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鉄殻のケストレル ―灰に沈む世界、鉄に宿る季節―  作者: Studio SASAME
灰を踏む者たち

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届く声、届かない声

 ストーンクロスに戻った翌日から、カイは動き始めた。

 バートンの通信室を拠点に、リオンと二人で灰域(アッシュランド)の集落への警告を開始した。タリアが構築した短距離通信網を経由し、ストーンクロスの周辺集落へ。直接通信が届かない遠方の集落には、バートンの交易ネットワークに乗せて伝言を飛ばした。


 反応は、一様ではなかった。


 最初に応答があったのは、南東の小集落だった。人口40人ほど。旧世界の高架道路の下に住居を構えている。長の老人が通信越しに言った。

「戦う準備はない。武器もない。逃げるしかない。だがどこに逃げる」

 カイは答えに詰まった。灰域(アッシュランド)の外に安全な場所はない。管区に入れば難民として扱われ、灰域(アッシュランド)に残れば浄化計画に巻き込まれる。


 リオンが通信を引き継いだ。

「北西方向に退避ルートがある。セルヴィスの進行方向から外れる経路だ。今から3日以内に移動を開始すれば、コルヴァスの到達前に離脱できる」

 リオンはセルヴィスの部隊展開の知識を元に、避難ルートを即座に提示した。集落の規模、移動速度、携行できる物資の量を計算に入れた上での提案だった。

「信用できるのか。セルヴィスの人間が出したルートを」

 老人の声に疑念が混じる。リオンは一拍の間を置いて答えた。

「信用するかどうかは、あなたの判断だ。だが私は、セルヴィスの部隊展開パターンを知っている。このルートが安全だと言える根拠がある」


 次の集落は、ストーンクロスの北にあるウルフの巣と呼ばれる傭兵の拠点だった。人口は不定。常時30人かど50人が出入りしている。リーダー格の傭兵が答えた。

灰域(アッシュランド)連合だと? 面白い。だが金は出るのか」

「金は出ない。だが灰域(アッシュランド)が潰されれば、傭兵の仕事もなくなる」

「一理ある。考えておく」

 返答は保留だった。


 灰谷のリーナは、通信越しに疲弊した声で答えた。

「病人を抱えて移動はできない。ここから動けない人間が半数いる。守ってくれるのか」

 カイは正直に答えた。

「約束はできない。でも、放っておけない」

「約束できないことを約束しないのは、正直でいい。だが正直なだけでは人は守れないよ」

 リーナの言葉は、カイの胸に刺さった。


 午後になり、ブリッジトンのヴィクトルから通信が入った。

「こちらは既に動いている。バートンの情報で、浄化計画の概要は把握した。ストーンクロスと連携したい。具体的な提案はあるか」

 ヴィクトルの声は落ち着いていた。旧橋の集落は防衛準備を進めている。イーラの鋳造設備がフル稼働で部品を生産している。


 リオンが地図を広げた。ストーンクロスの通信室の壁に貼り付けた灰域(アッシュランド)の地図。各集落の位置、セルヴィスの進行予測ルート、避難経路、防衛拠点の候補。リオンの手でマーカーが加えられ、軍事的な分析が地図の上に重ねられている。


「ストーンクロスとブリッジトンの間に、哨戒線を引く」

 リオンがヴィクトルに提案した。

「セルヴィスの偵察部隊が接近した場合、早期に捕捉できる。哨戒に必要な人員は最低4名。交替制で16時間カバーできる」

「人は出せる。だが鉄殻(てっかく)が足りない」

残殻(ざんかく)で構わない。偵察の捕捉が目的だ。交戦は避ける」


 一日が終わった。

 カイはストーンクロスの通信室の椅子に座ったまま、目を閉じた。疲弊していた。体ではなく、頭が。一つ一つの集落に状況を説明し、反応を受け止め、できることとできないことの境界線を引く。その繰り返しが、カイの体力を削った。


灰域(アッシュランド)は広い。全ての集落に届けるのは無理だ」

 カイが呟いた。


 バートンが通信室の入口に立っていた。いつからいたのか、カイには分からなかった。

 バートンは旧クレスタの管区長らしいスーツの上着を着たまま、腕を組んでいた。


「全てに届かなくていい」

 バートンの声は落ち着いていた。

「届いた集落が、次の集落に伝える。それが灰域(アッシュランド)のやり方だ。管区のように上から命令が降りてくるんじゃない。横に広がるんだ。遅い。だが、広がる」


 カイはバートンを見た。

 右手の小指がない男。クレスタの管区長を辞め、灰域(アッシュランド)に出て15年。この男が灰域(アッシュランド)最大の集落を築き上げた。その15年の重みが、短い言葉の中にあった。


「明日も続ける。南方の集落にも声を届ける」

 バートンが踵を返した。

「頼んだぞ、カイ。お前の声には、ここまで歩いてきた足の裏の重さがある。机の上から出した言葉じゃ、灰域(アッシュランド)の人間は動かない」


 バートンが去った後、カイは地図を見つめた。

 点と点。集落と集落を結ぶ線が、少しずつ増えている。まだ足りない。圧倒的に足りない。だがゼロではない。


 明日も、声を届ける。



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