第一話 厄介な縁談
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アストリア帝国————近隣諸国の中で軍事力においても経済力においても、最も影響力を持つ国です。
現皇帝は『賢帝』としても知られていますが、他国からは帝国に牙を剥く者には女、子ども問わず容赦なく切り捨てる——冷酷無慈悲な『氷帝』と呼ばれています。
そんな皇帝と愛妻の皇后の間に生まれたのがわたくし————第一皇女であるリーゼロッテ・ド・アストリアです。
我が国は男女の別なく女でも帝位、爵位の継承権を持つことができ、現皇家で継承権を持っているのは、わたくしと双子の弟であるシルヴィオだけ————。
しかし、皇太子の席は現在も空席のままです。
確かに能力的な部分で多かれ少なかれ違いはありますが、それでも国を統治する力はどちらにも十分あるのです。
その為、どちらかが皇帝となった際には、もう一方は皇帝に次ぐ地位と権限を持つ『大公位』が与えられることになっています。
それもあって父も、母も、そしてわたくしたち双子も、どちらが皇太子になったとしても構わないと考えているのです。
そんなわたくしと弟は数ヵ月ほど前に貴族学院を卒業したばかりで、在学中からもそれなりに公務などはこなしていましたが、ようやく本格的に国政に携わり始めました。
こうなってくると臣下の中には、「いよいよ、どちらが皇太子になるのか決まるのではないか?」とヒソヒソと噂をする者たちが出てきますが、「どちらがなっても構わないのだから、ゆっくり決めたらいいんじゃないか?」という呑気な父の意向で、結果として現状維持が続いています。
まあ、次代を決めるのは皇帝である父ですし、わたくしたちには特に不満はないので構いませんが。
ただ、どんなにわたくしたちが『それで良い』と決めていたとしても、周囲はそうはいかないようで…………。
どんなに父が氷帝と恐れられていようと、どんなに大国であろうと、どうしても『派閥』というものは出来てしまいます。
全ての人間が皆仲良し、ということなどあり得ないので仕方がありません。
どうしたって意見が合わないことはありますから。
ただ、そのせいで『第一皇女派』や『第一皇子派』などという派閥の旗頭にされ、面倒……いえ、少々困りものではありますが、下手に変な思想を持った団体となられても困ります。
こちらで管理出来るのであれば、それに越したことはありませんから。
そんなある日————皇后である母に呼ばれ、私室を訪れると信じられない話を切り出されたのです…………。
「————わたくしが……婚約、ですか?」
いきなりの縁談話に困惑してしまい、小首を傾げてしまいました。
これでも皇族ですから、政略結婚をしなければならないことがあるかもしれない…………一応、その覚悟は持っていました。もちろん、弟も同じく。
ですが、帝国は近隣諸国の中で最も大きな国です。
軍事力的にも、経済力的にも、資源にも困っていません。
その為、そもそも現段階で政略結婚をする『メリットがなかった』ということが正直なところ————。
自分にそんな可能性があったことなど、今の今まですっかり忘れていました。
……あら? わたくしも父と同じく呑気だったのでしょうか?
「……いきなりですのね……。それで、お相手はどなたですの?」
「…………それが……ヴァロワール王国の、第一王子なの……」
言い淀みながら話す母の声がだんだんと小さくなっていったかと思えば、そのお相手の身元を聞き、思わず驚きで目を見開いてしまいました。
母の声の大きさなど……そんなことを気にしている場合ではありません!
「…………お待ち下さいませ。……それは、『例のお方』ではございませんの?」
「…………ええ、そうなの……」
か細い声で答えると母は気まずそうに、わたくしから視線を逸らしてしまいました。
…………それはそうなるでしょう。無理もありません。
隣国のヴァロワール王国の第一王子といえば『とある理由』で、とても有名なお方なのです。
そのお方は、わたくしや弟と同い年の十八歳で————ヴァロワール王国の『元王太子』でした。
…………ええ、元王太子です。
国内の筆頭公爵家の令嬢と幼い頃に婚約され、政治的手腕を持つ、とても優秀な王太子と評判だと、わたくしも耳にしたことがあります。
…………その頃までは……と全て過去形ですが。
全ての始まりはヴァロワール王立学園に入学し、一年が過ぎた頃でした————。
二学年に上がると珍妙な……少々、個性的な令嬢と親交を深め始めたそうです。
その令嬢は地方にある子爵家の出で『貴族令嬢』と呼んでもいいものか……と迷ってしまうほどだったとか。
バタバタと走ったり、言葉遣いもマナーもなっていない……更に悍ましいことにその令嬢は婚約者の有無を問わず多くの子息たちとの距離が異様に近く、注意をされると「ただのお友だちで疚しいことはない」と涙ながらに訴えるそうです。
…………しかも、周囲に多くの子息を侍らせながら。
わたくしも弟と帝国内の貴族学院へ通っていましたが、さすがにそのような令嬢にお目に掛かったことがありません。
正直、その話を友人に聞いた際に「本当にそんな珍獣のような令嬢が存在しますの?」と、うっかり尋ねてしまったほどに信じられませんでした。
あら? 今思えば『珍獣』と呼んでいましたね。今更ながら気が付きました。
ですが、事実ですから仕方がありませんね。
自分の婚約者がそんな珍獣と親しくしていたら……わたくしなら、即! 切り捨てますもの。
そのように令嬢に言い寄られたからと、簡単にコロッと転がってしまう者を皇家、もしくは大公家に入れるわけにはいきません。
すぐにハニートラップに引っかかって、国や家の重要機密などをペロッと話してしまうとしか思えませんからね。
————当然のことながら、その令嬢の『愉快なお友だち』たちは婚約者との関係が悪化していき、それが原因で多くの婚約が解消、もしくは破棄されました。
……ここまでお話したら予想出来るでしょうが、その子爵令嬢の『愉快なお友だち』の中には元王太子とその側近たちもおり、皆さん仲良く侍っていたようです。
本来であれば、王族である王太子の側に理由もなく下位貴族が侍るなどあり得ません。
……この方の場合は逆ですが、それでもあり得ません。
わたくしたち皇族、王族の身は、国の為に捧げられるものなのです。
それだけの恩恵を受けているのですから。
万が一のことがあれば、その側にいる護衛や側近の首が撥ねられてしまうことだってあります。
だからこそ側に置く者は慎重を期し、身元が確かで礼儀を弁えている者でなければなりません。
いつどこで他国の要人や重臣と出くわすなど誰にも分からない以上、その際に相手に不快な思いをさせない者ではないと……取り返しのつかないことになってからでは遅いのです。
そういった意味でも元王太子の側近たちは、側近失格ですね。
主が道を誤った時は諫言し、それが聞き入れられなければ国王陛下に報告すべきなのです。
命じられるがまま、「はい、はい」と答えることなど幼児にだって出来ます。
父なら首と胴体を泣き別れにしたかもしれませんし、同時に主である元王太子には毒杯を与えたかもしれませんね。
もちろん婚約者である公爵令嬢は愚かな元王太子にも、珍妙な子爵令嬢にも、苦言を呈したそうです。
ですが頭がお花畑な元王太子は、その言葉に耳を貸すことはなく側近たちと共に仲良しごっこを続けました。
ところが、子爵令嬢はそれだけでは満足出来なかったのでしょう……。
言葉巧みに公爵令嬢を貶め名誉を汚し、幼子がつくような嘘を信じた元王太子は怒り、最終的に学園の卒業パーティーで『婚約破棄』を宣告しようとしていたそうです。
……呆れて、もはや言葉がありません。この方は本当に王族なのでしょうか?
解消は互いの同意で成立しますが、破棄となれば『破棄された側』の有責となるので、事の重みが全く違います。
当然のことながら公爵令嬢に非はなく、しかもその婚約破棄の宣告は国王の承認を得ていませんでした。
王家の婚約はある意味王命に近い部分がありますから、そんな権限もない王太子が勝手に決めていいことではありません。
結局、兄の元王太子や子爵令嬢たちの言動を不審に思っていた弟君の第二王子と公爵令嬢が調査をし、計画が発覚したのです。
罪のない令嬢を大勢の前で貶め、公式行事である卒業パーティーで騒動を起こすなど言語道断。
事前に発覚したことで未遂で終わりましたが、処罰がなくなるわけではありません。
問題の元王太子は廃太子——ただの第一王子へと格下げされたのです。
本来なら軽いと言われるような処分ですが、ヴァロワール王家には子どもが元王太子と弟王子しかいません。
第二王子が結婚し子どもが生まれるまで、スペアが必要となります。
元王太子……もう第一王子でいいですね。
彼は自分の弟と疎ましく思っていた元婚約者のおかげで辛うじて王籍だけ残されました————とここまでが、わたくしも知っているお話です。
……何故、公になっていない他国のお話をわたくしが知っているのか、ですか?
帝国は各国に大使を派遣しています。
滞在先の王太子がいきなり廃嫡されたとなれば、ヴァロワール王国に滞在している他国の要人たちは当然調べるでしょう。
他人の口に戸は立てられないものです。
ちなみにこの件は、子爵令嬢と婚約を破棄された『愉快なお友だち』の皆さまが一様に『真実の愛なのだ!』と声高らかに叫んでいたことから、『真実の愛劇』と呼ばれています。
本当にそんな演劇を見せられたら、わたくしなら、うっかり扇子を折ってしまうかもしれません。
…………そんな事故物件でしかない第一王子との縁談だなんて……一体、何の冗談なのでしょう?




