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無音の魔術師  作者: 芹沢十嘉
第二章 学園
37/63

12.兄弟の再会

 仕事を終え、しばらくしてもライラックは帰ってこなかった。どうやら遠くまで行っているらしい。

「……」

「ゼシカ、時間は大丈夫なんか? 双子ちゃんとおしゃべりやろ」

 正直、時間はない。女の子の方はともかく、男の子の方は少しでも遅れたら面倒臭いだろう。

「ライラックは俺が待ってるから、先戻って良いで」

 俺は軽く頭を下げると、ヴィクトル先輩に任せて、約束の中等部校舎に行くことにした。

 アイゼンバーク皇族家の双子と言えば、彼らしかいない。弟のレグルスと姉のリースは、後継者争いを避けるために、軍人希望で入学した一級学生だ。今はまだ、中等部だから、階級でクラスは分けていないが、たまに高等部に混じって訓練しているらしい。

(俺は見たことがないが)

 おそらくは、俺の方に余裕がないのだろう。

 ともかく、そんなエリートの話し相手を、俺みたいな三級の、エルフの混血にさせる辺り、先生も意地が悪い。この国でエルフがどんな差別視がされているのか、知らないわけでもないのに。

「……?」

 では、彼らは何故、エルフである、エミルと仲が良いのだろうか。


××××××


 オリガは、年相応によく話すし、生意気だし、小さかった。小柄な俺が背負っても邪魔にならないくらいに小さい。男は成長期が遅いからかもしれないが。

「花ちゃん」

「……はぁ。何だよ」

「おなかすいた」

「え。何も持ってないのか?」

「全部食べちゃったぞ」

「ん……じゃあ、この木、かじってろよ。少しはマシだぜ」

「何これ」

「マタタビ」

「……むぅ」

 マタタビをくわえさせて、また歩く。

 オリガは黙ったまま、俺にくっついていた。暑い。

 しばらく歩くと、射撃の練習場が見えてきた。ヴィクトルが槍を振り回している。その周りだけ草刈りがされていた。

「おかえ、りー……?」

「ヴィクトル、パス」

「え? な、なんや?」

 ヴィクトルにオリガを押し付け、俺は伸びをした。

 一方、押しつけられたヴィクトルは、高い高いのようにオリガを持ち上げ、観察している。いくら小さいとは言え、高い高いされるような年ではなさそうだ。

「赤い髪のだんちょうさん?」

「……? 僕は団長じゃ無いで?」

「ん? クビになったの?」

「およ? 話が噛み合わへんわ」

「うー、髪の毛短い」

「そうやけど、赤髪の団長さんは長かったんか?」

 流石はヴィクトルだ。話の噛み合わないガキとも怯まずに会話している。

「そうだぞ。じゃあお前は別人か。もしヘンリーだったらボコボコにしたんだぞ」

「……ヘンリー?」

「お兄様を怪我させた怖い奴だ。僕はロテリアなんて嫌いだぞ」

 すると、ヴィクトルは急に黙って、オリガを地面に下ろした。何やら顔色が悪い気がする。ヴィクトルは、こういう時には何も言ってはくれない。

 オリガは、馬に近づくと、上にある荷物を見始めた。

「ヴィクトル、大丈夫か?」

「ん、平気や。ちょっと驚いただけ」

 タウフェニス。シャルルの上級貴族だった一族。


 彼はもともと、貴族なのだ。


「心配いらへん。お、それよりあのちびちゃん何かしてるで」

 何故なのか。気がつくと、自分に対しての不信感ばかりが募っていく。

 俺の変化に気付くことなく、ヴィクトルはオリガを見ている。

「ヴィクトル」

「なんや?」

「…………いや、何でもない」

 俺はいつから、貴族なんかの心配をするようになっていたのだろうか。

 俺は何故、貴族なんかの心配をするようになっていたのだろうか。

「何やっとるん? 兄ちゃんが手伝ったろか?」

「ガキあつかいすんなぁっ! ばかぁああ!」

「いたた、髪引っ張らんといて! ほら、チョコあるで」

 オリガは、ヴィクトルが差し出したチョコをくわえると、むすっとした顔で俺らを見ていた。

「じろじろ見るなよっ」

「もう、かわええなぁ」

「……ヴィクトル?」

「なあなあ、この子の名前、僕に教えたって」

「僕に聞けばいいだろ。オリガ・メフィルスだぞ。あと、これ」

 オリガが服の中に仕舞っていたペンダントを見る。よく分からないが、ヴィクトルの顔を見る限る限り、何か凄いものだ。

そして何か凄いものを持ってるオリガも、何か凄い人かもしれない。

「あぁ、だから」

 ヴィクトルはオリガを抱き上げると、肩車をさせ、歩き始めた。どうにも小さい子の扱いになれている気がする。

「オリガ。取りあえず、ゼシカに会いたいんやな」

「そうだぞ」

「ゼシカはどこに行ったんだ?」

「ゼシカは双子ちゃんとおしゃべりに行ったんや」

 なんて、タイミングの悪い奴だ。

 ヴィクトルは、オリガを乗せて楽しそうにしている。

「あ、あのさ」

「んー?」

「ヴィクトルって、さ」

「僕が?」

 聞いてもいいのだろうか。だが、聞かないと気分は悪い。

 気付いたからには、聞くしか俺に道は残されていなかった。

「……男の子、好きなのか?」

「へ?」

 ヴィクトルは首を傾げて数秒固まった。そして、だんだん顔が赤くなると、オリガを乗せたまま、しゃがみ込んでしまった。顔が見えないが、耳まで真っ赤だ。

「ご、誤解やぁ……ちゃんと女の子も好きやからっ!」

 どうやら、好みが広いのかもしれない。だがまあ、女の子も好きだと分かればひとまずは安心だ。

「ツンデレが、好きなんやっ!」

「ほわっ!?」


××××××


 会話、なのだろうか。

 声を使えない俺と、双子。

 静かだった。

「食えるな……お前の菓子だけど」

「素直においしいって言ったら?」

「で、何を話せばいい」

「違うでしょ。私たちのしたい話を永遠と聞かせ続ける罰ゲームでしょ」

 永遠と、とか。

 リースは、思っていたよりきつい性格のようだ。今日はエミルがいない。椅子に座って、黙って菓子でも食べていればただのガキだ。

 やがて、レグルスは俺を見てため息を吐くと、話し出した。

「ロテリアは、第二防衛線を突破したらしい」

「初めは拮抗していたらしいわ。でも、羊の群れと、ロテリアの遊撃隊らしきものに攪乱されたらしいの」

「あと、革命の中心人物、ルドニークの右腕、ロイゼン・ウィンドミルが、羊に流されたらしい」

「…………」

 話を聞くと、第二防衛線を破ったロテリア軍は、近くの都市と村を占領。抵抗した村は容赦なく潰しているという。

 顔から血の気が引くのを感じる。あの村の場所は、どこだっただろうか。

村人は温厚で、抵抗なんてしていないはずだ。

「え、大丈夫? 急にどうしたの?」


『ソズの村は、どうなりましたか』


 あの村は、国境が近いことから誰もが武器を持っていた。エルフが破られた後の砦だからと、沢山の武器を仕舞い込んでいた。至る所に無意味な塀があって、無駄に深い水路が張り巡らされていて、小さな林がある。

「レグルス……」

「リース。それは、優しさではない」

 レグルスは、俺を見つめた。

 それだけで、答えは分かった。

「滅びた。一番、勇敢に戦ったらしい。彼らのおかげで、他の村がそれ以上にロテリアに逆らうことはなかった」

「……」

 ロテリアは、俺の大切なものを奪うのが好きらしい。確かに俺も一部のロテリア兵には嫌われているはずだ。

「シャルルは、ロテリアに対して、正式に開戦する事を決めた。素直に降伏すれば、死者は少なかったというのに」

「……やがて、アスパティ市学園の学生にも出兵が言い渡されるわ。悔いがないようにしておくことを進めるわ」

「…………」


『勝算はあるのですか』


「それは」

「ゼシカぁあああっ! 見つけたでー! お届けもんやぁ!」

「……うるさい」

 レグルスが言い掛けた瞬間、狙ったかのようにドアが開け放たれた。妙ににこにこしたヴィクトル先輩だ。

「ヴィクトル、速いっての!」

「あ、ごめん……あれ?」

 ライラックも走ってきて、一気にやかましくなった。なんで来たんだ。迷惑な奴らだ。

 双子を見れば、リースは苦笑でレグルスは仏頂面。言い方を変えれば、いつも通りの二人。

「何のようだ」

「ゼシカに会いに来たんだよ」

「いつも会っているだろう?」

 ライラックとレグルスは、馬が合わないのか、火花を散らしている。こっちまで火の粉が飛んできそうだ。

「ほら、こっちや。わぁ、な、泣かんたって!」

 ヴィクトル先輩は、入り口でしゃがみ込んで何かぶつぶつ言っている。

 火花を避けながらヴィクトル先輩のもとに行くと、彼は立ち上がった。

「ゼシカ、怒らんといてな」

(何のことだ?)

 先輩は、一歩下がると視線をドアの方に向けた。ドアの影にいるらしい。

 俺は廊下に出て、視線を下ろした。

(……え)

「ぜ……ゼシカ」

 そこには、何故か弟がいた。

 いつも笑っていた彼は、ぼろぼろと涙を零して、俺を見つめていた。

「……う、ひくっ……うわぁああん! ゼシカぁあああ! ばかぁぁあ!」

 何故、再会の言葉が、バカ、なのか。

 オリガは、俺に抱きつくと、やっぱり泣いた。

「あの白き森から脱走したみたいやで」

「…………」

 背が伸びても、まだまだ俺より小さなオリガの頭を撫でながら、声をかけることもできず、どうすればいいのかも分からなかった。

(せめて、話せればなぁ……)

 仕方無く、泣いているオリガを抱き上げて教室の中に戻る。

 見ると、まだライラックたちは睨み合っていた。そのまま椅子に座った。

「……もう、大丈夫だぞ」

 暫くすると、オリガは降りて椅子を持ってくると俺の隣に座った。

「あ、そうや、オリガの馬、良くつぶれんかったなぁ」

「ロテリアから走りっぱなしだったんでしょ? 普通無理よね?」

「不可能。アスパティ市までは遠すぎるだろう」

「……ぅ」

 質問責めにする彼らを睨みつけ、オリガは俺の服を掴んだ。

 オリガは、一度も笑っていない。

 笑顔しか印象しかないほどに、よく笑う子だった。だが、大きくなった彼は何かが変わってしまったように感じた。


『俺も、気になります』


「……ゼシカ?」

 仕方なしに筆談にすると、オリガは俺を見つめて、しかし何も言わなかった。

「ずっと治癒魔術かけていたんだぞ」

「ロテリアから!?」

「んー、途中から? うん」

「だから倒れていたのか?」

「寝ていたんだ。倒れてないぞ!」

 俺も、アスパティ市学園まで来るのに、いくつか都市に寄ったというのに、白き森から一直線で来たというのか。

 もしかしたら、オリガも魔力の量が多いのかもしれない。

「あ、だったらオリガにも手伝ってもらっえばいいだろ」

「何するの?」

「ゼシカの治療や」

 再び、皆の視線がオリガに集まる。

 その時だった。ぐー、と小さな音が静かになった教室で、申し訳程度に響いた。

「おなか、すいた」

「……菓子、食え。お前の兄が作った」

「うん!」

 後でもう一度、話を聞かせる必要がありそうだ。

 皆が、何となくオリガを囲んで和んでいる間、俺はずっと居心地が悪かった。

 使用人だった俺は、今ここで、彼にどの立場で接するべきなのだろうか。使用人としてか、保護者としてか、兄としてか。

 そして、ソズの村のこと。彼らのために俺は、何が出来るというのか。

 正直な話、俺は混乱していた。


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