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心の鎖  作者: momo
四章 イクサーンの春
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春の庭で



 小高い丘の上に聳えるイクサーンの王城は広大な敷地を有している。城だけではなく騎士団の訓練場や宿舎までが場所を違えず丘の上にあるのだ。正面から見るとそれ程ではないが、背後の森に向かってはかなりの広さがあった。

 同じ敷地といっても多くの人の出入りがある城は区画ごとに区切られ、イオの様な下働きが入れない様に管理されている地区が至る所に存在している。アルフェオンはその一つ、騎士団が管理する奥まった領域へとイオを案内した。


 壁に囲われたそこは扉のない小さな入口を兵士が守っている。その兵が真っ先に目を向けたのはアルフェオンが纏う騎士の制服。そしてアルフェオンの顔を確認した後でイオの白いドレスを厳しい視線で見た後に目元を緩めると無言で道を開けてくれた。

 どうやら貸し出されたドレスは城勤めの身分を保障するものにもなるらしい。


 頭に気をつけながら入口を潜るとそこは緑あふれる庭園だった。と言っても王侯貴族が観賞するためにととのえられたものではなく、数種類の果実を結ぶ木々が芝生の庭に立ち並ぶ…一種の果樹園の様な場所で、木製の長椅子が幾つか置かれているけれど人の気配がまったくない場所だった。

 

 立ち並ぶ木々は白や薄桃色の小さな花を咲かせている。秋には実りを結ぶのだろうと見上げながら歩くと、立ち止ったアルフェオンが長椅子の一つにハンカチを広げイオを導いた。


 「こちらへどうぞ、お嬢様。」

 「どうもありがとう。では遠慮なく。」


 まるで淑女の様な扱いに頬を染めるが、アルフェオンの冗談めいた態度がそれをイオに受け入れさせた。手を添えられ椅子に腰を下ろすと、アルフェオンも隣に座る。


 「ここってわたしが入れない場所よね?」

 「そう言う訳じゃないよ。今日は外からの客人が多いから監視が厳しいけど、いつもは護りもなく解放されていた筈だ。」

 「本当に?」


 緑が多くてなかなかにいい場所だ。静けさに囲まれ一人で本を読むにもちょうどよさそうな雰囲気が気に入り、イオは大きく伸びをすると同時に欠伸が漏れる。


 「肩でも膝でも好きな方を貸すからゆっくり休むといい。」

 「やだ、嫉妬で殺されたらどうするのよ。」


 さあどうぞと言わんばかりに腕を開いたアルフェオンに、それでは抱っこだとイオは思わず吹き出してしまった。

 そもそも周りに人の気配がないとはいえ、一緒に住まう家族でもそんな恋人の様なまねはできない。それに隣にいられて堂々とお昼寝できる程イオは図太くなかった。


 「嫉妬っておかしなこと言うね。ああそうだ、それならこれを―――」


 開いた腕を引っ込めたアルフェオンだったが徐に右手を伸ばすと、イオの頭に飾られた白い花をするりと抜き取り自身の胸ポケットに挿した。


 「これで傍目からは恋人同士に見える。なんの遠慮もいらない。」


 そういって微笑むアルフェオンにイオは呆気にとられ、赤く染まりそうになる頬を慌てて隠して睨みつけた。


 「何か…たらしっぽい。」

 「た、たらし?」


 意外だったのか目を丸くするアルフェオンにイオは照れ隠しを含め背を向けると、そのままアルフェオンの側面に寄りかかり、必要以上に体重をかけぐいぐいと押した。それをなんなく受け止めるアルフェオンはよほど衝撃だったのか『たらし』と再度呟いている。それが何だか可笑しくて声を殺して笑っていると、それに気付いたアルフェオンがわざとらしく溜息を吐いた。


 「そんなつもりはないのだけどね。」

 「でしょうね。アルが生まれ育った世界はそれが普通だったんだろうから。」

 「でも君の世界ではたらし(・・・)なんだな。」


 う~んと唸りながら腕を組んだアルフェオンが何だか可笑しくてイオからは笑いが漏れる。


 「ごめんなさい、謝るから拗ねないで。」


 世辞や口説き文句の一つや二つ、無意識に発してしまえねばならないのが貴族社会なのだろう。首を捻り様子を窺えば茶色の目は笑っていたので傷付いてはいないようだ。


 「連れて来てくれてありがとう。」


 姿勢を戻し、アルフェオンに体重を預けたまま居心地の良い場所を探して体勢を整える。


 「眠れそう?」

 「うん。ここは安心できる場所になりそう。不安が無いわけじゃないけど、前の世界よりもずっと自由で安心して眠れる。」


 預けた背中からアルフェオンの体に力がこもったのを感じたが、イオは素知らぬふりで話し続けた。


 「本当に連れて来てくれてありがとうね。だから巻き込んだなんていつまでも責任を感じないで。わたしはあの日の出会いで得られた今にとても感謝してるんだから。」 


 家族として一つ屋根の下で暮らすようになってからもアルフェオンが抱え続ける消えない想い。こうして言葉に乗せても一生背負い続けるのだろう。


 瀕死のイグジュアートを連れてイオの住まう家の扉を叩き、それ以来イオの人生を奪い巻き込んでしまったと償いの念を抱き続けるのをずっと感じていた。真面目な彼の事だ、この感情が消える日は来ないかもしれない。

 だからせめてイオが幸せになってもう大丈夫だとほっと一息ついて欲しいと思っていた。


 「脅えながら一人で眠る必要がないって本当に素晴らしいわね。」


 肩を借りて眠りを許される今が伝えるには一番かもしれないと身を預け続ける。


 「イオ、私は―――」


 言葉を詰まらせたアルフェオンに答えは求めていなかった。ただ伝えたかっただけだ。それもアルフェオンの心を軽くしてやりたいとかいう偽善ではなく、イオが抱く本当の気持ち。


 あの夜は自らを魔法使いと名乗るアスギルの訪問に始まり、アルフェオンには魔法使いである事実が知られてしまうという命の危険に脅えた。二度と戻れない故郷に後ろ髪ひかれたが生きる為に前に進むしかなかった。そして行きついたこの場所は多少の問題はあるもののイオに生きる場所と新しい家族を与えてくれたのだ。

 

 だからいつまでも一人で抱え込まないで欲しい。邪魔だと見捨てずにつれて来てくれた、それだけでなく側に居続けてくれる事に感謝しているのだと伝わればいい。


 無言で背を預け春の穏やかな日差しの下でうつらうつらしていると、アルフェオンのこわばりがようやく解かれ、「ありがとう」と小さく呟くように返って来た言葉に、イオは満面の笑みを浮かべ安心して瞳を閉じた。






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