


 それに本来与えられている新米騎士の教育係という仕事は性に合っていた。常に思い悩み意に沿わぬ行動に身を落としていた日々を想えば、ここでの生活はなんと穏やかな事だろう。このままイグジュアートの成長を見守り、イオを含めた三人での生活を続けて行くのをアルフェオン自身が深く願っている。けれどふと、寂しさと孤独に胸が苛まれる時があるのだ。


 きっといつか、近い将来かもしれない。イグジュアートが成長し手を離れ、それに合わせてイオもアルフェオンのもとを去っていってしまうかもしれないと考える。その時の自分がどうなるのか。地位や名誉、そして国を捨てた今のアルフェオンにとっての生きる意味は、家族として過ごすイグジュアートとイオの二人だけだった。あの二人がアルフェオンの前を去った時、自分はどうなるのだろうと考えると孤独に襲われるのだ。


 切っ掛けはイオが起こした事故ともいえない日常の風景だった。

 レオンの持つ剣に触れてしまったと恐縮していたイオ。レオンの動揺からもイオの言葉が真実であったと窺い知れる。イクサーン王家の血は徹底的に管理されていた筈だが長い歴史の中では取り落とす事もあるだろう。その証拠がイオ、彼女だったにすぎない。


 彼女の為だと素知らぬ振りをしながら本当は誰よりも自分の為なのだと気付いた。二人が去った後に残るものはいったい何なのだろうと。生きてイグジュアートを守り抜くのは勿論だが、イグジュアートは何時までも守られているだけの子供ではない。不運な境遇を乗り越え誰よりも真っ先にイクサーンでの生活に馴染んで行くイグジュアートの成長はアルフェオンも願う喜ばしい物だった。


 けれどイオは?

 道連れにしてしまったと責任を感じていたのは事実だ。けれど今はどうなのだろう。その責任に縋り手の内に留め置こうとしていないだろうか。イオが望む望まないは別として、姑息な自身の思惑に戸惑いながらも失う孤独感に心を震わす。


 『責任を感じないで―――』

 

 イオの気使いに己の腹黒さを痛感させられた。責任を感じる事で側にいる権利を得ている自分に嫌気がさしても改められない。背を預けてくれたイオの温もりが失われるのを誰よりも恐れているのはアルフェオンだというのに、それに気付きもしないでただひたすら感謝し信じてくれるイオに向ける顔がなかった。


 いっそ事実を告白してしまおうか。責任などではなく縋っているんだと泣きつけば、イオの性格からすると絶対に離れて行きはしないだろう。


 しかしながらアルフェオンは言葉を詰まらせ口には出来なかった。

 縛り付けてどうするのだとの葛藤が生まれる。愛の告白ではない、寂しいから、孤独だから離れないで欲しいという同郷者の勝手な願いだ。イオに対して愛情をもってはいたが孤独が先行し、一人の女性として一生守り愛し抜きたいという感情とも少しばかり違っているように思えた。

 

 アルフェオンにもイクサーンで地位と名誉を得る方法はある。けれどその方法を使ってまで騎士に戻り仕官したいというのではないのだ。いうなれば二人に対する独占欲。いずれ必ず一人立ちするイグジュアートの代わりにと言う訳ではないが、イグジュアートと別の意味でイオを失うのが怖かった。支え合いたいというのは己の弱さが招く身勝手な欲望に過ぎない。


 

 時折話しかけ白い花を差し出す娘たちを傷付けないようやんわりと断りを述べる。イオから手に入れた花を見ても怯まない娘らは陽気で明るい。けれどその明るさをイオだって持っていた。出会った当初とは異なり、常に命の危険に脅え生きて来た二十年間を微塵も垣間見せない程、近頃のイオは生気に満ち溢れている。


 髪に挿した花を抜いたのもアルフェオンの勝手な欲望からだ。こうしておけば誰かに持って行かれはしない子供じみた独占欲。馬鹿な事をしていると花弁に触れ自虐的笑みを浮かべながら、視界の隅にイグジュアートの姿を捕らえた。


 イグジュアートの方もアルフェオンに目を止めるとこちらへ走り寄って来る。何故イオがいないと眉を顰めれば同じような問いかけをされた。


 「イオ見なかった?」

 「いないのか?」

 「約束してたのに見当たらないんだ。」


 普段なら王が寄こした近衛が見張りとしてイオを監視しているのだが、城の中にいる時にその姿を確認した事はない。万一にも命にかかわる何かがあれば土壇場でアスギルを呼ぶだろうし、イクサーン国内においてイオの命を脅かす存在は無い筈である。安全な筈だが、それでも前例がない訳ではないので心配だ。


 「寝過したのかと屋敷に戻ってみたんだけどすれ違いもしないし、何処行ったんだろう……」


 庭園で別れてからかなりの時間が流れている。イグジュアートと合流していないとなるとあの場所で何かがあったのではないかと慌てて戻ってみるが、イオどころか人気がまるでない。入口の警備も変わっており、女性は出て来なかったというので前任者を探しあて訊ねてみれば、イオがアルフェオンと入口を潜ったのは覚えていたが出て来たのは目にしなかったと証言した。


 庭園は騎士団長であるレオンが仕事をさぼるのに利用していた場所だ。エデュウの目を盗んでよく昼寝をしており、そのお陰でアルフェオンもこの場所を知った。レオンに出くわしたのであれば伴われ、本来なら入れない城の奥に連れて行かれた可能性も考えられなくはないが、イオが何の連絡もなしにイグジュアートとの約束を反故にするのは有り得ない。

 

 イオの身に何かが起きたのは間違いなかった。危険な場所ではないとイオを一人にしてしまった己が憎らしいが、自責の念にかられるよりイオを探す方が先決だ。


 二手に分かれて捜そうとした時、視線の先にイオが親しくしている娘の姿が映った。アルフェオンは挨拶程度しか面識はないが明朗快活な娘であるのを記憶している。その娘が何やら難しい顔をして首を捻りながら歩いており、アルフェオンの視線に気付いたイグジュアートも娘を認めた。


 「サリィ!」


 娘の名を呼び走り寄って行くイグジュアートにアルフェオンも続く。呼び止められた娘はイグジュアートに気付くと視線を泳がせ、次に恥ずかしそうに頬を染めた。


 「イグ君、どうしたの?」


 さほど変わらない背丈のイグジュアートを少し俯いて上目遣いで見上げる。そんなサリィはイオが着ていたのと同じ白いドレスを身に纏い、髪には同じ白い花が飾られていた。そして胸に抱くように握り締めているのは同様に白いドレスだ。

 

 「イオを見なかった?」

 「え、イオなら―――え?」


 問われたサリィは頬を染めたままアルフェオンに視線を移し、彼の胸に咲いた白い花を見た後で胸に押し付ける様にして持つ白いドレスに視線を落として瞳を瞬かせる。


 「何か知らないかい? 昼過ぎまでは私といたのだけど、その後がわからないんだ。」

 

 アルフェオンもサリィがじっと見つめるドレスに視線を落とした。ドレスを気にして何やら考え込むサリィの様子に嫌な予感しか湧いて来ない。


 「俺と約束してたのにすっぽかすなんて有り得ないよ!」


 絶対に何かあったと焦るイグジュアートを前に、頬を染めていたサリィはアルフェオンを見上げて青くなっていた。


 「イオは明日まで休暇を取るからって女官からドレスを預かったの。てっきりアル様と一晩過ごすんだって思い込んでいたけど違うのね?!」

 「何でイオのドレスを女官が持って来るんだよ!」

 「わたしだって知らないわよ。アル様はレオン様とお親しいから女官に使いを頼む事もあるのかなって思ったけど……って、あれ? じゃあ相手はレオン様?」


 女官は貴族の娘が王宮に上がって得る役職だ。仕えるのは主に王族だが、アルフェオンがレオンと親しいのをサリィも良く知っているので頼んだのだとばかり思っていた。ただあのイオにこんな急展開と疑問に感じてはいたのだ。


 「ありがとうサリィ、助かったよ。」


 アルフェオンは礼を述べるとまさかという思いで騎士団長室へと向かった。当然イグジュアートも後をついて来る。「なんで騎士団長なんかと」と文句を言いながらだが、アルフェオンはイグジュアートとは別の問題を危惧しながら先を急いだ。

 レオンである筈がない。しかしこうなったらレオンであってくれた方が何倍も良いと期待しながら。


 


 *****


 騎士団団長室ではレオンがエデュウに監視されながら書類仕事に励んでいた。もともと体を動かす方が性に合っているせいで、真面目に仕事はこなすのだが剣を握る方を優先し書類仕事は後回しだ。日頃の遅れを取り戻すかのように春風祭という祭りにかかわらず朝から団長室に缶詰め状態。そこへやって来たアルフェオンとイグジュアートの姿はレオンにとってまさに神の様な存在だったのだが、そう思えたのも一瞬の間だけだ。


 「女官がイオのドレスを?」

 「団長が係わっているんじゃないんですか?!」


 イグジュアートは騎士を志してよりレオンを騎士団長と肩書で呼ぶようになっていたが、新米騎士が王族出身の騎士団長に詰め寄る様は少しも敬ってはいない。公の場なら不味いがイグジュアートの事情を知る者しかいない団長室では誰も文句を言う者は存在しなかった。


 「私は朝からここに缶詰で垣間見てすらいないが、女官が……エデュウ、何か情報が入っているか?」

 「私のもとには何も届いておりませんが。陛下でしょうか?」


 首を捻るエデュウにレオンは首を振った。


 「陛下―――いや、陛下ならばイオの意見を尊重する筈だ。彼女が約束しているというならイグジュアートに知らせをやるだろう。」

 

 国王のハイベルは闇の魔法使いの件があるが故にイオを粗末に扱いはしない。一瞬レオンの脳裏に宝剣とイオの関係が浮かんだが、あの一瞬を知るのはレオン一人。いや、何も言ってはこないが恐らくアルフェオンには話してしまっているだろう。しかしレオンにすら疑問をぶつけて来ない所からするとアルフェオンがそれを他に漏らすとは考えにくいのでハイベルの耳には届いていない筈だ。


 そうなると相手は―――

 

 「王太子殿下ではないのだろうか。」


 レオンが言葉にする前にアルフェオンがその名を口にした。あまり表情に表れないが茶色の瞳が不安に揺れているのをレオンは捉える。


 「接点はないが有り得ない話じゃないな。」


 接点がなくとも有り得ない話ではない。この場合はレオン個人の問題につながり、イオは全くの被害者という事になってしまうのだろうが。


 これで書類仕事を投げ出せるとは喜べず、心配するアルフェオンとイグジュアートを前にレオンは大きな溜息を吐きながら椅子に背を預け腕を組んだ。


 「悪いがエデュウ、探りを入れてくれ。もしそうなら理由は言わずに至急面会を申し入れろ。」 


 それでもこの時のレオンにはまだ心に余裕があった。イオを連れて行ったのが国王よりも王太子である方が不安要素が少ないからだ。しかし戻って来たエデュウからは予想と反した答えが返って来たのである。


 レオンが王太子に対し至急の面会を申し出たのは過去に幾度もない。至急となれば大抵が了解を得るものだがそれが拒絶されたのだ。

 宝剣を手にし王族を退いた日よりレオンは忠誠を示す為に兄であるファウルには臣下としての礼を尽くして来た。それもこれも次代の王はファウルで間違いないと周囲に知らしめるためでもある。病弱で子のいないファウルよりもレオンを王位にと望む声がなかった訳ではないのだ。それを払拭する意味合いも込め臣下として接すれば接する程、ファウルはレオンに兄として接していた。近頃ではすっかり顔を合わせる機会がないと愚痴を零される程で、だからこそ面会を断られるとは予想していなかったのだ。


 「直接出向こう。」


 いったいファウルはイオに何をしているのだと立ち上がったレオンにエデュウは首を横に振った。


 「今は難しいかと。」

 「何故だ?」


 訝しげに眉を顰めたのはレオンだけではない。イグジュアートなど不安げにレオンとエデュウを交互に見つめていた。


 「娘を風呂に入れ磨き上げた後は寝室に篭りきりで人払いをされておいでだと。庶民の娘を相手にするくらいならいくらでも自分が相手をするのにと女官らが愚痴っておりました。」


 エデュウの報告にレオンは蒼白になる。アルフェオンは走りだしたイグジュアートの腕を取って引き止め無表情だったが、反対の手は強く握り締められていた。


 「無体はなさらない筈だ―――。」


 仮にも王太子。いや、そうでなくとも嫌がる娘を無理矢理手込めにするような兄ではけしてない。レオンは己に言い聞かせながら、エデュウの情報が間違いであることを祈りつつ一人団長室を出ると足早に王太子の宮を目指した。


   





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