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鉄殻のケストレル ―灰に沈む世界、鉄に宿る季節―  作者: Studio SASAME
折れた天秤

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ケストレルの生まれた日

格納庫の油の匂いが、記憶の匂いと重なった。

 ガルドは仮設作業場の壁にもたれ、工具箱の蓋を開けたまま手を止めていた。カイに鋼城(こうじょう)の話をした。テオが設計データを持ち出したこと。自分がそれを手助けしたこと。テオの行動の理由。だがまだ、全てではない。


 まだ話していないことがある。


 ガルドは目を閉じた。

 記憶が、焦土紀(しょうどき)2年の灰域(アッシュランド)に戻っていく。



 * * *



 あの年の灰域(アッシュランド)は、今よりもずっと広かった。

 統治機構体(とうちきこうたい)の勢力圏がまだ確定しておらず、旧世界の都市の残骸がそのまま放置されていた。誰の土地でもない場所。戦争の傷が癒える前に、新しい秩序が上から押しつけられる前の、空白の時間。

 ガルドは25歳だった。グランヴェルトの工業連盟を飛び出し、テオと二人で灰域(アッシュランド)に転がり込んでいた。テオは19歳。少年兵上がりの傭兵で、冴覚(さいかく)持ちの鋳脈(ちゅうみゃく)者で、ガルドの設計したリレー素子を頸椎に埋めた最初の戦闘操手(そうしゅ)だった。


 テオには専用機が必要だった。

 傭兵を続けるなら、汎殻(はんかく)の借り物ではどうにもならない。テオの体に合う、テオのためだけの機体。ガルドはグランヴェルトから持ち出した設計知識と、灰域(アッシュランド)で掘り起こした廃材を組み合わせ、一機の銘殻(めいかく)を設計し始めた。


 設計は3カ月かかった。

 まず、テオの体格を測った。身長178、座高、腕のリーチ、足の踏み込みの角度。次にテオの癖を記録した。操縦桿を握る時の手首の傾き。ペダルを踏む時の足の角度。加速時に無意識に体重を前に移す習慣。急旋回の直前に左肩が0.3度下がること。そのどれもが、コックピットの設計に反映された。


 そしてテオの冴覚(さいかく)

 冴覚(さいかく)持ちの鋳脈(ちゅうみゃく)者は、機体のセンサー情報を自分の体の延長として感じ取る。通常の操手(そうしゅ)が計器を目で読むところを、テオは体で読む。だからセンサーの配置を、テオの知覚の癖に合わせた。右側面のセンサーを0.8度外に傾け、左後方の音響センサーの感度を通常より12パーセント上げた。テオが左耳の聴覚を頼りに後方を感知する癖があったからだ。


 全てを、テオに合わせた。


 廃墟の格納庫で、ガルドは朝から晩まで工具を握った。溶接の火花が散る。金属を叩く音が壁に反響する。テオは格納庫の隅で部品を磨きながら、時折ガルドの作業を覗き込んだ。

「こんな機体、見たことねえな」

「当たり前だ。お前のために作ってるんだから」

「贅沢だな」

「お前の腕前に合う機体が存在しないから作るんだ。贅沢じゃない。必要だ」

 テオは笑った。煤けた顔で、格納庫の冷たいコンクリートの上に座り込んで。


 3カ月目の終わり。機体が完成した。

 フレームはグランヴェルトから流れてきたアルマナック・フレーム。ナンバー46。旧世界が遺した72機の軍用フレームの一つ。コードネームは「ケストレル」。和名で「チョウゲンボウ」。猛禽の中で最も小さく、最も身軽な鳥。

 テオは完成した機体を見上げて言った。

「鳥みたいだ」

「鳥だ。隼の一種。ケストレル」

「俺が鳥かよ。飛べねえのに」

「お前は飛べる。この機体に乗れば」

 テオは格納庫の薄暗い照明の下でケストレルを見上げていた。全高11メートル。灰域(アッシュランド)の廃材と旧世界の合金が組み合わさった一品物。美しくはなかった。装甲の継ぎ目は粗く、塗装もされていない。だが骨格のラインには、テオの動きの全てが設計言語として刻み込まれていた。


 テオがコックピットに座った瞬間、ガルドには分かった。

 操縦桿に触れた時のテオの呼吸が変わった。目が開いた。体が機体と繋がる感覚。鋳脈(ちゅうみゃく)のフィードバックがリレー素子を通じてテオの神経に流れ込み、ケストレルの全身のセンサー情報がテオの体感覚に変換された。


「……すげえ」

 テオの声は小さかった。

「指先が、機体の指先まで届いてる。膝がペダルに触れる前に、機体の膝が動く気がする」

「お前の癖に合わせて操縦系統を調律した。鋳脈(ちゅうみゃく)のフィードバック回路も、お前の神経伝達速度に最適化してある。この機体はお前の体の延長だ」

 テオは操縦桿を軽く左に傾けた。ケストレルの左腕が、同期したかのように滑らかに動いた。テオが笑った。

「ガルド。お前がいると、機体が別物になる」

「お前の腕前が良いだけだ」

 二人の最高傑作だった。


 だがガルドは知っていた。ケストレルに乗るたびに、テオの鋳脈(ちゅうみゃく)が神経を削ることを。フィードバック回路が完璧であるほど、リレー素子は神経組織により深く食い込む。戦闘中にテオが受ける痛覚フィードバックは、ケストレルの性能が高いぶんだけ鋭くなる。最高の機体が、最も速く操手(そうしゅ)を壊す。その矛盾を、ガルドは設計図の段階から知っていた。


 知っていて、それでも作った。



 * * *



 テオが言った。

 初陣の前夜。格納庫の外で二人で缶ビールを開けた時だった。灰域(アッシュランド)の空に星が出ていた。旧世界の光害がなくなった灰域(アッシュランド)の夜空は、呆れるほど星が多い。

「ガルド。この機体は、俺が死んだ後も残る。お前が作ったものは、俺より長生きする」

 ガルドはビールを口に運びかけた手を止めた。

「馬鹿言え。お前が先に死ぬな」

 テオは笑っていた。星を見上げながら、煤けた顔で。


 あの笑顔を、ガルドは今でも覚えている。

 17年前の灰域(アッシュランド)の夜空と、テオの笑い声と、缶ビールの苦味。それが、ケストレルの生まれた日だった。



 * * *



 ガルドは目を開けた。

 ストーンクロスの格納庫。現在のケストレルが、薄暗い照明の下に佇んでいる。テオが乗った機体。テオの体の延長だった機体。今はカイが乗っている。テオの息子が。

 ガルドは工具箱の蓋を閉じ、立ち上がった。

 ケストレルの操縦桿の応答を確認しなければならない。カイの体格はテオとは違う。カイの冴覚(さいかく)はテオとは違う発現の仕方をしている。何より、カイには鋳脈(ちゅうみゃく)がない。

 テオのために作った機体を、テオの息子のために作り変える。それがガルドに残された、たった一つの仕事だった。

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