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無音の魔術師  作者: 芹沢桐花
第三章 英雄
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8.短い旅の始まり

 本気でどうしていいのか分からない。

 ただ、放置するわけにも行かない。

「何の騒ぎですか」

「あー、あの子がな、帝都に行きたいんだと」

「行けばいい」

「見てわかるだろ? ロテリアの脱走兵だ」

「…………」

 何故かフィロさんの帽子をかぶっている。武器は手に持たず、背負っていた。

 あんなに小さかっただろうか。

「フィロさん! 騒ぎにならないようにって言ったくせに!」

「無理だろ、女の子だから」

 アレクセイが言っていた。ロテリアから、先輩と俺を殺しに来ると。

 どう考えても、彼女がそうだ。

 肩の長さまでに切り落とした髪が、勿体なくて、ため息が溢れた。

「で、誰が依頼を受けるんだ?」

 男どもは顔を見合わせた。

「フィロさん」

「おう、どうしたんだい?」

「俺が行こう。一度、帝都には行きたいと思っていた」

 ふざけるなよ新入り、と怒鳴る声は無視。

 フィロさんの隣のアリスティを見た。俺に気付いた様子はない。

「いいのか」

「平気だ」

「フィロさん、この人は……」

「あー、こいつは……」

「ウォルテ」

 アリスティはまじまじ俺を見上げてから、フィロさんと交互に見る。

「フィロさんの、……恋人ですか?」

「はぁ? あなた、何言ってるんですか」

「おい、言葉遣い」

 待てよ、何故俺が彼の恋人だ。

 確かにどちらかと言えば可愛い方の顔をしているが、何処をどう間違えたら──

「私が何か?」

 察した。

 言わないでおこう。うん。

 アリスティは落ち着かないのか、そわそわとしている。良く見れば砂だらけだ。

「フィロさん、取り敢えず休ませたらどうだ?」

「あ! 疲れていたよね、すまない、私の部屋でよければ思う存分くつろいでいいぞ」

 分かってみれば、確かに女だ。

 俺と出会う女性は逞しすぎやしないか。

 金髪は俺を見て緊張した表情で、

「よろしく、お願いします……」

「ああ」

「…………」

「何か?」

「あー、いや、なんか知り合いと雰囲気が似てて」

「へえ」

 どうしろと言うんだ。

 神は俺に正体を明かせと言っているのか。それともこのまま耐えろと言うのか。

 他に何を答えろというんだ。しかもなんか笑顔になってるし、すこぶる腹が痛い。


××××××


 結局、魔方陣が使えなかったのは怪我したところが治った際にずれたからだと分かった。

 つまりどうしようもない。削って、治るのを待ってから書き足せば治るかもしれない。全部がダメになった訳ではないからまだマシだが、お気に入りの雷魔術が使えないのは痛い。

「さて、準備だな!」

「勝手に入ってこないでください」

「君、なんか冷たくなったぞ」

 フィロさんは大きな鞄を床に置くと、近くの椅子に座った。

 駄目だ。女に見えない。

 いや、所々それらしいところがあるが、それでも女だと断言できる程のものでもない。

「取り敢えず、食料とお金、火の準備、布団替わりのものさえあればなんとかなるだろ」

 適当だ。

 だが、生き物、食べるものさえあればなんとかなるというのは同感だ。それが楽だろうがきつかろうが、戦場よりずっといい。

「アリスティはどうしてますか」

「仮眠中。支度が終わったら打ち合せしたいから起こせってさ」

「起こさなくていいです。どうせ起きませんから」

「え?」

「自然に起きるまで起きません」

「……なんで知ってるのさ。知り合いなのは分かるけど」

 説明は面倒くさいが俺は取り敢えず話した。

 俺が元々使用人で、彼女の家にいた事、彼女は自由奔放で訳が分らない事、二人の兄、同じ使用人の少女の事。

 フィロさんは途中まで楽しそうに聞いていたが、俺の失態を話さず、話を不自然に中断したことで不機嫌そうな顔になった。

「何かあったの」

「どうでしょうね。少なくとも俺は、自分が幼くて自分本位のくだらない奴だって自覚しました」

「どうして、離れたんだ?」

 何故だろう。

 離れる気はなかったと思う。離れるという選択肢はなかったと思う。

 ただ、あの時俺が立ち止まっただけで。

 俺は答えなかった。

 だから、フィロさんもそれ以上は聞いてこなかった。


××××××


 私は帝都につくまでに決意を、覚悟を決めなくてはいけない。

 ヘンリーは優しすぎるのだ。仲間にはとことん優しい。だから私に言わなかった、殺して来いと、帰ってこなくてもいいと言った。

 団長失格だ。

 それがヘンリーだった。

「帝都まで行くだけでいいのか」

「あ、はい。そこからはなんとかします」

「じゃあ、普通の町娘の服がいるな」

「なんで?」

「牢獄行きだろ」

 雰囲気が懐かしい。話し方が少しキツめな気がするが、彼だってそうだった。

 ゼシカみたいな人。だけどゼシカより背が高い。声の高さは似てるけれど、曖昧で似てるかはわからない。

 私って薄情なやつ。

 あんなに世界の中心だった人の声はもう、思い出せない。

「アリスティ、聞いているのか?」

「……え」

「な、なんだよ」

 名前の呼び方がそっくり。

 少しだけトーンが下がるところとか、呼び捨てなところも。

「何でもないよ」

 たくさん話をしてみたい。

 ゼシカと違うところを、見つけたい。

 そうしないと、いけない。

 彼は、口元だけで疑問を示す。仮面をつけていて表情が読めないが、顔に怪我をしているらしい。

 まだ若いのに顔を隠さなければいけないほどの怪我は一体なんなのだろう。暑くなるこの時期に、可哀想だ。

「もう行くのかい?」

「フィロさん。とりあえず支度は整ったんで。世話になった」

「ま、暇なときに戻ってきな。厄介事も大歓迎だぞ」

「気が向いたら」

 気が向いたら、か。

 私は二人の会話をなんとなく聞きながら、音にイライラしながら顔に出ないように思考を始めた。

 ここは戦場ではない。

 大丈夫、大丈夫。ここの人はいい人たち。人殺しなんて誰もいない。

 私以外。

「大丈夫、私は、大丈夫」

 伝えなくてはいけないのだから。

 彼は、行くぞ、とつぶやくと歩き出した。私もそのあとに続いて、巨大要塞を後にした。

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