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無音の魔術師  作者: 芹沢十嘉
第三章 英雄
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7.変な奴

 奪い返すのが、僕らの使命だった。

 この国の村、町、国民たち。ロテリアに奪われた、全ての物が対象で、僕は、捨て駒で。

「ヴィクトル、顔色悪い」

「気のせいや」

 前を見ろ、振り向くな。奴を見つけるまで生きろ。

 僕は強い、誰よりも、何よりも、大丈夫、強い、負けない、僕は強い。

「町に残ってる向こうの戦力は大したことねぇから、増援が来る前に取り返せって」

 向こうに街が見えてきた。ここは無抵抗で空け渡されたらしい。シャルル人が多く残ってるはずだ。

 ロテリア兵は第一防衛線に多くの戦力をさき、各町村にそこそこの兵を置いているらしい。残りはエルフの住んでいた白き森だとか。

「おい、ヴィクトル?」

「……なあ、もしここにいなかったら」

 奴は来る。

 必ず、僕を潰しに。

 その日をひたすら待ち続けている。

「あー、気にせんでええわ」

「ヴィクトル、気を張り過ぎだぞ。張らない奴らもポンコツだけどな、そんなガチガチじゃ動かない。俺が手伝うから、それ」

「それって」

「なんか、あるんだろ? 目的とかなんとか」

「ライラックって、変人やんなぁ。ゼシカもそう。君らみんな変。ほっとけばええのにわざわざ、アホや」

 ライラックは何も言わなかった。

 ただ、不機嫌そうな顔できっとオーラは真っ黒だ。なんだかんだでまだ小さいライラックだ。拗ねているだけだろうけど。

 こんな居心地のいい場所は、捨てていきたい。

 槍を握り締め、息を吐く。確かに体まで強ばっていた。魂は鋼のごとく、ただし身体は柔軟に。

 最高の状態で、守れる人は守って。

 そして、

「赤髪の魔法使い、知ってるか」

 まるで仇に会ったような、兄弟と再会したような表情で、

「長い槍を持った、弱い奴」

 優しい方の、話が。

 ライラックは僕を見て、黄昏、と呟いた。

 そういえば、前にも何度かそう呟いていることがあった。名前だとは思わなかったが、もし呼び名だとしたら。

「ライラック、それって」

「知っているか」

「多分、思い浮かべとるんがそうなら」

「ん。あんたらって変」

「な、急にひどいわぁ」

「変なのはお互い様だろ。馬鹿が」

「……」

 してやったり顔で、ライラックは久しぶりに楽しげに笑った。


××××××


 町は呆気なく取り戻せた。

 シャルルの兵は士気が上がるどころか呆然としてしまって、町はやけに静かだった。

 死ぬ気で来たのに楽勝だった、これなら全て取り戻すのも楽勝だ、気張る必要ない。

 そんな声が聞こえてくる。

「油断してたら……」

 駄目だ。

 気を張りすぎはダメだと言ったが、緩みすぎだ。戦闘に備えていないやつすらいる。

 久し振りに美味しい肉を食べて、俺は立ち上がった。

 ここは、ヴィクトルが一人で落としたようなものだった。そいつは今、疲れ果てて寝ているはずだ。というか、無理やり寝かせた。

「なあ、ライラック、向こうで今……」

「ここは敵地みたいなもんだろ。何腑抜けてんだよ」

「お前さ、武器握ると酷い顔するよなぁ」

「あんたらは武器を握っても間抜け面だぜ」

 誰かいないのか、まともな奴。

 ああ、でも俺もまともじゃないか。

 俺は街を抜けて、近くの木に登る。隣町まではかなりの距離があるはずだ。この辺りはささやかな林になっていて先が見えにくいが、林を抜けた先は砂と土の大地だ。間から見ることができるし、向こうからはこちらはもっと見えにくいだろう。

 何かが来たら、俺が合図を送って、俺が時間を稼ぐ。

「もし、で止まってればいいだろ。ったく」

 向こうに、土煙が見えた。俺は支給されている発炎筒に着火。しゅうしゅうと赤い煙が吹き出る。

 武器を手に握ると、近くの岩に身を隠した。その方が少なくとも、時間稼ぎにはなる。

 息を殺して、あの日のように岩の陰で、今度は敵を討つために。何分経っただろう。町の中はざわざわと揺れていた。慌てて用意したのだろう。楽勝だと思っていた奴らの動揺した面を拝みたい。

 何も考えなかった。

 俺は一歩横へ、そして、目の前の地面をえぐり槍が刺さる。気配は上からした。

「な……」

「よけたか」

「あ、赤髪」

「……」

 俺の隠れる岩の上に奴はいた。

 ヴィクトルにも黄昏にも似た、だけどどちらにも似ていない男。

 引き抜くのかと思いきや、槍を起点にそのまま踵を振りおろして来る。それを横に転がって避けると、視界の片隅に素早く動く鉄が見えた。

「ヘンリーは街の中に入ったら? 私が相手するから!」

「任せる」

 彼女は、兵士にあるまじき、拳に鋼の防具をつけたものを武器にしただけで俺の前に立っていた。

 実質、彼女の相手のみでは済まないだろう。

「拳同士で語り合おうか、猫ちゃん」

 俺は拳じゃないけどな、似たようなものかもしれないけれど。

 日が暮れる。

 易しい戦いにならないことだけは分かった。


×××××


 ここはなんと平和なのか。

 両軍が来ることもなく、放棄されている土地。

「あれが、ギルド?」

 大きな建物。まるで要塞のようだ。

 最後のパンを飲み込むと歩く。

 途中まで馬と一緒だったが、川を渡ってからは歩きだ。

 兵士だと狙われるのも、変に目立つのも嫌だ、とかいう言い訳を繰り返すが、単に早く着きたくなかっただけ。

 要塞からは絶えず馬車やら人やらが吐き出され、目立たないのも無理な感じだ。取り敢えず、中立というより平等だと聞いたから、殺されることはないはずだけど。

「おーい、そこの人! 旅のお方!」

「……?」

「君、我らがギルドにおいでかな?」

 出た、変な人。中性的な顔つきのかっこいい人だ。腰に下げているのはかなり小さいが、銃だ。

「多分?」

「ありがとう。お嬢さん」

「えっと?」

「ここさ本当むさ苦しくてさ、倍の歓迎するぞ」

 目立ちたくはないのだが。

 私の思いを知ってか知らずか、その人は少しハスキーな声で笑った。

「私はフィロ。安心してくれ。同じ女だ」

 大地に額を叩きつけたくなった。

 フィロさんに聞くと、ここは確かに《ベルネッド》だった。シャルル帝国内の独立要塞、傭兵の帰る場所、厄介事の掃除屋。

 このギルドは、ただの商人が集まってるわけではない。

「しっかし、お嬢さん、君みたいな子がなんだってここに来たんだい? 下手な街よりかは安全だが」

「人探しです。私、ロテリアに住んでいて、戦争が始まってしまったので……」

「あー、たまにいるな。だけど、うん」

「ん?」

 フィロはため息をつくと言った。

「流石にエルフで、兵士は来てないけどね。あ、偏見じゃなくて、悪目立ちするかもなって」

 フィロはそう言うと私の頭に帽子を被せてきた。耳まですっぽり入ってしまって聞こえにくい。

「金髪がいないわけじゃないし、耳さえ隠せば押し通せるだろ」

 短くなった金髪は、まだ少し首に擦れてくすぐったい。


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