ケストレルの生まれた日
レンチを握ったまま、ガルドの手が止まっていた。
ストーンクロスの格納庫。冷えた空気に、油と鉄錆の匂いが沈んでいる。目の前に、ケストレルが立っている。装甲の継ぎ目に、二十数年ぶんの傷がある。
昼間、カイに鋼城のことを話した。テオが設計データを持ち出したこと。自分がそれに手を貸したこと。だが、いちばん古い話は、まだしていない。
この機体が、どうやって生まれたか。
ガルドは目を閉じた。
* * *
大崩落の、末期。
テオの首に素子を埋めて、半年が過ぎていた。あの夏に継ぎはぎの残殻で現れた少年は、十八になっても、骨ばった体のままだった。煤の染みた作業着も、同じだ。違うのは、首の奥で銀の石が息づいていることだけ。
テオには、専用機が要った。
借り物の汎殻では、もう追いつかない。鋳脈で研ぎ澄まされたテオの神経に、規格品の応答曲線は鈍すぎる。機体が、テオの速さを殺していた。
なら、作るしかない。テオの体に合う機体を、一機。
研究棟の裏の、使われなくなった格納庫。そこを借りた。グランヴェルトの目を盗んで、廃棄寸前の軍用フレームを一基、引っぱり出す。アルマナック・フレーム、ナンバー46。旧世界が遺した72機のうちの一つ。猛禽の名がついている。
設計には、三月かかった。
まず、テオを測る。背丈、腕の長さ、足の踏み込み。それから、癖を盗む。
テオが操縦桿を握るとき、手首がわずかに内へ傾く。加速の前に、体が無意識に前へ落ちる。急旋回の直前、左の肩が、ほんの少しだけ下がる。本人は気づいていない。だが体は、いつも同じ角度で同じことをする。ガルドはその角度を、図面に写し取った。グリップの形は、テオの手のひらの窪みに合わせて削る。ペダルの位置は、テオの脚が自然に止まる場所へずらす。
冴覚も、図面に落とした。
テオは計器を見ない。機体の声を、体の芯で聞く。だから、聞きやすいように作る。テオが後ろを左の耳で感じる癖があると知って、音を拾う器官を、その耳のほうへ寄せた。
全部、テオに合わせた。
ほかの誰が乗っても、動かない。テオが乗ったときだけ、生き物になる。そういう機体だ。
廃墟の格納庫で、朝から晩まで火花を散らした。
テオは隅で部品を磨きながら、ときどき手元を覗き込んできた。
「こんな機体、見たことねえな」
「当たり前だ。お前のために作ってる」
「贅沢だな」
「お前の腕に合う機体が、この世にないだけだ。贅沢じゃない。要るから作るんだ」
テオは笑った。冷たいコンクリートに座り込んで、煤けた顔で。
三月目の終わりに、機体が立った。
美しくはなかった。装甲の継ぎ目は粗く、塗装もしていない。寄せ集めの合金が、無骨に組み上がっているだけだ。だがその骨格には、テオの動きが、隅々まで刻まれていた。
テオは見上げて、言った。
「鳥みたいだ」
「鳥だ。隼の一種。ケストレル」
「俺が鳥かよ。飛べねえのに」
「飛べる。これに乗れば」
テオが、コックピットに座った。
操縦桿を握り込んだ瞬間、息が鋭く跳ねた。目が開く。皮膚の境目が消えて、感覚が機体の四肢まで伸びていく。頸椎の石が、鋼の信号をテオの神経に流し込む。設計図どおりに。寸分の狂いもなく。
「……指先が、機体の指先まで、届いてる」
テオの声は、小さかった。
胸の奥が、熱くなった。俺の組んだ回路が、お前の神経の細い枝の一本一本を、なぞっている。これ以上ないほど深く、滑らかに。
なのに、なぜか喉が渇いた。息が、うまく吐けない。
よかったな、と言うつもりだった。声が、出てこなかった。
* * *
初陣の前夜。
格納庫の外で、缶ビールを開けた。安物で、ぬるい。空には星が出ている。旧世界の灯がぜんぶ消えた末期の夜空は、呆れるほど星が多い。
テオが、ふいに言った。
「ガルド。この機体は、俺が死んでも残るな」
ガルドは、口に運びかけた缶を止めた。
「馬鹿言え。お前が先に死ぬな」
「お前が作ったものは、俺より長生きする」
テオは星を見上げて、笑っていた。煤けた顔のまま。
ガルドは、ぬるいビールを呷った。安物の苦味が、舌の奥に残った。
* * *
ガルドは目を開けた。
格納庫の薄明かりの下で、ケストレルが立っている。テオの体の延長だった機体。グリップは、もう削り直してある。テオの手の窪みではなく、カイの手の窪みへ。何より、カイの首には石がない。鋳脈を積まないケストレル。テオには、ありえなかった機体だ。
あの夜の戯言が、本当になった。
テオは死んだ。機体は残った。その上に、いま、テオの息子が座っている。




