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鉄殻のケストレル ―灰に沈む世界、鉄に宿る季節―  作者: Studio SASAME
灰を踏む者たち

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鉄の井戸

 アイアンウェルは、赤い大地の中にあった。

 鉄鉱石を含んだ土壌が、集落を囲む丘陵を赤褐色に染めている。旧世界の鉄鉱山の露天掘り跡が巨大な穴となって大地に口を開け、その周縁に沿って建物が並んでいた。採掘場の壁面は赤錆色の岩が層を成し、雨水が溜まった穴の底には濁った緑色の水がある。

 鉄の匂いがする。空気そのものが鉄だ。


 ストーンクロスから二日半の行程だった。途中の灰域(アッシュランド)は起伏が多く、崩落した陸橋を迂回し、汚染の噂がある旧工業地帯を避けて大回りした。残殻(ざんかく)の燃料は残り22%。修復した左肩装甲は仮設のままで、本格的な整備が要る。


 集落の門は鉄骨のアーチだった。旧世界の採掘用クレーンのアームを曲げて作ったもので、錆びた鉄の曲線がアイアンウェルの名に相応しい門構えを作っている。門番の男が二人、残殻(ざんかく)に搭乗したまま門の左右に立っていた。

「ストーンクロスのバートンから連絡が入っている。通れ」

 素っ気ない対応だった。ストーンクロスの温かみのある歓待とは違う。アイアンウェルは実利の集落だ。


 集落の中を進んだ。旧世界の鉱山事務所を改修した建物が多い。コンクリートのプレハブに鉄板の屋根を被せた簡素な構造だが、壁の厚さは灰域(アッシュランド)の平均的な集落より上だった。鉱山の建物は頑丈に作られている。

 目を引いたのは、鋳造設備だった。

 集落の中心に、旧世界の精錬炉を改修した鋳造工房がある。炉から赤い光が漏れ、金属を叩く音がリズムよく響いている。溶けた鉄の匂いが風に乗って流れてくる。鉄殻(てっかく)の補修部品を鋳造している。関節軸受け、装甲板の素材、ボルトとナット。灰域(アッシュランド)では贅沢品だ。

 ガルドがその工房を見て、表情を変えた。

「ここなら作れる」

 何を作れるのか。カイが問う前に、ガルドは工房の方に歩いていった。



 * * *



 コンラッド・ナルミの執務室は、鉱山事務所の最上階にあった。

 窓の外に露天掘りの大穴が見える。赤い岩壁が夕日に照らされ、血の色に染まっている。執務室の中は質素だ。金属製の机と椅子。壁に灰域(アッシュランド)の地図。棚に鉱石のサンプルが並んでいる。

 コンラッドは50歳の痩せた男だった。鉄鉱石のような赤茶色の肌をしている。陽に灼けたのか、土壌の粉塵が染みついたのか。目は小さく鋭い。人を値踏みする目だ。

「テオ・セヴァルの息子か」

 コンラッドはカイを上から下まで見て、椅子に座った。

「バートンから聞いている。だがテオの名前で何かが動くとは思うな。ここでは鉄と燃料が全てだ」

「何も求めていない。テオの足跡を追っている。ここに来たのはそのためだ」

「足跡、か」

 コンラッドが机の引き出しから、一枚の地図を取り出した。アイアンウェル周辺の詳細地図だ。

「テオ・セヴァルがこの近くに来たのは7年前だ」

 指が地図上の一点を示した。集落から南東に15キロ。旧鉄道の線路跡に沿った場所に、「駅舎」の表記がある。

「旧鉄道の駅舎の廃墟に何かを隠して、そのまま西に去った。それ以降、テオを見た者はいない」

「7年前のことを覚えているのか」

「テオは目立つ男だった。アイアンウェルに燃料を買いに来たが、金ではなく鉄殻(てっかく)の部品で払った。しかも上物の部品だ。グランヴェルト製の関節軸受け。灰域(アッシュランド)では滅多に手に入らない。それだけの部品を持っている人間は、ただ者じゃない」

 コンラッドの目が、カイの反応を観察している。

「テオは駅舎に二日間滞在した。何かを運び込んでいた。大きなものだ。一人では運べないサイズのものを、鉄殻(てっかく)で運んでいた」

 カイの鼓動が速くなった。大きなもの。一人では運べないサイズ。

「何を運んだか、見たか」

「見ていない。テオは夜間に動いていた。だが駅舎に通じる砂利道に、鉄殻(てっかく)の足跡が残っていた。テオの鉄殻(てっかく)の足跡と、もう一つ。足跡のない何かが運ばれた痕。引きずった跡だ」

 ガルドが工房から戻ってきた。カイの顔を見て、会話の内容を察した。

「コンラッド。駅舎の地下に格納庫はあるか」

「あるかもしれん。旧鉄道の駅舎には保線用の地下倉庫がある。テオがそこに何かを隠したとすれば、地下だろう」

 ガルドの目が光った。



 * * *



 夕食をコンラッドの食堂で摂った。

 アイアンウェルの食事はストーンクロスとは違う味がする。鉄分の多い水で炊いた穀物は、僅かに金属の味がする。干し肉は灰域(アッシュランド)の標準的なものだが、ここでは鉱山労働者向けに量が多い。カイは二杯目の穀物粥を平らげた。

「明日、駅舎に行く」

 カイが告げると、コンラッドは頷いた。

「案内は不要だ。道は一本道。ただし、最近あの方角に鉄殻(てっかく)の足跡がある。お前たち以外の誰かが、同じ場所を目指しているかもしれん」

 ゲルハルトだ。

 カイとガルドの目が合った。

「先に着く」

 カイが言った。

 コンラッドは鉄鉱石のような顔で、微かに唇の端を上げた。笑ったのかもしれない。


「テオ・セヴァルがこの近くに来た時、一つだけ頼まれたことがある」

 コンラッドが食堂を出るカイの背中に言った。

「『いつか俺の息子が来たら、道を教えてやってくれ』。7年間、律儀に待ったぞ」

 カイは振り返らなかった。振り返れば、目が赤くなる。

 父は知っていた。いつかカイが来ることを。ここに辿り着くことを。

 旧鉄道の駅舎。そこに、7年間待ち続けたものがある。

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