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無音の魔術師  作者: 芹沢十嘉
第二章 学園
36/63

11.ちびゼシカ

 仲間集めも粗方終了し、準備もほとんど終わった。第六兵団は、奴隷と半獣と元シャルル人が多い、という異色の兵団だ。

「そろそろ、第二防衛線で戦い始めたかなぁ。お父様たち」

「あぁ。連絡がくれば、正式に開戦だ」

「でも俺たちは普通に戦場には行かないんだろ? 停滞した戦況を打開するための策なんだよな」

「よく分からないけど、暴れまわって撤退、じゃないの?」

「へ、ヘルガ……」

 エルフたちとロテリア兵が出兵し、私たちは、白き森で待機中だ。

 私たちが所属する第六兵団は、遊撃部隊だ。他にも、第一兵団の隠密部隊、第二兵団の輸送部隊、第三兵団の伝令部隊、第四兵団のエルフ及び魔術師部隊。

 第五兵団は、よく分からないけど。

「どうせ俺たちは捨て駒だろ」

「な、ベルンハルト、まだそんな事言ってるの」

 この二人は、元奴隷だ。何やらヘンリーが気に入ったらしく、私たちはいつも五人で一緒にいる。

「そう言えばアリスティって、どの辺りに住んでたの?」

「え? ここ」

「……えぇ!? この屋敷に! もしかしてお嬢様だったの!?」

「あ……あれ? 言ってなかった?」

「初耳、な気がする」

「…………」

 この森で大きな建物は、駐屯地代わりに使用している。アサラベルの屋敷や、おそらく、メフィルスの屋敷などもだろう。

 びっくりしているヘルガは、私を見つめて考え込んでしまった。

「髪の毛が金髪って、あぁ、だから貴族なのかな……? 確かに少しおっとりしてるような、してないような」

「こいつは正真正銘の貴族だ」

 ヘンリーの断言に、みんなが私を見た。あまりじろじろ見られると、恥ずかしいのだけれど。

 ベルンハルトと、その兄のクリストバルは、何かに納得したように頷くと、武器の手入れを始めた。

 しばらく会話の無いまま、武器や持ち物の確認をしていた時だった。

「第六兵団に伝令!」

 第三兵団の団員が来た。馬で森の中を飛ばしてきたらしく、あちこち擦り傷だらけだ。

「戦況は、こちらが防戦一方となっています。長引けば、敵も援軍を呼ぶ可能性もあるので、至急片を付けたいとの事です」

「で、俺たちはどうすればいい」

「敵の北側が手薄になっているので、そこを切り崩していただきたい」

「了解した」

 つまり私たちは、白き森を北上し、それから西に行けばいいと言うことだ。

「あと、それから……」

「何だ」

 彼は、少し困ったように口を閉じた。急いでるのだから早くして欲しい。

 私は、荷物を背負いなおした。弓使いは荷物が多くて大変だ。

「大量の天羊がなだれ込んで来たとの事で、戦場がカオスですので、お気をつけ下さい……」

「……は?」

「カオス……混沌、か……」

「兄さん、家に帰っていいか」

「駄目だよ」

「羊、ですかぁ……」

 兵が手薄になってるのって、天羊が沢山いるからではないのだろうか。私たちは羊を切り崩しに行くのですか。

 羊は、可愛いのだけど。

 私たちが呆れ半分で、ため息を吐いていると、再び第三兵団の別の団員が来た。もっと顔が真っ青だ。まるで氷河に浸かってきたかのようだ。

「た、大変でっ……す」

「伝令、と言え!」

「は、はいっ、伝令!」

 どうやら上官と部下のようだ。

 息を整え、ついでに心も整え、彼は口を開いた。


「ロイゼン様が、天羊の波に流されて行きました」


『……!?』


××××××


 草の匂い、柔らかい土、木漏れ日。どれも、あの場所に置いてきたと思っていたものだ。

「昨日のあんた、かなづち持つと人が変わったぞ」

「プロ並みやったわー」

「…………」

 むしろ、あれ以下の物を作ったら使い物にはならないのだが、二人は不器用なのだろうか。

 昨日は、壊れた机を直し、ベンチを三つ作った。蜂と戦い、草取りをした頃には日が暮れ、残りは今日やることになった。

 取り敢えず、ペンキを片手に色の剥げているという壁の場所に向かう。アスパティを取り囲む、あまり人のいない森の中だ。こんな場所に建物があるのは知らなかった。

(……なんだ、これは)

 確かに色は剥げている。ペンキを塗ってある壁というのは珍しいが、まさかこれだとは思わなかった。

「……壁、欠けてないか?」

「…………」

 壁には沢山の凹み。ペイントの痕。銃の訓練所だ。別に立ってはいるが、建ってはいない。建物ではなかった。

 壁一枚だ。

 シャルルにはほとんど銃はないから、練習できる場所があるのには驚きだ。

「ま、取り敢えず塗ればいいんやろ? 壁にペンキをぶちまけて、延ばせば楽や」

 やるからには完璧にやる。

 俺は、刷毛にペンキをつけて塗り始めることにした。地味な作業は好きだ。

「あれ? 地道にやるですか?」

「……俺、寝てて良いか?」

「ん? 猫ちゃんやもんなぁ。僕は手伝うで」

 やる気満々なヴィクトル先輩に刷毛を渡し、俺は作業を再開した。

「……俺はその辺散歩してくるぞ」

「あー、気をつけてな」

 しゃがみこんでペンキを塗ろうとしたら、何かが書いてあった。かすれていて、読みにくい。

 どうやら、シャルルの文字では無いようだ。シャルルとロテリアは、言語は同じだが、文字は違う。元は同じらしいが、互いに変形してしまっている。

「……?」

 取り敢えず、メモ帳に書き記しておく。そろそろページも残り少ない。実は二代目だったりする。

「ゼシカ?」

 俺が先輩を見上げると、先輩はすぐ隣にしゃがみ込んだ。

「残りは、少しなんやな」

 彼が黙ると、一気に静かになった。

「愛着、湧くなぁ。ゼシカがいつも持ってたんやし」

「…………」

「な、なんやっ? じっと見られると恥ずかしいわぁ」

 俺は残り少ないメモ帳に、ペンを走らせた。


『あなたも、いつも必ず槍を持ち歩いていますよね。邪魔ではないのですか?』


「あぁ……これな」

(え?)

 すると、彼の目が変わった。いつもの明るさは消えている。一見すれば、いつものヴィクトル先輩だ。しかし瞳を見ると、どこか、恐ろしさのようなものを感じた。

「後悔」

 ぽつり、と先輩は呟いた。

「手放した、後悔なんや。僕は、槍を側に置かないと、……不安なんだ」

 違和感を感じ、彼を見つめたが、太陽が雲に隠れ、地に影を落とした所為で、ヴィクトル先輩の表情の変化が俺にはよく見えなかった。


××××××


 森の中には、虫と植物だらけで動物はほとんどいない。せいぜい鳥くらいだ。

「豚肉っ、牛肉、鳥肉、鹿肉っ!」

 焼き鳥は美味しいが、鳥なら良い訳ではないのだ。俺なりのこだわりがあるわけで。でも鳥なら、なんでも食える。

「焼き肉焼き肉……ん? 馬肉?」

 ついでに、馬も食える。種類にもよるが、料理次第で美味しい。俺は断然焼き肉派だけど。

 俺が近付いていくと、馬には手綱がついていた。残念だが飼い主がいるらしい。命拾いしたようだな、馬。

「あんた、飼い主は?」

 立派な馬だ。良いところの坊ちゃんが乗っているか、良いところの馬を盗んだのかは知らないが。

 見つめていると、立派な馬は静かに歩き出した。俺は無視か、この馬様め。

 少し歩いて彼は止まった。何かを鼻で、つついている。何かがあるようだ。

 近付いてみると、誰かが倒れていた。

「な、あんた大丈夫かっ!?」

 今の時代なら、もしかしたら亡命者かもしれない。首都リルマスに近いアスパティで倒れるなど、シャルル人では、まず有り得ない。長い距離を走ってきた亡命者か、戦場を逃げ出した兵士位だ。しかも小さい子供だ。兵士の筈がない。

「しっかりしろ! ……って」

 緑の髪、長い耳。しかしその顔は、ついさっき見た様な気がする。

 じっと見つめて、気づいた。

「ぜ、ゼシカ!? ちっちゃくなったのかよっ! ふぇ? 何でだよ?」

「ん……」

 すると、睫毛が小さく震え、緑の瞳が露わになった。

「あ、おい、何か言え!」

「……ひ、つじ、が」

「羊?」

 少し跳ねの強い髪は、水で濡らせばゼシカのそれと同じような髪型。ちびゼシカは、起き上がると俺を見上げる。

「……猫」

「ライラックだ」

「アスパティの学園に連れてけ」

「何で俺が!」

「猫ちゃん怖い」

「なっ! べ、別に気にしてねーし!」

 取り敢えず、ヴィクトルに相談だ。ちびゼシカを背負って、ついでに馬に荷物を乗せて、俺は元来た道を戻り始めた。

「早く歩け」

「ひぎゃあ、耳触んなっ!」

「…………むぅ」

 ちびゼシカは不満そうな声を漏らすと、俺の後頭部に頭突きをした。

 落としていいだろうか。

「ライラック、ライラック?」

「何だよ」

「僕は、お兄様に会いに来たんだ」

「ちびゼシカの?」

「? ゼシカを知ってるの!?」

「いっ、痛い痛い痛いっての! 髪の毛ひっぱんなよっ」

 すると、ちびゼシカは静かになった。何故か俺にしがみついているようだ。

 ゼシカも、小さければそこそこ可愛いのかも知れない。可愛いゼシカなんて、気持ちが悪いけれど。

「猫ちゃん!」

「何」

 もう、猫ちゃんでも良くなってきた。

「ゼシカに会いたい」

「……あんた、誰」

「僕は、オリガ・メフィルスだぞ」

 メフィルス、とか聞いたことがある気がする。

 何だったか。

「花ちゃん!」

「誰が花ちゃんだ!」

「ライラックって、花咲くもん」

「……」

 小さい子は苦手だ。なに考えてるのか全く分からない。

 早いところ、誰かに押し付けたい。



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