|灰域《アッシュランド》集落連合の結成宣言
ストーンクロスの広場は、旧世界の駅前広場の跡地だった。
旧鉄道のプラットフォームの残骸が広場の東端に横たわっている。錆びたレールが途中で途切れ、枕木が朽ちかけた歯のように並んでいる。どこにも通じていない線路。かつて列車が走り、人々がここで乗り降りしていた時代があった。出張に向かう男が新聞を畳み、子供を連れた母親がホームに立ち、恋人同士が手を振った。今ではその全てが灰色の空の下で朽ちている。灰域の住民が集まる広場として、プラットフォームの残骸だけが記憶を留めている。
朝から人が集まり始めた。
ストーンクロスの住民が大半だが、レイダーズの傭兵や、近隣の小集落から来た人間もいる。アイアンウェルからコンラッドが護衛と共に到着し、ラストヘイムからはタリアが通信中継器を担いでやってきた。ゲオルグは膝が悪いため来られなかったが、タリアの通信機越しに音声を拾えるようにしてある。200人以上が、冬の寒さに肩を縮めながら広場に立っている。
吐く息が白い。灰域の冬は容赦がない。防寒着を重ね着し、頭に帽子を被り、手に手袋を嵌めても、爪先から冷気が這い上がってくる。それでも人々は集まった。バートンが何かを言う。その何かを、聞きに来た。
バートンは広場の中央に立っていた。
旧クレスタ仕込みのスーツに似た上着。灰域では異質な服装だが、今日のバートンにはそれが似合っていた。元管区長が、灰域の広場で、灰域の住民に向かって話す。その立ち姿に、15年間の覚悟が表れていた。
マイクはない。灰域の集会は肉声で行われる。電力は貴重で、拡声器に割く余裕はない。だからバートンは声を張った。55歳の男の声が、冬の冷えた空気を貫いた。
「我々は捨てられた土地の住人だ」
広場が静まった。風の音だけが残った。
「統治機構体は我々を無秩序と呼ぶ。法がない、政府がない、軍がない。だから浄化の対象だと。整理すべき不安定要素だと。彼らの書類の上では、我々は人口ではなく数字だ。管理すべき変数だ」
バートンの声は穏やかだった。だが力強い。怒鳴らない。それがバートンの流儀だ。
「だが我々には秩序がある。助け合い、分かち合い、この灰色の空の下で生きてきた秩序が。ゲオルグがラストヘイムの最初の家を建てた時、法律はなかった。だが彼は隣人と話し合い、壁を作り、屋根を葺いた。コンラッドがアイアンウェルの鉱山を再開した時、契約書はなかった。だが彼は鉱夫たちと握手し、鉄を掘り、食糧と交換した。それが我々の秩序だ。紙の上ではなく、手と手の間にある秩序だ」
住民たちの顔が変わった。バートンの言葉が、一人一人の記憶に触れている。自分たちの暮らしが「秩序」と呼ばれることへの驚きと、それを認められたことへの安堵。
「本日をもって、ストーンクロス、アイアンウェル、ラストヘイムの3集落は、灰域集落連合を正式に結成する」
広場にざわめきが走った。連合。旗を立てるということだ。統治機構体に対して、灰域がただの荒野ではないと宣言するということだ。
コンラッドが前に出た。小柄な体を精一杯伸ばし、右手の結婚指輪が冬の光を受けて鈍く光った。
「アイアンウェルは連合に鉄鉱石を提供する。残殻の補修に必要な部品を、灰域の鋳造設備で製造する体制を整える。我々の資源は、灰域の防衛のために使う」
ボルトが腕を組んだまま、一歩前に出た。声が大きい。マイクがなくても広場の端まで届く。
「防衛体制を構築する。ストーンクロスを軸に、東方の丘陵地帯に防衛線を敷く。各集落から操手と残殻を集め、統一指揮の下で運用する。バラバラに戦えば各個撃破される。一つになれば、持ちこたえられる」
そしてリオンが前に出た。
軍服を脱いだリオンは、灰域の暗色の戦闘服を着ている。長い黒髪を結い上げ、紺色の目が広場の人々を見渡した。セルヴィスの元少尉。脱走兵。灰域の住民から見れば「敵側の人間」だ。視線の中に警戒がある。だがリオンは怯まなかった。背筋を伸ばし、声を張った。軍人の声だ。
「セルヴィスの灰域浄化計画には、公にされていない目的がある」
リオンは書類を掲げた。アイリスから入手した内部文書の写し。
「冴覚児童回収計画。浄化した集落から冴覚の素養を持つ子供を選別し、鋳脈の素材として確保する。過去3年間で14名の子供が保護の名目で回収され、うち3名は既に鋳脈処置を受けた。1名は適合に失敗し、植物状態にある」
広場が静まり返った。風の音すら消えたかのような静寂。
住民たちの表情が変わった。浄化という言葉は既知の脅威だった。だが子供を素材として回収するという事実は、胸の奥を直接掴まれるような衝撃を与えた。子供のいる親たちの顔が強張り、子供を持たない若者たちの目にも怒りが灯った。
マーサ・ウィンターが広場の端から声を上げた。72歳の老婦人の声は、杖をついた小さな体からは信じられないほどよく通った。
「書き残さなければ、誰も覚えていない。私が記録係を務めよう」
マーサは杖を片手に歩み出て、ポケットから分厚いノートと鉛筆を取り出した。娘が編んでくれたマフラーを首に巻き、年齢に見合わぬ真っ直ぐな背筋で、ノートを開いた。今日のこの場の出来事を、灰域の記録として残すために。
カイは広場の隅にいた。
演説する場所にはいない。政治の言葉も、軍事の言葉も、告発の言葉も、カイの口からは出ない。それはバートンの仕事であり、ボルトの仕事であり、リオンの仕事だ。カイにできるのは、ケストレルに乗って戦場に出ることだけだ。
だが、ここにいる。この広場に立ち、この言葉を聞き、この人々の顔を見ている。この場所を守る側に、自分はいる。
ガルドがカイの隣に立った。煙草は吸っていない。ポケットに手を突っ込み、黙ってバートンの演説を聞いている。二人の間の距離は、以前とは違う。嘘が明かされた後の距離。しかし、その距離を互いに受け入れた後の距離でもある。近くはない。だが、隣にいる。
初雪が降った。
灰域の空から、白い結晶が舞い降りてきた。広場の人々が空を見上げた。灰色の空に白い点が散らばり、ゆっくりと落ちてくる。ストーンクロスの瓦礫の上に、旧鉄道のレールの上に、人々の肩の上に、マーサのノートの上に。
焦土紀24年が近い。冬は深まる。
だが灰域は、初めて一つになろうとしていた。
カイは雪を手のひらで受けた。白い結晶がすぐに溶け、冷たい水になった。隣でガルドが空を見上げている。その目に映る雪が、一瞬だけ、遠い記憶を映しているように見えた。テオと共にいた頃の冬を思い出しているのかもしれない。カイには分からない。だが、分からなくていい。隣にいることだけで、今は十分だった。




