4.怪我人
目を覚ました瞬間、またか、と思った。
俺はどうやら誰かに助けられる傾向にあるようだ。知らない天井に匂い、男たちの声。子供の声は聞こえない。
「あ、起きたな」
「…………」
「よう久しいな。元気にしてたかって、んな訳ねえな」
誰だったか。このオジサン。
へらへらした気分の悪くなる笑みを浮かべて、彼は俺を眺めていた。
窓の外は暗い。部屋の光源は机の上にあった。
「ここは?」
「俺たちのギルドさ」
「……俺は商品ではありませんよ。売っても損しか無いと思いますが」
「売らねーよ!」
「では、何故助けたのですか。俺は一文無しの上、怪我人ですよ。あなたになんの利益もない」
「……依頼だからな。あんたの怪我が治るまでは面倒を見るってな」
「物好きですね」
「恩人だぞ? 敬い感謝しろ」
「頼んでません」
「生意気なぼうずだな」
そう言ったこの男に見覚えがある気がする。
ギルドという話で思い浮かべるのはもちろん行商人だった。アリスティの憧れていた自由に旅をする人達。
行商人のギルドなんて、いくつ存在するかなんて考えてもいられない。
「で、あなたは?」
「……は?」
「誰なのか、聞いているのですが」
「……」
すると見るからに驚いたあと、苦そうな顔をして俺を見た。何か不味いことでも言っただろうか。
すると彼は机の上から何かを持ち上げた。それをよく見ようとだるくて重い体を起こす。
「こいつを売ったのは俺だぜ?」
それは、俺がなかなか使いこなせないあの改造拳銃だった。
「ああ、あの時の」
「そうそう」
「誰だか」
「カノープスだ! カノープス!」
「そうでしたね」
あの時のおじさんは大して変わったところもないようだった。といっても記憶はおぼろげで、曖昧極まりないけれど。
「で、ちゃんと使えてんのか? このバケモンみたいな拳銃」
「はじめは、肩が脱臼したり、反動で顎を打ったり酷かったですけど」
「ほう、はじめは、か」
「命中率は低いですが」
なんだか腹部が痛い。
俺はさりげなく手をやった。
「まあ、あの戦場を生きていたなら強くなったんだって分かるさ」
ズキンと痛みが走る。
「戦場」
そう言えば何故ここにいるんだったか。大きな怪我をしたからだ。なぜ怪我をしたんだったか。刺されたからだ、剣で、体を、背後から。
誰に。
「…………」
「ゼシカ?」
「ははっ、ああそうか。俺は」
味方に、殺されかけたんだった。
さて、あの後どうしたんだったか。確か焼いて止血した。側に誰かいたな。
「猫はどうしたのですか」
「ああ? あの子なら戦場に帰ったぞ」
つまり、依頼したのはライラックか。
止血した辺りからの記憶が飛んでいた。何か、強い感情があった気がしたのに。
ズキズキと痛み出す。まるで感覚を今まで忘れていたかのようだ。
「お前さ、暴走させただろ。魔力が不安定だからそろそろ休め」
「……あ」
そうだ、何か無性に殺さなければいけないものがあったんだ。
××××××
しばらく寝て、次に起きると太陽が昇っていた。窓の外は明るく部屋のなかは薄暗い。
俺は立ち上がると、部屋の外へ出た。
「おおあんたもう良いのかい?」
「腹減ってないか? こっちに来な」
二階だったらしく彼らについて下へと降りると、広い空間に出た。広いには広い。があまりにも人が多く、空間的には狭いかもしれない。
やがて端の方にある席に座った。
「君、知っているか」
「何がですか」
「ほぼ一週間飲まず食わずだぞ」
「え、い、一週間ですか」
「ああ。全く、目を覚まさなかったら無理矢理流し込んでいたところさ」
そう言った男はハスキーな声をしていた。
俺よりは年上だろうけれど、体は小柄だ。見たところここではかなり若い方だろう。雰囲気は明るく、暗い俺とは輝きがまるで違う。
一方、部屋を出てすぐに話しかけてくれた男は今はもういない。どこかへ行ってしまったらしい。
「ゼシカっていうんだったね。私はフィロだ」
「はあ」
「そこはよろしく、だぞ。少年」
「……よろしく、お願いします」
「ああ、分からないことがあったら何でも聞いてくれて構わない。私がいつでもいるとは限らないから、フィロの名を出して構わんよ」
そう言って軽い足取りで去っていった。
ここの奴はみんなあんなんなのか。カノープスといい、フィロさんといい。
俺はお腹を押さえた。このキリキリする痛みはもしかしなくても、怪我による痛みではなく空腹から来るものなのか。
そう認識した瞬間、俺の腹の虫が悲しい声をあげた。悲しい声であっても小さくはなかった。
近くの男たちは一斉に俺を見た。
「……お前」
「なんですか」
「えっと、やるよ」
恨みがましい目を向けたら、パンをくれた。
彼はいい人かもしれない。
××××××
お腹いっぱいまで食べたところで、いよいよ傷の痛みを認識した。まだ鈍い痛みが残っているのを見ると、上手く治癒していないのかもしれない。
頭がくらくらするのは寝すぎか貧血だろう。
「やあぼうず、すっかり良くなったよう……」
「なわけありませんが」
「あ、すまん」
カノープスは俺の傷口を見ながら唸った。
火傷の後は残っているが、刺し傷自体はふさがっておそらく治っていると思う。
問題は火傷なのだろう。
内蔵は傷付いていないものの、中まで火傷を起こしていたと聞く。
「痛むか」
「はい。あとひきつった感じがしますね」
「そうか」
ひきつったというか、麻痺したような感じもする。壊死しなければいいのだけれど。
「ショックじゃないか?」
「なんですか、それ」
「確かに火傷でひきつるだろうが、傷自体は治っているはずだ」
「幻覚ということですか」
そこまで痛いわけではないが、痛みが幻覚と言われたら堪らない。
しかしカノープスは首を横に振った。
「実際に痛んではいるのだろう。ただ、少し過剰に反応しているだけだ」
納得したようなしないような。つまりなんだと言うのだろう。
俺はため息を吐くと、椅子から立ち上がる。
傷はともかく貧血は不味い。頭が鐘を打っているようであり、締め付けてくる感じもあった。
「まだお前は怪我人だ。ゆっくり休め」
つまりまだ依頼途中と言いたいのだろうか。




