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鉄殻のケストレル ―灰に沈む世界、鉄に宿る季節―  作者: Studio SASAME
灰を踏む者たち

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|灰域《アッシュランド》の声

ストーンクロスの通信施設は、旧世界の電話交換局を改修したものだった。

 コンクリートの壁に穿たれた配線穴から、太い銅線の束が四方に伸びている。旧式の無線機が棚に並び、手回し発電機が床に据えられている。灰域(アッシュランド)の通信インフラとしては、最も設備が整った場所だった。


 カイ・セヴァルは無線機の前に座った。リオン・アスフォードが隣に立っている。バートン・セオが後方の椅子に座り、腕を組んで二人を見守っていた。


「ラストヘイムとの回線は、中継が一つ必要です」

 リオンが通信周波数の設定を確認しながら言った。セルヴィスの通信士官としての訓練が、こういう場面で活きる。

「直線距離では電波が届かない。丘陵地帯が遮蔽する。中継点はブリッジトンの集落が使えるはず」


 カイは通信機のスイッチを入れた。雑音が走る。周波数を合わせる。ノイズの中から、微かに声が聞こえ始めた。


「——カイ? カイ、聞こえる?」


 タリアの声だった。

 ラストヘイムの通信技術者。16歳の幼馴染。声が遠い。雑音が混じっている。だが聞こえる。


「聞こえる、タリア。中継は繋がっているか」

「ブリッジトンの中継器、あたしが先週修理したやつだから大丈夫。音質は悪いけど、情報は通る」


 カイは通信の音声を部屋に広げた。バートンとリオンにも聞こえるようにするために。


「タリア、これからいくつかの集落に連絡を取る。セルヴィスの動きについて警告したい。中継を維持してくれ」

「了解。どれくらいかかる?」

「分からない。何時間もかかるかもしれない」

「大丈夫。発電機の燃料は確保してある。ロイドに怒られるけど」



 * * *



 最初の通信は、旧ルジェフの集落だった。

 長老ミハイルの声がノイズの向こうから聞こえた。


「セルヴィスが来ると言うのか」

「リオン・アスフォードという元セルヴィス将校が情報を持ってきた。一ヶ月以内に、灰域(アッシュランド)に先鋒部隊が入る可能性がある」

「セルヴィスの軍人の言うことを信じろと?」


 ミハイルの声に、不信と怒りが混じっていた。当然の反応だった。


「信じなくてもいい。だが、少なくとも備えてくれ。食料を蓄え、子供たちを隠す場所を確保してほしい」


 通信が途切れかけた。ノイズが膨らむ。タリアが中継の出力を上げたのだろう、声が戻った。


「……分かった。備えるだけなら、損はない。だがこちらには鉄殻(てっかく)が一機もない。来られたら終わりだ」

「それでも、何もしないよりはいい」


 通信が切れた。



 二番目の通信は、灰谷の集落だった。

 女長リーナの声。


「今さら何を言っている。セルヴィスが来ることぐらい、こちらは三ヶ月前から分かっていた。偵察の汎殻(はんかく)が二度、集落の近くを通った。うちの住民は半数が灰肺だ。逃げることもできない」

「リーナ。せめて子供たちだけでもストーンクロスに送れないか」

「子供たちは親のそばにいたがっている。引き離すのか」


 カイは答えに詰まった。リオンが横から口を開いた。


「灰谷の位置は、セルヴィスの予定侵攻ルートから外れています。直接の攻撃対象にはならない可能性が高い。ですが偵察部隊が通過する際に、冴覚(さいかく)適性検査の対象にされる恐れがあります」

「適性検査?」

「子供に検査を実施し、冴覚(さいかく)の素養がある子を軍に回収するプログラムです」


 通信の向こうで沈黙があった。

 やがてリーナの声が、低く、固く言った。


「うちの子供には指一本触れさせない」


 通信が切れた。



 三番目、四番目と通信を続けた。反応は様々だった。

 「分かっていたが、どうしようもない」という諦め。「そんな情報がなんの役に立つ」という怒り。「ストーンクロスは何をしてくれる」という要求。「うちは関係ない。勝手にやってくれ」という拒絶。


 カイは一つ一つに向き合った。怒りには耐え、諦めには頷き、それでも「少なくとも備えてくれ」と繰り返した。



 * * *



 通信が途切れた後、カイは無線機の前で額に手を当てた。

 3時間の通信で、七つの集落に連絡を取った。そのうち具体的な行動を約束したのは三つだけ。残りは拒否か、沈黙か、保留。


 リオンは窓際に立って、ストーンクロスの街並みを見ていた。石壁の建物が夕日に染まっている。通りを子供が走り、鍛冶師の槌音が遠くから聞こえる。見捨てられた世界の中にある、見捨てられていない日常。


「あなたたちの怒りは、正しい」

 リオンが言った。振り向かずに。


「正しくても、怒りじゃ腹は膨れない」

 カイが答えた。昨夜と同じ言葉だった。


 リオンが振り向いた。二人の目が合った。

 カイの灰色の瞳と、リオンの紺色の瞳。灰域(アッシュランド)の子供と、管区の軍人。立場は違う。見てきたものが違う。だが今、同じ通信室にいて、同じ集落の声を聞いた。


 リオンの唇がかすかに動いた。

「……初めて少し笑えた気がする」

「俺もだ」


 その言葉に嘘はなかった。笑ったというほどのものではない。口元が僅かに緩んだだけだ。だがそれは、昨夜の口論の後では、充分に大きな変化だった。


 バートンが通信室の扉を開けた。

「二人とも。飯の時間だ。シチューが冷める前に来い」


 カイは立ち上がった。リオンも続いた。二人は並んで通信室を出た。肩が触れそうな距離。触れはしない。だが昨日よりも近い。

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