表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鉄殻のケストレル ―灰に沈む世界、鉄に宿る季節―  作者: Studio SASAME
折れた天秤

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

101/149

フォートレスの朝食

残殻(ざんかく)のコックピットは冷え切っていた。

 リオンは操縦席に座り、計器類を確認していた。トワが用意してくれた予備機。右腕の装甲が別の機体から移植されたもので、関節の遊びが大きい。左膝のアクチュエータが時折異音を立てる。計器パネルの半分が消灯しており、残りも表示が霞んでいる。


 息を吐くと、白い靄がコックピットの中に広がった。

 指先が痺れている。ポラリスなら、コックピットの保温系統が体温を維持してくれた。


 ふと、記憶が蘇った。


 * * *


 フォートレスの朝。

 セルヴィスの中枢都市フォートレスは、三重の防壁に守られた計画都市だ。朝日が舗装された街路を斜めに照らす。等間隔に並ぶ街灯。亀裂ひとつない歩道。遠くの外壁沿いを巡回する汎殻(はんかく)の影が、朝靄の中を横切っていく。


 アスフォード家のダイニング。

 テーブルには白いクロスが敷かれ、セーラが焼いたパンの匂いが部屋に満ちている。コーヒーの湯気が窓からの光に揺れる。ケネスは向かいの席で日報を黙読している。紺色の軍服は、朝食の席でさえ一分の乱れもない。


 リオンは士官学校の課題をテーブルの端に広げていた。戦術理論の演習問題。仮想の灰域(アッシュランド)集落を制圧する最適な部隊編成を答えよ。

 机の上で書いている。灰域(アッシュランド)の集落を「制圧する」最適な方法を。


 玄関のチャイムが鳴った。ルークが迎えに来たのだ。

「リオン、行こう。今日の訓練は野外だ」

 ルークの声は明るかった。士官学校の同期。リオンが数少ない「友人」と呼べる人間だった。


 二人で通りに出る。

 市場を通った。肉屋の店先に豚の腿肉がぶら下がっている。八百屋には冬の根菜が並び、果物屋の棚にはガラス越しに林檎が見えた。管区統制価格のタグが貼られているが、品切れはない。

 医療施設の前を通り過ぎる。予約制の看板が掛かっている。風邪を引けば、翌日には薬が届く。骨を折れば、三日で固定具が作られる。


 それが普通だった。

 リオンにとって、それは空気のように当たり前の風景だった。


 * * *


 記憶が途切れた。

 リオンは残殻(ざんかく)のコックピットで目を開けた。


 灰域(アッシュランド)のストーンクロスには、あの全てがない。

 舗装された道路がない。街灯がない。市場に並ぶ果物がない。予約制の医療施設がない。風邪を引いたら、クレアが手持ちの薬で何とかするしかない。骨を折ったら、自分で添え木を当てる。


 自分が知っていた「普通」は、灰域(アッシュランド)では贅沢品だった。

 フォートレスのあの朝食は、灰域(アッシュランド)の人間が一生手にできないものの上に成り立っていた。


 リオンは操縦桿を握った。

 冷たい金属の感触。ポラリスの操縦桿は手の温度で温まった。毎日のように握っていたから、革のグリップにリオンの手の形が馴染んでいた。この残殻(ざんかく)の操縦桿は凍えている。鉄の管に薄い布を巻いただけの、素朴な代物。


 息を吐いた。

「ここが、今の私の場所だ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ