天秤の傾き
バートンの執務室は、旧採石場の管理棟を改修した建物の二階にあった。
窓から見える景色は、ストーンクロスの中央広場。交易所の建物が並び、人が行き来している。冬の朝の空気は白く、息が細い煙になって消える。
カイは執務室の椅子に座っていた。
向かいにバートン。右手にガルド。左手にリオン。通信機の向こうに、コンラッド・ナルミの声がある。
「全てを話す」
カイはバートンの目を見て言った。
「俺の親父――テオ・セヴァルが、何に関わっていたのか。なぜ消えたのか。鋼城計画の中身を」
バートンは椅子の背にもたれ、右手を顎に当てた。小指のない右手。その目は、カイの言葉の重さを量っている。
カイは話し始めた。
テオがグランヴェルトの傭兵パイロットだったこと。鋼城計画に関わり、その全容を知ったこと。24人の鋳脈者を消耗品として使い潰す設計。冴覚を持つ子供たちが狩られる未来。テオは設計データを持ち出して灰域に隠し、そして消えた。
ガルドが補足した。
「鋼城は既存の鉄殻とは次元が違う。グランヴェルトはあれを完成させれば、全ての統治機構体を軍事的に圧倒できる。だが代償として、大量の鋳脈者が必要になる。使い潰すために」
ガルドの声は低く、乾いていた。自分が開発に関わった技術の恐ろしさを語る技匠の声は、懺悔に似ていた。
バートンは全てを聞き終えた。
長い沈黙が落ちた。窓の外で、子供の声がした。広場で遊んでいるのだろう。その声が、執務室の重い空気を異質なものにしていた。
「灰域は、世界のゴミ箱じゃない」
バートンが口を開いた。声は静かだったが、その奥に怒りがあった。抑制された、長年溜め込まれた怒りだった。
「だが今のままでは、踏み潰される。グランヴェルトの鋼城も、セルヴィスの浄化計画も、灰域の人間を人間として見ていない。資源か、障害物か、その二つだ」
通信機からコンラッドの声が入った。
「バートン。全てを聞いた」
アイアンウェルの長の声は、いつも通り低く落ち着いていた。
「テオ・セヴァルが命を賭けて持ち出したデータがある。それが事実なら、灰域にとっては交渉材料にもなりうる。だがまず生き延びなければ、交渉もない」
「コンラッド。率直に聞く」
バートンが通信機に向かって言った。
「共闘するか」
通信の向こうで、コンラッドが息を吸う音がした。
「灰域の集落が一つにまとまることが、果たして可能なのか。15年間、俺たちはそれぞれの方法で生き延びてきた。まとまる必要がなかったから、まとまらなかった。今、初めてまとまる必要が出てきた。だが必要があるだけでは人は動かない」
「動く理由を作る」
バートンが言った。
「セルヴィスが来る。2週間以内に。それが理由だ。一つにまとまるか、一つずつ潰されるか。その二択だ」
コンラッドの沈黙が数秒続いた。
「……分かった。アイアンウェルは乗る。だが条件がある。連合の意思決定は合議制にしろ。バートン、お前一人の独断は許さない」
「最初からそのつもりだ」
「なら、いい。南方の集落にも声をかける。アイアンウェルの名前を使え」
リオンが地図を広げた。
「セルヴィスの部隊展開の予測を説明する」
リオンの声は、軍人のブリーフィングそのものだった。コルヴァスの進行ルート。本隊の展開パターン。補給線の弱点。セルヴィスの内部から浄化計画に反対している勢力の存在と、その限界。
バートンとコンラッドは黙って聞いた。管区の内部情報を、元管区の人間から直接聞く。それ自体が前例のないことだった。
「時間軸を整理する」
リオンが続けた。
「コルヴァスの先鋒が到達するまで、最短で10日。本隊が戦闘可能な体制で到達するまで、最短で14日。この14日が、準備の猶予だ」
バートンが立ち上がった。
椅子が軋んだ。背の高い男がまっすぐに立つと、窓から差し込む光が顔を照らした。
「灰域の集落に呼びかける。一つにまとまるか、一つずつ潰されるか」
窓の外では、初雪が灰色の空から落ち始めていた。白い粒が風に舞い、ストーンクロスの屋根を薄く染めていく。広場の子供たちが空を見上げて騒いでいる。
冬が来た。
そして、戦いの季節が近づいている。




