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『52歳の僕が、23歳の君に振られた理由』  作者: こうた


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第6話 ソウルメイト



 つばさに振られてから、俺の生活は何も変わらなかった。


 いや――。


 正確には、変えたくても変えられなかった。


 朝は五時半に起きる。


 目覚ましが鳴る前に目が覚めることもある。


 体が重い。


 酒が残っている。


 腹が出て、寝ても疲れが取れない。


 鏡を見る。


 薄くなった髪。


 腫れぼったい目。


 顔に増えたシミ。


 自分でも嫌になるほど、老けて見えた。


「……ひどい顔やな」


 そう呟いて、顔を洗う。


 朝飯はコンビニのおにぎり。


 車に乗って会社へ向かう。


 仕事は楽ではない。


 現場では若い社員から、


「よしおさん、これ今日中にお願いします」


「この書類、まだですか?」


「会社から資格の話も来てますよ」


 と言われる。


 分かっている。


 全部分かっている。


 でも、頭が追いつかない。


 現場が終わって会社に戻る。


 書類を整理する。


 気がつけば夜。


 家に帰る。


 午後九時。


 机の上には参考書。


 だが、その横には請求書が積まれている。


 カードの明細。


 借金の返済予定。


 家賃。


 光熱費。


 携帯代。


 保険。


 生活費。


 数字を見るだけで頭が痛くなる。


 4,000万円。


 その数字が、俺の人生に重くのしかかっている。


     ◇


 俺には家族がいない。


 妻もいない。


 子供もいない。


 仕事から帰っても、


「おかえり」


と言ってくれる人はいない。


 食卓に並ぶのは、一人分の弁当。


 テレビをつける。


 誰かの家族の話が流れている。


 子供が学校から帰ってくる。


 夫婦が夕飯を食べる。


 そんな映像を見ていると、テレビを消したくなる。


 俺だって、そういう家庭が欲しかった。


 でも、52歳になっても手に入らなかった。


 いや。


 手に入らなかったんじゃない。


 俺は、手に入れるための時間を何度も捨ててきた。


 そう思うと、胸が苦しくなる。


     ◇


 そんな夜にも、電話が鳴る。


「よしお、今から来れるか?」


「今日は無理や」


「なんや、付き合い悪いな」


「仕事もあるし、金もない」


「金なんか何とかなるって」


「いや……」


「仲間やろ?」


 俺は黙る。


「ソウルメイトやろ?」


 その言葉を聞くと、断れなくなる。


「……分かった」


 また家を出る。


 財布の中身を確認する。


 千円札が数枚。


 それでも行く。


     ◇


 店に着く。


「おう、よしお!」


「待ってたで!」


 俺が座ると、酒が出てくる。


「俺、今日は飲まへん」


「なんや、まだ振られた女引きずってんのか?」


「違う」


「ほな飲め」


「明日仕事やから」


「一杯だけ」


 いつものやり取り。


 そして、いつものように負ける。


 一杯。


 二杯。


 三杯。


 酒に弱い俺は、顔が赤くなる。


 頭がぼんやりする。


 それでも飲まされる。


「よしお、もっといけ!」


「もう無理や」


「男やろ!」


 笑い声。


 俺も笑う。


 でも、笑いながら思う。


 ――明日、仕事や。


 ――朝、起きられるかな。


 ――また勉強できへんな。


 ――返済、どうしよう。


 そんなことを考えながら、また酒を飲む。


     ◇


 午前一時。


 ようやく帰宅する。


 玄関で靴を脱ぐ。


 そのまま床に座り込む。


 風呂に入る気力もない。


 スマートフォンを見る。


 銀行口座の残高を確認する。


「……足りへんな」


 返済日が近い。


 また金を工面しなければならない。


 俺は天井を見る。


「俺、何してんねん……」


 返事はない。


 当然だ。


 一人だから。


     ◇


 翌朝。


 午前五時半。


 目覚ましが鳴る。


 頭が痛い。


 吐き気がする。


 それでも起きる。


 鏡を見る。


 目の下には濃いクマ。


 顔はむくんでいる。


 腹はさらに重く感じる。


「……行くか」


 会社へ向かう。


 運転中、眠気が襲ってくる。


 信号待ちで目を閉じそうになる。


 怖くなって窓を開ける。


 冷たい風が顔に当たる。


 それでも眠い。


 俺は自分に言い聞かせる。


「仕事だけは、ちゃんとせなあかん」


 会社では何事もなかったように振る舞う。


「おはようございます」


「おはよう」


 笑う。


 普通の顔をする。


 でも、本当の俺はボロボロだった。


     ◇


 昼休み。


 若い社員が話している。


「今度結婚するんですよ」


「おめでとう」


「ありがとうございます」


「子供も欲しいんです」


「ええな」


 俺は笑った。


 そして弁当を食べながら思う。


 俺は何歳で、何をしているんだ。


 52歳。


 独身。


 借金4,000万円。


 資格なし。


 体は酒で重くなり、休日は友人に呼び出される。


 勉強したいと思ってもできない。


 結婚したいと思っても、時間がない。


 人生を変えたいと思っても、何かに引っ張られる。


 そして、それを全部、


「付き合いだから」


という言葉で片づけてきた。


     ◇


 その夜。


 俺は机の前に座った。


 参考書を開く。


 一問目を見る。


 分からない。


 眠い。


 頭が働かない。


 それでも、一時間だけ勉強した。


 時計を見る。


 午後十一時。


 スマートフォンが鳴った。


 友人からだった。


『明日、麻雀な』


 俺は画面を見つめた。


 断ろう。


 そう思った。


 指を動かす。


『明日は勉強するから――』


 そこまで打って、消した。


 そして、


『分かった』


 と送った。


 スマートフォンを机に置く。


 俺は自分の手を見た。


「……またや」


 涙が出そうになった。


 52歳にもなって、


 俺は自分の人生を自分で決めることすらできない。


     ◇


 翌日。


 麻雀をしていると、友人が言った。


「よしお、元気出せや」


「何が?」


「つばさちゃんのことや」


「もうええって」


「女なんかいくらでもおる」


「そうや」


「俺らが紹介したるって」


「……ほんまか?」


「おう」


 みんな笑う。


「よしおには俺らがおるやろ」


「ソウルメイトや」


 その言葉に、俺も笑った。


 でも――。


 その瞬間だけ、胸の奥で小さな声がした。


 「本当に、こいつらは俺の仲間なんか?」


 俺は、その声を聞かなかったことにした。


 まだ、この頃の俺にはできなかった。


 友人を疑うことも。


 友人を切ることも。


 そして何より――。


 自分が間違っていたと認めることも。


 だから俺は、また牌を握った。


 そしてまた、自分の人生から一日を差し出した。

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