5.案内
相当傷が酷かったが、特に何も思えなかった。確かに痛いし、動きにくいし、不便極まりなかったが、そうであってもただそれだけで、何も思わなかった。
ここは結構多くの人たちが出入りしていて、昨日いた人がいなくなっていて、知らない人が増えていたりもする。
「な、ゼシカちゃんよ」
「…………」
「いい加減寝てくれよ。熱があるんだろ?」
「これくらい、問題ありませんが」
「ふらふらしてんじゃねーかよ」
確かに傷は一度塞がった。
だから出ていこうとした。ここまでは問題なかった。だが、まだ怪我治ってねーだろ! というカノープスの声に反応したフィロさんが俺を引き留めたのだ。
「フィロ呼ぶぞ」
「寝ます」
「は、入っていいか……?」
「残念ながら元凶が来たようだぜ」
控えめにドアが開き、軽くトラウマになった男が顔を覗かせた。胃がきゅううっと縮むのが分かる。
俺は布団を被ると警戒だけは怠らずに、背を向けた。
「フィロ、ずいぶん怖がられているようだなぁ」
「あっははは……、あー、でも、まさかあそこまで弱いとは思わないだろ?」
「フィロ」
「わかってる。……私が悪かった。吹っ飛ばしてすまない。そんでもって塞がった傷口開けさせてごめん」
俺は体を起こして、素直に謝ってきたやつの中性的な顔を眺めてから口を開いた。
「別にいいですよ。どうせ俺はすぐに怪我して倒れるような奴ですし、もう慣れましたよ」
「……本気で怒ってんぞ。怖いなぁ」
失敬な。しっかり笑顔だ。多少恨みがましい声が出たが、些細な問題だ。
言われた本人は、なんというか顔が青ざめている。表情に出ていないのは流石だが、顔色はどうにも出来ないものらしい。
「それとは別に、話がある」
フィロさんは青い顔のまま、表情を強ばらせた。余計に酷い顔だ。まぁ、どう考えても良い内容ではないだろうことは分かる。
カノープスが俺のいるベッドに腰掛け、彼が座っていた椅子にフィロさんが座った。
「ゼシカ、君は身を隠した方がいい」
「そうですね」
「あれ、驚かないのかい?」
「まあ、だからここにいるんでしょうし」
フィロさんは持っていた大袋から、外套やらゴーグル、お面、服など取り出していく。
「君はロテリアでは外敵として狙われているようだ。シャルルでは重要な戦力として保護するよう言われている」
「もし依頼が入ったら、それを請ける奴も出るだろうな」
「そうだ。だから君には変装してもらう」
「……もうみんなに会ってしまったのですが」
「大丈夫。ゼシカはもう出ていったことになってる。今ここにいるのは行き倒れていた旅人さ」
「吹っ飛ばされましたが?」
「あー、ぶちギレて去っていったっていったら納得されたね」
俺に対する印象がよくわかった。
それはさておき、つまり俺はこの服を着て顔も隠して、身を隠せということだ。
ゴーグルはしない方がいい気がする。
「フィロ、ご苦労様。じゃあこの怪我人を旅人にするから外出てな」
「見張っとくぜ」
フィロさんが部屋を出て、カノープスは衣服とにらめっこを始めた。
「お前は寝とけ」
確かに寝た方がいい。まぶたは重く、傷は痛く、頭はぼんやりとして、意識もふわふわしている。
このまま全てが朦朧として、消えれば楽なのに。
×××××
すっかり、とは言い切れないものの、怪我もよくなった俺はギルド内を案内してもらっていた。
「ここはシャワールーム。間違えても女の方には入るなよ?」
「当たり前です」
「ここの女は強い。無傷で返しては貰えないだろうな」
そっちの意味か。
とは言っても、強い女なら学園で散々見てきた。彼女たちが数倍強くなった様子を思い浮かべればいいだろう。
「………………」
近寄らないようにしよう。間違ってでも、絶対。
フィロさんはそれ以外にも食堂や武器庫、ギルドマスターの部屋や上級メンバーたちの部屋がある一角など、案内してくれた。
歩いてみて分かるが、ここはかなり広い建物のようだ。
「ここが依頼の掲示板。このギルドへの依頼や連絡などが適当に貼られている。はじめはここから探して仕事をするのさ」
「へぇ」
「で、どれにする?」
「…………は?」
「君はどんな仕事がしたい? 大体は商人だから商品の依頼だけど、ご所望なら獣やら盗賊やら狩れる」
「いや、待ってください。何故、俺が?」
すると、大袈裟なため息をつかれる。
「身を隠すのだろう? シャルルにもロテリアにも行けないと来たら、これはもう留まるしかない。でも生憎君を養う余裕はないのさ」
「食いたければ働け、さもなくばのたれ死ねと」
「分かってるじゃないか」
「雑用で」
「はい?」
「依頼は面倒なので、ここの従業員でいいです。掃除洗濯食事の用意、壊れた家具の修理でも構いませんし、野菜でもなんでも栽培します」
フィロさんは驚いたような顔で俺を見て、悟ったように声を漏らすと、俺の肩に手を置いて頷いた。
そして、しばらく掲示板を眺めてから一枚の紙を剥がすと振り返る。
「あ、あの……フィロさん……?」
一歩後ずさると、手首を掴まれた。
「ひっ」
「逃がさないよ、コミュ症クン? 君はどうやら積極的に他人と関わる必要がありそうだね……?」
「え、ええ、遠慮します」
「大丈夫、すぐに慣れるよ」
「無理です怖いです、あなたが怖いです」
「あの件はすまない。でもそれこれとは別だ。承諾するまで離さないぞ」
何がなんでも逃げるしかない。
俺は掴まれている手首と目的の魔術の魔法陣に意識を集中させ、魔力を込めた。
しかし、変化がない。
そして、嫌な予感しかない。
「ん?」
「離れてください」
「だから無理って……」
「魔力が、爆発しますからっ!!」
魔力の暴走だ。不器用にも程がある。
俺は自分の腕から顔を守るようにして俯いた。腕を掴んでいる力は緩まず、そっと顔をあげると、俺の腕をのんびり眺めていやがった。
こののんびりマイペースっぷりは、誰かを見ているようで気分が悪い。
「早く離せ……!!」
何か大きなものが弾けるような音が響き、うるさかったギルド内は静寂に包まれた。
どうやら俺の叫びに反応したギルドの魔術師たちのお陰で、建物と、この掲示板には傷ひとつつかなかったらしい。代わりに氷やら炎やら土やらに囲まれて酷く汚れたけれど。
「私を巻き込むな! このヘタクソ共!」
そして、手を離すのは間に合ったものの一緒に魔術の壁の中に入ってしまったらしいフィロさんは、俺の腕と同じくらいに汚れまみれだ。
「ゼシカ、魔術師だったろ?」
「まあ、一応」
「失敗したよな」
「ええ、まあ」
魔力の移動までは大丈夫だった。だが、魔術に変換できなかった。魔法陣が切れてしまっているのだろうか。さすがにここでは確認できないが、それか、使い方を忘れたか、だ。
「仕方ない。……取り敢えず、掃除頼んだ。それで今回はよしにする。夕飯は私の奢りだぜ」
フィロさんは手をひらひら振りながら行ってしまった。多分、報告に行ったのだろう。
「…………はぁ」
情けない、としか言いようがない。魔術をとったら俺には何が残っているというのか。
××××××
何故あれは、いつも騒ぎを起こすのだろう。
あいつのせいでないのは分かりきっている。不幸な奴なのだ。すぐに巻き込まれ、傷付く。
「何があったんでしょうね?」
だが、こちらの身にもなってほしい。野次馬根性丸出しの相棒をもった俺の身にも。
騒ぎがあれば、中心か少し離れたところに彼はいるような気がする。今は上手く避けているが、時間の問題だ。
「……なんか、旅人の誰だかが魔術を失敗したみたいですね」
「へぇ、そうなの」
「はい。なんかまだ本調子じゃないみたい。ほら、この間保護されたっていう」
「あー、はいはい。分かった」
あの野郎。やっぱりまだいたか。
メリアちゃんは何も気付かないらしく、掲示板から紙を取ってきた。
その時見たが、ゼシカにしては身長が高く、顔は隠されていて、手足も服や布で覆われている、という怪しい男がいた。
「まだ、成長期だったのか」
「誰が?」
「ん? 俺」
「なに言ってんですか。そんなわけ無いでしょ。そんなこと言ってないで行きますよ!」
「キリキリね」
「ギリギリですから」
そうだ、俺だって割りとギリギリだ。向こうさえ隠れてくれるならこっちは儲け物だが、幼馴染み相手にどこまで隠せるのかが問題だろう。
片目が見えないからと言って、油断しては行けない。
「今回はどんな依頼なの?」
「機械の部品を運んでほしいそうですね」
「じゃあ、ロテリアからか」
「そうですね。でも届け先はシャルルです」
「うわ、面倒そう……」
いざとなったら、俺がゼシカに会いに行くしかない。




