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心の鎖  作者: momo
四章 イクサーンの春
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もういない




 カーリィーンにいた頃は、両親が死んでからずっと誰にも頼らずに生きて来た。

 勿論非力な女が一人で生きるには難しい世界で、人の情を当てにしていた面もある。魔法使いの身を隠して迫害を恐れながら魔力を使い聖剣を作り闇に流していたし、好意を向けてくれた男性に想いを返せないと解っていても完全に拒絶せず温もりに縋っていた。けれどある筈の未来に期待できる光明はなく、いつか彼が他の女性を妻に迎えて暮らすのを見聞きし、魔法使いである事実が世間に知られ命を危うくする日が来るのだろうという漠然としたものだけがあった過去。


 どんな過去があるにせよ、今は扉を開いて得た未来を前向きに生きて行くのだと、イオは吹き始めた春の風に頬を撫でられながら感じていた。


 二度と戻れない生まれ育った国。この場所は第二の故郷となるのだろうかと感慨深く闇を幾夜も過ごし、寂しさに体を抱いては同じ屋根の下に眠る二人の家族に心を温められる。イグジュアートとアルフェオン。生まれも育ちも異なるけれど、側にある温もりはイオにとっては無くてはならない存在となっていた。




 あの日、アスギルを闇の魔法使いと決定づける発言をされてからモーリスとは顔を合わせていない。モーリスを嫌いになった訳ではないが、気まずいというのが正直な所だ。幾度かあの怪しい屋敷の扉の前まで赴いたが、在宅を確かめる為に扉を叩く勇気は出ずに舞い戻って来ていた。謝るのは、違う気がする。突然声を上げ飛び出した非礼を詫びるのは当然なのだが、『それで?』とかえされるのがオチな気もするし、アスギルを疑うモーリス達の考えを快く受け入れられる訳でもない。けれど大変世話になった相手とこのまま疎遠になるには憚られた。確実な訪問理由が欲しかったイオは、自分の求める物の先にモーリスがいるという結論に至る。


 恐れる必要はないと抱き寄せてくれたアスギルの言葉を思い出し、イオは一歩を踏み出す決断をしたのだ。それだけが理由ではなく、大切な誰かが目の前で傷を負い命の危険に曝されているのに何もできない自分が嫌だったのも理由の一つ。けれど治癒魔法を学びたいとモーリスを訪問しても門前払いだろう。致命的にセンスがないと幾度も呆れさせたイオが、モーリス直々に魔法を学ぶにはまず知識を身につける必要があったのだ。


 そんな訳でイオはイグジュアートが襲われた経緯もあり、まずは独学で医学の勉強を始めた。家の事や始めた仕事もあるので医者に従事して学ぶのではなく、遠慮も何もかなぐり捨てエディウを通さずレオンに直々にお願いしてみたのだ。城にある図書室を使わせてもらう許可が欲しい。可能なら貸し出しも出来ないか、と。


 アスギルという後ろ盾が否定の言葉を飲み込ませたのかどうかは知らないが、治癒魔法を学ぶ前に人体について知る必要があるのだとお願いすると、レオンは快く頷いてくれた。城には幾つか図書室があるが、王族も利用するかなり貴重な文献なども収められた城の奥深くに案内され、イオは身を小さくしてレオンに隠れる様にこそこそとついて歩いた。明らかに場違いなイオに好奇な視線が向けられ更に身を縮めるのはそこに通う度の恒例となる。流石に貴重な書物ばかりが揃いイオが単独で出入りする許可は出せないとかで、必ずレオンが同行するからだ。もっと別の図書室を紹介して欲しいと言えばここが一番だからと笑顔で返されると、学びたい欲求のある身ではそれが一番だと解釈し従ってしまう。けれど忙しいレオンに頼み込んでついて来て貰っているのでその場で読み漁るのではなく、本を厳選し一つだけ借りて帰るというのが常だ。本来なら貸出不可らしいがレオンの口添えで応となる。流石は『元』王子様。


 個人的な事なので本の貸し借りは休日を当て、仕事を含めほぼ毎日イグジュアートと肩を並べて王城へ通うようになっていた。今日もイグジュアートと別れてからレオンに従い城の奥へと向かい本を借りる。それから高貴な人たちが集まる領域を抜け騎士団の領域へと舞い戻るとほっと息をついた。


 「やはり慣れぬか?」


 緊張が解け肩から力を抜いて楽な姿勢を取ったイオにレオンが笑いながら視線を落とす。


 「それはそうですよ、視線が痛いです。」


 レオンに従うあの女は何だという好奇の視線。初めは本当に誰だという疑問だけの視線だったのだが、やがて回を重ねるにつけ明らかに嫉妬や蔑みといった暗い感情に変わっていったのだ。別に問われる訳でもないし、遠くから睨まれるだけなので説明する機会も得られず仕舞い。まぁどう思われても実害がなければいいのだが視線だけは痛い。


 「お忙しいのに何時もありがとうございます。」


 そう言ってレオンに両手を出せば、重いからと持ってくれていた厚くはない医学書を片手で差し出される。手にすると薄さの割にはずしりと重みが圧し掛かった。本来ならイオなどがお目にかかれない貴重な本だ、取り落とさないよう大事に抱え込む。学ある訳でもない一般庶民のイオには難しい医学書だが、難解な言い回しや単語やらは高等な教育を受けたアルフェオンが手を貸してくれ、必死に理解し少しずつ励んでいた。そんな時間に小さな幸せを見出していたイオからは、新たに手にした医学書を胸に笑みが漏れる。


 アルフェオンといえばやはり彼の出身からして、イクサーンで騎士として従事するのは難しいという結論に至っていた。だからと言って剣を取り上げるのも惜しいと判断され、レオンの後見もあり騎士団にて騎士になりたての若手の指導者としての仕事を得ている。貴族の生まれながらも人を馬鹿にするでもなく教え方も上手い上に腕も立ち、指導者としての人気はかなりのものらしかった。


 「学ぶのは楽しいか?」

 「え…ああ、そうですね。難解で躓いてばかりですけど、目標がありますから。」


 胸に抱く本に視線を落として思い出し笑いをしていたイオが慌てて顔を上げると、レオン越しにこちらを窺っている女性の姿を目にする。イオの視線につられてレオンが振り返ると、女性は顔を赤くしてからはっとした様な仕草をした後に頭を下げると慌ててその場から立ち去ってしまった。 


 「おモテになりますね。」


 レオンと肩を並べて歩くようになってから嫉妬の念を送られる様になった。『元』王子様で騎士団団長、独身で見目も良い方だからもてて当然なのだろう。左のこめかみにある古傷すら花を添えているように感じる。側にいる度に向けられる視線には流石にうんざりしておりつい厭味ともとれる本音が出てしまう。口にしてからしまったと思ったがレオンは気にもしていない様で「まぁな。」と肯定して来た。


 「自信も自覚もあり、ですか。」

 「女性からの好意に対して迷惑だとは言わないが、私が望んだものではないというのも理解して欲しいものだ。」

 「権力者って手当たり次第に手を出してるって思っていましたけど、そういう訳でもないんですね。」


 選り取りみどり来るもの拒まず―――レオンからはその様な雰囲気は漂って来ないが、権力者なんてそんなものだろうという思い込みは未だに持っている。イオの言葉にレオンはがっくりとうなだれた。


 「そんな愚者がいたなら迷わず切り捨ててやるぞ。」


 いない訳ではないが、王族が見境なく女に手を出していたら不幸な子供が増えるだけだ。そこから権力争いが生まれ、やがては血で血を洗う結末を生みかねない。その程度の良識なくして王家に生まれる価値は無いと疲れた表情を見せるレオンに、イオはにっこりと笑って返した。


 「切り捨てる―――闇の魔法使いを追い回すよりは簡単そうですね。」

 「―――言う様になったものだな。」


 権力者には委縮してしまうが、レオンの様に日々顔を合わせ食事を共にする機会も多くあると慣れるものだ。慣れたとはいえ失言には気をつけるべきだが、レオンがイオの言葉にいちいち怒ったりする心の狭い権力者でないのはそこそこの付き合いで解っていた。職業柄か、部下には節度をもたせるが仕事外ではそうでもない様で、イオから高貴な人だと一線を引かれるのには不満を覚えるらしい事もなんとなく感じていた。


 「アスギルはまだ疑われているんでしょうか。」


 笑顔を消して見上げるとレオンは口角を上げてイオを見下ろした。


 「君は本当にアスギル贔屓だな。」

 「当然です。ここはカーリィーンではないのにアスギルだけが迫害を受けている気分になります。」


 イオへの特別扱いもアスギルへの疑いが晴れていないから続くのだろう。イグジュアートがカーリィーンの追手に襲われた経緯もあるのでレオンの屋敷に住まい続けているのは仕方がないにしても、王の庶子でもレオンの友人でもないただの一般庶民が目をかけて貰い続ける理由はない。仕事を与えられ十分な給金まで貰っている時点でイオだけ屋敷を出されてもおかしな話ではないのだ。


 まあ、イオとしてはアルフェオンとイグジュアートの三人揃って屋敷を出て生活をしたいという希望は持っているのだが、その話をアルフェオンを通じて提案して貰ってもレオンは頷いてはくれなかった。


 三人が城から近い王都内の何処かに住まいを移してもさほどの問題は生じないのだが、王命抜きでイオに好意を寄せているレオンとしては接する機会をなるべく失いたくないというのが本音だ。イオはそんなレオンの想いに気付かず、レオンも己の立場を良く理解しているので気持ちを打ち明けるつもりは毛頭なかった。だからと言って闇の魔法使いの問題は話が別だ。イオに好意を寄せているかといって世界の存亡にかかわる問題なだけに判断を誤る訳にはいかない。


 「アスギルがどうかという問題を抜きにしても彼が多くを知っているのは間違いない。無理にとは言わないが、対話の機会を設けて貰う訳にはいかないか。」

 「アスギルが望んでいるなら自分から会いに行きますよ。」


 前回ハイベルに会った時、彼はイオを守るようアスギル自身に頼まれたと言ったのだ。会う意思があるならアスギルが自分で赴くだろう。イクサーンには保護してもらい世話になっているが、アスギルの事になると話は別。会いたくないのを無理矢理会わせたいとは思えない。これは迫害を恐れ抑圧された生活を送って来たイオが魔法使いという同族に抱く保護意識の表れだろう。アスギルの赤い瞳が心ない誹謗中傷で悲しみに染まるのも嫌だった。


 「本当はもういないんじゃないですか、闇の魔法使いなんて。」

 

 封印が破れたと騒ぎが起こったのはイオ達がイクサーンについたばかりの頃だ。それから一つの季節が過ぎて春が訪れようとしている。その間何処かの町が焼かれたとか魔物が大量発生したとかいう闇の魔法使いに関わる情報は皆無だ。


 「それだと有り難いんだがな。」


 封印と共に朽ちたのならよいが、それを確定付ける何かが必要だ。本来なら兄である王太子が引き継ぐべき宝剣を預かる身としても、姿が見えないからと楽観視ばかりしてはいられない。

 互いに目を見て話をしていたイオがふいに視線を外して正面を、遠くを見据えた。


 「良い国ですよ、ここは。本当に平和でいい国です。この世界が様変わりしてしまうなんてとても思えません。」

 「それは魔法使いとしての勘?」


 レオンが腰を折ってイオの視界に入り込む。イオは淡い紫の瞳を初春の空よりも深い碧の瞳に重ねた。


 「アスギルが心配ないって言ったから。わたしはその言葉を信じています。」


 たとえアスギルが闇の魔法使いだとしても彼の言葉に偽りはない。もし世界が滅ぶならそれは自業自得、まっとうな人間が生き続けるには耐え難い世界に変わり果てたからに違いない。

 イオの言葉にレオンは「そうか」と小さく、呟くように答え頷いた。









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