12.兄弟の再会
仕事を終え、しばらくしてもライラックは帰ってこなかった。どうやら遠くまで行っているらしい。
「……」
「ゼシカ、時間は大丈夫なんか? 双子ちゃんとおしゃべりやろ」
正直、時間はない。女の子の方はともかく、男の子の方は少しでも遅れたら面倒臭いだろう。
「ライラックは俺が待ってるから、先戻って良いで」
俺は軽く頭を下げると、ヴィクトル先輩に任せて、約束の中等部校舎に行くことにした。
アイゼンバーク皇族家の双子と言えば、彼らしかいない。弟のレグルスと姉のリースは、後継者争いを避けるために、軍人希望で入学した一級学生だ。今はまだ、中等部だから、階級でクラスは分けていないが、たまに高等部に混じって訓練しているらしい。
(俺は見たことがないが)
おそらくは、俺の方に余裕がないのだろう。
ともかく、そんなエリートの話し相手を、俺みたいな三級の、エルフの混血にさせる辺り、先生も意地が悪い。この国でエルフがどんな差別視がされているのか、知らないわけでもないのに。
「……?」
では、彼らは何故、エルフである、エミルと仲が良いのだろうか。
××××××
オリガは、年相応によく話すし、生意気だし、小さかった。小柄な俺が背負っても邪魔にならないくらいに小さい。男は成長期が遅いからかもしれないが。
「花ちゃん」
「……はぁ。何だよ」
「おなかすいた」
「え。何も持ってないのか?」
「全部食べちゃったぞ」
「ん……じゃあ、この木、かじってろよ。少しはマシだぜ」
「何これ」
「マタタビ」
「……むぅ」
マタタビをくわえさせて、また歩く。
オリガは黙ったまま、俺にくっついていた。暑い。
しばらく歩くと、射撃の練習場が見えてきた。ヴィクトルが槍を振り回している。その周りだけ草刈りがされていた。
「おかえ、りー……?」
「ヴィクトル、パス」
「え? な、なんや?」
ヴィクトルにオリガを押し付け、俺は伸びをした。
一方、押しつけられたヴィクトルは、高い高いのようにオリガを持ち上げ、観察している。いくら小さいとは言え、高い高いされるような年ではなさそうだ。
「赤い髪のだんちょうさん?」
「……? 僕は団長じゃ無いで?」
「ん? クビになったの?」
「およ? 話が噛み合わへんわ」
「うー、髪の毛短い」
「そうやけど、赤髪の団長さんは長かったんか?」
流石はヴィクトルだ。話の噛み合わないガキとも怯まずに会話している。
「そうだぞ。じゃあお前は別人か。もしヘンリーだったらボコボコにしたんだぞ」
「……ヘンリー?」
「お兄様を怪我させた怖い奴だ。僕はロテリアなんて嫌いだぞ」
すると、ヴィクトルは急に黙って、オリガを地面に下ろした。何やら顔色が悪い気がする。ヴィクトルは、こういう時には何も言ってはくれない。
オリガは、馬に近づくと、上にある荷物を見始めた。
「ヴィクトル、大丈夫か?」
「ん、平気や。ちょっと驚いただけ」
タウフェニス。シャルルの上級貴族だった一族。
彼はもともと、貴族なのだ。
「心配いらへん。お、それよりあのちびちゃん何かしてるで」
何故なのか。気がつくと、自分に対しての不信感ばかりが募っていく。
俺の変化に気付くことなく、ヴィクトルはオリガを見ている。
「ヴィクトル」
「なんや?」
「…………いや、何でもない」
俺はいつから、貴族なんかの心配をするようになっていたのだろうか。
俺は何故、貴族なんかの心配をするようになっていたのだろうか。
「何やっとるん? 兄ちゃんが手伝ったろか?」
「ガキあつかいすんなぁっ! ばかぁああ!」
「いたた、髪引っ張らんといて! ほら、チョコあるで」
オリガは、ヴィクトルが差し出したチョコをくわえると、むすっとした顔で俺らを見ていた。
「じろじろ見るなよっ」
「もう、かわええなぁ」
「……ヴィクトル?」
「なあなあ、この子の名前、僕に教えたって」
「僕に聞けばいいだろ。オリガ・メフィルスだぞ。あと、これ」
オリガが服の中に仕舞っていたペンダントを見る。よく分からないが、ヴィクトルの顔を見る限る限り、何か凄いものだ。
そして何か凄いものを持ってるオリガも、何か凄い人かもしれない。
「あぁ、だから」
ヴィクトルはオリガを抱き上げると、肩車をさせ、歩き始めた。どうにも小さい子の扱いになれている気がする。
「オリガ。取りあえず、ゼシカに会いたいんやな」
「そうだぞ」
「ゼシカはどこに行ったんだ?」
「ゼシカは双子ちゃんとおしゃべりに行ったんや」
なんて、タイミングの悪い奴だ。
ヴィクトルは、オリガを乗せて楽しそうにしている。
「あ、あのさ」
「んー?」
「ヴィクトルって、さ」
「僕が?」
聞いてもいいのだろうか。だが、聞かないと気分は悪い。
気付いたからには、聞くしか俺に道は残されていなかった。
「……男の子、好きなのか?」
「へ?」
ヴィクトルは首を傾げて数秒固まった。そして、だんだん顔が赤くなると、オリガを乗せたまま、しゃがみ込んでしまった。顔が見えないが、耳まで真っ赤だ。
「ご、誤解やぁ……ちゃんと女の子も好きやからっ!」
どうやら、好みが広いのかもしれない。だがまあ、女の子も好きだと分かればひとまずは安心だ。
「ツンデレが、好きなんやっ!」
「ほわっ!?」
××××××
会話、なのだろうか。
声を使えない俺と、双子。
静かだった。
「食えるな……お前の菓子だけど」
「素直においしいって言ったら?」
「で、何を話せばいい」
「違うでしょ。私たちのしたい話を永遠と聞かせ続ける罰ゲームでしょ」
永遠と、とか。
リースは、思っていたよりきつい性格のようだ。今日はエミルがいない。椅子に座って、黙って菓子でも食べていればただのガキだ。
やがて、レグルスは俺を見てため息を吐くと、話し出した。
「ロテリアは、第二防衛線を突破したらしい」
「初めは拮抗していたらしいわ。でも、羊の群れと、ロテリアの遊撃隊らしきものに攪乱されたらしいの」
「あと、革命の中心人物、ルドニークの右腕、ロイゼン・ウィンドミルが、羊に流されたらしい」
「…………」
話を聞くと、第二防衛線を破ったロテリア軍は、近くの都市と村を占領。抵抗した村は容赦なく潰しているという。
顔から血の気が引くのを感じる。あの村の場所は、どこだっただろうか。
村人は温厚で、抵抗なんてしていないはずだ。
「え、大丈夫? 急にどうしたの?」
『ソズの村は、どうなりましたか』
あの村は、国境が近いことから誰もが武器を持っていた。エルフが破られた後の砦だからと、沢山の武器を仕舞い込んでいた。至る所に無意味な塀があって、無駄に深い水路が張り巡らされていて、小さな林がある。
「レグルス……」
「リース。それは、優しさではない」
レグルスは、俺を見つめた。
それだけで、答えは分かった。
「滅びた。一番、勇敢に戦ったらしい。彼らのおかげで、他の村がそれ以上にロテリアに逆らうことはなかった」
「……」
ロテリアは、俺の大切なものを奪うのが好きらしい。確かに俺も一部のロテリア兵には嫌われているはずだ。
「シャルルは、ロテリアに対して、正式に開戦する事を決めた。素直に降伏すれば、死者は少なかったというのに」
「……やがて、アスパティ市学園の学生にも出兵が言い渡されるわ。悔いがないようにしておくことを進めるわ」
「…………」
『勝算はあるのですか』
「それは」
「ゼシカぁあああっ! 見つけたでー! お届けもんやぁ!」
「……うるさい」
レグルスが言い掛けた瞬間、狙ったかのようにドアが開け放たれた。妙ににこにこしたヴィクトル先輩だ。
「ヴィクトル、速いっての!」
「あ、ごめん……あれ?」
ライラックも走ってきて、一気にやかましくなった。なんで来たんだ。迷惑な奴らだ。
双子を見れば、リースは苦笑でレグルスは仏頂面。言い方を変えれば、いつも通りの二人。
「何のようだ」
「ゼシカに会いに来たんだよ」
「いつも会っているだろう?」
ライラックとレグルスは、馬が合わないのか、火花を散らしている。こっちまで火の粉が飛んできそうだ。
「ほら、こっちや。わぁ、な、泣かんたって!」
ヴィクトル先輩は、入り口でしゃがみ込んで何かぶつぶつ言っている。
火花を避けながらヴィクトル先輩のもとに行くと、彼は立ち上がった。
「ゼシカ、怒らんといてな」
(何のことだ?)
先輩は、一歩下がると視線をドアの方に向けた。ドアの影にいるらしい。
俺は廊下に出て、視線を下ろした。
(……え)
「ぜ……ゼシカ」
そこには、何故か弟がいた。
いつも笑っていた彼は、ぼろぼろと涙を零して、俺を見つめていた。
「……う、ひくっ……うわぁああん! ゼシカぁあああ! ばかぁぁあ!」
何故、再会の言葉が、バカ、なのか。
オリガは、俺に抱きつくと、やっぱり泣いた。
「あの白き森から脱走したみたいやで」
「…………」
背が伸びても、まだまだ俺より小さなオリガの頭を撫でながら、声をかけることもできず、どうすればいいのかも分からなかった。
(せめて、話せればなぁ……)
仕方無く、泣いているオリガを抱き上げて教室の中に戻る。
見ると、まだライラックたちは睨み合っていた。そのまま椅子に座った。
「……もう、大丈夫だぞ」
暫くすると、オリガは降りて椅子を持ってくると俺の隣に座った。
「あ、そうや、オリガの馬、良くつぶれんかったなぁ」
「ロテリアから走りっぱなしだったんでしょ? 普通無理よね?」
「不可能。アスパティ市までは遠すぎるだろう」
「……ぅ」
質問責めにする彼らを睨みつけ、オリガは俺の服を掴んだ。
オリガは、一度も笑っていない。
笑顔しか印象しかないほどに、よく笑う子だった。だが、大きくなった彼は何かが変わってしまったように感じた。
『俺も、気になります』
「……ゼシカ?」
仕方なしに筆談にすると、オリガは俺を見つめて、しかし何も言わなかった。
「ずっと治癒魔術かけていたんだぞ」
「ロテリアから!?」
「んー、途中から? うん」
「だから倒れていたのか?」
「寝ていたんだ。倒れてないぞ!」
俺も、アスパティ市学園まで来るのに、いくつか都市に寄ったというのに、白き森から一直線で来たというのか。
もしかしたら、オリガも魔力の量が多いのかもしれない。
「あ、だったらオリガにも手伝ってもらっえばいいだろ」
「何するの?」
「ゼシカの治療や」
再び、皆の視線がオリガに集まる。
その時だった。ぐー、と小さな音が静かになった教室で、申し訳程度に響いた。
「おなか、すいた」
「……菓子、食え。お前の兄が作った」
「うん!」
後でもう一度、話を聞かせる必要がありそうだ。
皆が、何となくオリガを囲んで和んでいる間、俺はずっと居心地が悪かった。
使用人だった俺は、今ここで、彼にどの立場で接するべきなのだろうか。使用人としてか、保護者としてか、兄としてか。
そして、ソズの村のこと。彼らのために俺は、何が出来るというのか。
正直な話、俺は混乱していた。




