15.赤い風
僕はまるで呆けてしまった。その光景は、今の今まで想像していた通りだったのに、それがすでに成されていたことに、思考が空回りする。
僕の脇を少女が走り抜ける。
「レグルス! どうしてっ」
「……俺は、親の命よりも、国の利益よりも、国民をとった。それだけだ」
リース、と呼び掛けられた少女は真っ赤な玉座で泣き崩れている。そっくりな二人。残りの標的である双子だ。
「私は、君と、皇女殿下をこの間に入れないために、ここにいたの」
そうか、もう終わったのか。
双子は親殺しではあるが、この場合、ロテリアに従服したと捉えるべきだろう。
すると、返り血を浴びた皇子がこちら側に歩いてくる。表情がない。いや、圧し殺しているのか。ここにいるはずの護衛などはどこにいるのだろうか。
そうだ、皇帝が亡くなったと戦場に伝えなくては。結局、ライラックもそこにいるのだろう。
戦禍の悪魔は、消さなければならない。
「エミルの、お姉様だよな」
「え? そ、そう、ですが……」
僕にはもう、道がない。バラバラになりかけた思考を強引に結び付けて、僕は考えた。居場所、状況、手順。向こうは僕に警戒しない。絶対だ。不満や不安はあるだろうし、心配すらしてくれているかもしれない。
だが彼は、ロテリア王国からしたら、『化け物』、多くの仲間を奪った死に神だ。
「オリガと言うエルフと一緒にいる。城下町に」
「オリガ? あれ、その子って確か……」
オリガ、ゼシカの弟だ。そっくりな顔の、可愛い男の子。確かアスパティ市学園にいると思ったけれど。
そういえばあの子は、ものすごい治癒魔術師だった。あの場所にいたら戦場に引っ張り出される可能性もあったのか。
「あ」
他の方法。
「え? どうしたの」
「あー、うん。えっとなぁ」
不思議そうな顔で僕を見ていたアリスティさんに、
「オリガを見つけてといてや。んで、出来れば戦場の側に待機」
「え? ここでの足止めは?」
「いらん。時間がないから至急頼むわ」
「りょ、了解」
何だか訳が分からない、という顔のまま彼女は駆け出した。一応、僕のことを信用してくれているらしい。恐らくは、ゼシカから聞いているのだろう。
次はこっちだ。
「ミキナ、いるんやろ」
「……どうして」
どうしても何も、一番僕を恨んでいるのは彼女だろう。粗方、僕が裏切ったか何かするのを待っていたはずだ。
「伝言、頼まれてくれへんか? もう皇帝もいない。僕も裏切りようがない」
「分かりました。誰へですか」
「ゼシカとライラック。ゼシカに届けばどっちでもええわ」
「ライラックさん」
短い文章を告げる。ミキナは何度か反芻し、窓から消えた。ここ、かなりの高さなのだけれど、諜報と暗殺を専門とする部隊の人間らしいし平気なのだろう。まるで半獣のようだ。
この場に残っているのは双子とイリーナ、そして皇帝の遺体。皇女はもう泣き止んでいて、泣き腫らした顔はしていたが、じっとこちらを見ていた。
「で、俺らは何をすればいい」
「お、皇子さま、何を言って……」
「ヴィクトル」
気が進まないけれど、と心の中で呟き、決意していることを覚悟した。言葉を待つ三人は、戦闘能力はそこそこ位だが、皇族と侯爵家、つまり言葉に力が宿る。
そして僕は、道を示した。
××××××
天からの爆撃と地上の雑兵。どちらも見ると言うのは大変で、しかも他人まで守らなければいけない。
投げ出したい。逃げたい。怖い怖い怖い。俺は死ぬのが怖いし、人を殺す自分が怖い。
爆撃なんて避ける他無いし、出来ることと言えば、ゼシカに近付く敵兵を残らず狩ることのみ。
「ゼシカ! まだかよ!」
「距離……魔力量、少し……足りな、い……」
様子がおかしい。集中しているとかではなく、声の出し方がおかしい。相手をしていた敵を凪ぎ払い、振り向いた。
そこには、輝く大きな魔方陣が浮いていた。彼の背中にあったやつだ。俺に背を向けたまま、ぶつぶつ呟きながらゼシカは全員分の魔力を練り上げていく。
赤い物が滴っている。
「ゼシカ!?」
気配を感じ再び前を向く。ロテリア製の機械兵器は頑丈で、火も吹く。しかもエルフが動かしているものは、数人では太刀打ち不可能だ。今はまだ、こちらまで来ていないが、向こうの本陣が破られたら来るかもしれない。
遠くから低い音が近付いてくる。
「来るぞ! ゼシカ!」
ぐんぐん近付いてくるあれは、どう見てもゼシカを狙っている。周りの味方であるロテリア兵まで巻き込むと言うのか。そろそろ爆撃範囲内に入ってしまう。俺の悲鳴に近い怒鳴り声にすら、反応しない。
「……起動」
巨大な魔方陣の上に光る線が現れた。それは大地の向こうまで続いている。聞き覚えの無い呪文だった。俺が魔術師ではないからかもしれないが、学園でも戦場でも聞いたことの無い言葉の羅列が高速で紡がれていく。
その瞬間、地上から電撃とも放火とも言えない光りが天へと突き刺さった。
空飛ぶ機械を貫いた。
歓声が響く。その機械が与えたシャルル軍へのダメージは絶大だと思う。次が飛んでくることがない様に祈るばかりだ。
「ライラックさん!」
「え、ミキナ……?」
ロテリア人の彼女は、ロテリアの兵だったはずだ。武器を向けるべきか、躊躇するが、彼女は俺に得物を向けていた味方を切り捨てた。
「伝言です。ゼシカさんにっ」
「なん、ですか……?」
鳴り止まぬ雑音、悲鳴と怒号のなかで、俺は怒り、ゼシカは笑った。
ミキナはゼシカに助太刀すると、俺のとなりに並ぶ。ああ、もう訳が分からない。放り出してしまいたい。
「では、その前、に……済ませな、いと」
追って視線を上げれば、新たに空飛ぶ新兵器が迫っていた。
再び辺りに光の線が現れた。
「魔方陣、こんな、大きいなんて」
「まさか……」
地上から流星が飛び立ち、奴等の兵器を追う。振りきられた星は、一瞬空中で止まった後、急降下し始めた。
それはまるで先程までの爆撃のように敵兵を混乱させ、多少の仲間を巻き込み、吹き飛ばす。
「なにしてんだよ! 仲間を、仲間を殺すのかよ!」
振り向かせようと肩を掴むと、電流が流れ込んできた。慌てて離すと、ゆっくり振り向く。彼の片目が、赤く染まっている。もう片方も、焦点が定まっていない。
「もういい! 休んでろって!」
「……痛い」
「は?」
「痛いって、いってるんだよ。お前なんだよ、なに言ってん、ですか」
「え、え?」
「……はやく、早く、俺の役目を」
「ゼシカ?」
「はやく、ころしていいやつを……体が、痛い、嫌だ……痛い痛い痛い痛い……」
あ、やばい。
キレたゼシカは何度か見たけれど、混乱して怖がってるのは見たことがない。どうしたらいいか、分からない。
辺りに光の雨が降り、敵兵が逃げ惑う。よく見れば、どうやら初め味方の軍が陣を作った場所には落としていないらしい。
その時、違う色の光が空に上がった。それはいくつも空に現れ、ゼシカの光と混ざる。
降伏の合図。
動揺する将校たち、おもむろに戦いをやめ、武器をおろす兵士たち。目にはまだ殺意を宿した彼らの間を知らせが駆け回り、戦意を消失させていく。それはすぐに俺たちのところまでやって来た。
あと少しか。
「なぁ、ライラック」
「なんだよ」
「誰を、殺していいんですか?」
思考が停止した。
ネジが飛んでいやがる。無理しすぎてバカになったのか。
ゆらゆらとロテリア兵の方へ歩みを進める。その腕をつかんだら電流が体内を駆け巡った。弾かれる。振り返ったゼシカが、笑った気がした。
強烈な光、爆発音。それはじりじりとロテリア兵に近づいていく。誰も、そこまでやれとは言ってない。シャルル兵が動揺し、ロテリア兵が恐怖した。俺は、無様にも感電して動けない。
声をかけようと傍らを見上げると、側にいたはずのミキナはいなくなっていた。
「ば、化け物……」
ゼシカの周りに数個の魔方陣が現れた。ロテリア兵のエルフたちが一斉に魔術を使い始める。天を駆ける機械兵器もゼシカの上空へ向かっている。
一瞬は永遠のようで、弾ける寸前だった。俺の傍らを、赤い風が通りすぎた。それは真っ直ぐ彼へ向かって、鈍く光る刃がその背を貫く。
弾けて生まれたのは静寂だった。
「ナイス、タイミング……せん、ぱ……」
静かになった戦場で、空気だけが魔力に揺れている。




