11.ちびゼシカ
仲間集めも粗方終了し、準備もほとんど終わった。第六兵団は、奴隷と半獣と元シャルル人が多い、という異色の兵団だ。
「そろそろ、第二防衛線で戦い始めたかなぁ。お父様たち」
「あぁ。連絡がくれば、正式に開戦だ」
「でも俺たちは普通に戦場には行かないんだろ? 停滞した戦況を打開するための策なんだよな」
「よく分からないけど、暴れまわって撤退、じゃないの?」
「へ、ヘルガ……」
エルフたちとロテリア兵が出兵し、私たちは、白き森で待機中だ。
私たちが所属する第六兵団は、遊撃部隊だ。他にも、第一兵団の隠密部隊、第二兵団の輸送部隊、第三兵団の伝令部隊、第四兵団のエルフ及び魔術師部隊。
第五兵団は、よく分からないけど。
「どうせ俺たちは捨て駒だろ」
「な、ベルンハルト、まだそんな事言ってるの」
この二人は、元奴隷だ。何やらヘンリーが気に入ったらしく、私たちはいつも五人で一緒にいる。
「そう言えばアリスティって、どの辺りに住んでたの?」
「え? ここ」
「……えぇ!? この屋敷に! もしかしてお嬢様だったの!?」
「あ……あれ? 言ってなかった?」
「初耳、な気がする」
「…………」
この森で大きな建物は、駐屯地代わりに使用している。アサラベルの屋敷や、おそらく、メフィルスの屋敷などもだろう。
びっくりしているヘルガは、私を見つめて考え込んでしまった。
「髪の毛が金髪って、あぁ、だから貴族なのかな……? 確かに少しおっとりしてるような、してないような」
「こいつは正真正銘の貴族だ」
ヘンリーの断言に、みんなが私を見た。あまりじろじろ見られると、恥ずかしいのだけれど。
ベルンハルトと、その兄のクリストバルは、何かに納得したように頷くと、武器の手入れを始めた。
しばらく会話の無いまま、武器や持ち物の確認をしていた時だった。
「第六兵団に伝令!」
第三兵団の団員が来た。馬で森の中を飛ばしてきたらしく、あちこち擦り傷だらけだ。
「戦況は、こちらが防戦一方となっています。長引けば、敵も援軍を呼ぶ可能性もあるので、至急片を付けたいとの事です」
「で、俺たちはどうすればいい」
「敵の北側が手薄になっているので、そこを切り崩していただきたい」
「了解した」
つまり私たちは、白き森を北上し、それから西に行けばいいと言うことだ。
「あと、それから……」
「何だ」
彼は、少し困ったように口を閉じた。急いでるのだから早くして欲しい。
私は、荷物を背負いなおした。弓使いは荷物が多くて大変だ。
「大量の天羊がなだれ込んで来たとの事で、戦場がカオスですので、お気をつけ下さい……」
「……は?」
「カオス……混沌、か……」
「兄さん、家に帰っていいか」
「駄目だよ」
「羊、ですかぁ……」
兵が手薄になってるのって、天羊が沢山いるからではないのだろうか。私たちは羊を切り崩しに行くのですか。
羊は、可愛いのだけど。
私たちが呆れ半分で、ため息を吐いていると、再び第三兵団の別の団員が来た。もっと顔が真っ青だ。まるで氷河に浸かってきたかのようだ。
「た、大変でっ……す」
「伝令、と言え!」
「は、はいっ、伝令!」
どうやら上官と部下のようだ。
息を整え、ついでに心も整え、彼は口を開いた。
「ロイゼン様が、天羊の波に流されて行きました」
『……!?』
××××××
草の匂い、柔らかい土、木漏れ日。どれも、あの場所に置いてきたと思っていたものだ。
「昨日のあんた、かなづち持つと人が変わったぞ」
「プロ並みやったわー」
「…………」
むしろ、あれ以下の物を作ったら使い物にはならないのだが、二人は不器用なのだろうか。
昨日は、壊れた机を直し、ベンチを三つ作った。蜂と戦い、草取りをした頃には日が暮れ、残りは今日やることになった。
取り敢えず、ペンキを片手に色の剥げているという壁の場所に向かう。アスパティを取り囲む、あまり人のいない森の中だ。こんな場所に建物があるのは知らなかった。
(……なんだ、これは)
確かに色は剥げている。ペンキを塗ってある壁というのは珍しいが、まさかこれだとは思わなかった。
「……壁、欠けてないか?」
「…………」
壁には沢山の凹み。ペイントの痕。銃の訓練所だ。別に立ってはいるが、建ってはいない。建物ではなかった。
壁一枚だ。
シャルルにはほとんど銃はないから、練習できる場所があるのには驚きだ。
「ま、取り敢えず塗ればいいんやろ? 壁にペンキをぶちまけて、延ばせば楽や」
やるからには完璧にやる。
俺は、刷毛にペンキをつけて塗り始めることにした。地味な作業は好きだ。
「あれ? 地道にやるですか?」
「……俺、寝てて良いか?」
「ん? 猫ちゃんやもんなぁ。僕は手伝うで」
やる気満々なヴィクトル先輩に刷毛を渡し、俺は作業を再開した。
「……俺はその辺散歩してくるぞ」
「あー、気をつけてな」
しゃがみこんでペンキを塗ろうとしたら、何かが書いてあった。かすれていて、読みにくい。
どうやら、シャルルの文字では無いようだ。シャルルとロテリアは、言語は同じだが、文字は違う。元は同じらしいが、互いに変形してしまっている。
「……?」
取り敢えず、メモ帳に書き記しておく。そろそろページも残り少ない。実は二代目だったりする。
「ゼシカ?」
俺が先輩を見上げると、先輩はすぐ隣にしゃがみ込んだ。
「残りは、少しなんやな」
彼が黙ると、一気に静かになった。
「愛着、湧くなぁ。ゼシカがいつも持ってたんやし」
「…………」
「な、なんやっ? じっと見られると恥ずかしいわぁ」
俺は残り少ないメモ帳に、ペンを走らせた。
『あなたも、いつも必ず槍を持ち歩いていますよね。邪魔ではないのですか?』
「あぁ……これな」
(え?)
すると、彼の目が変わった。いつもの明るさは消えている。一見すれば、いつものヴィクトル先輩だ。しかし瞳を見ると、どこか、恐ろしさのようなものを感じた。
「後悔」
ぽつり、と先輩は呟いた。
「手放した、後悔なんや。僕は、槍を側に置かないと、……不安なんだ」
違和感を感じ、彼を見つめたが、太陽が雲に隠れ、地に影を落とした所為で、ヴィクトル先輩の表情の変化が俺にはよく見えなかった。
××××××
森の中には、虫と植物だらけで動物はほとんどいない。せいぜい鳥くらいだ。
「豚肉っ、牛肉、鳥肉、鹿肉っ!」
焼き鳥は美味しいが、鳥なら良い訳ではないのだ。俺なりのこだわりがあるわけで。でも鳥なら、なんでも食える。
「焼き肉焼き肉……ん? 馬肉?」
ついでに、馬も食える。種類にもよるが、料理次第で美味しい。俺は断然焼き肉派だけど。
俺が近付いていくと、馬には手綱がついていた。残念だが飼い主がいるらしい。命拾いしたようだな、馬。
「あんた、飼い主は?」
立派な馬だ。良いところの坊ちゃんが乗っているか、良いところの馬を盗んだのかは知らないが。
見つめていると、立派な馬は静かに歩き出した。俺は無視か、この馬様め。
少し歩いて彼は止まった。何かを鼻で、つついている。何かがあるようだ。
近付いてみると、誰かが倒れていた。
「な、あんた大丈夫かっ!?」
今の時代なら、もしかしたら亡命者かもしれない。首都リルマスに近いアスパティで倒れるなど、シャルル人では、まず有り得ない。長い距離を走ってきた亡命者か、戦場を逃げ出した兵士位だ。しかも小さい子供だ。兵士の筈がない。
「しっかりしろ! ……って」
緑の髪、長い耳。しかしその顔は、ついさっき見た様な気がする。
じっと見つめて、気づいた。
「ぜ、ゼシカ!? ちっちゃくなったのかよっ! ふぇ? 何でだよ?」
「ん……」
すると、睫毛が小さく震え、緑の瞳が露わになった。
「あ、おい、何か言え!」
「……ひ、つじ、が」
「羊?」
少し跳ねの強い髪は、水で濡らせばゼシカのそれと同じような髪型。ちびゼシカは、起き上がると俺を見上げる。
「……猫」
「ライラックだ」
「アスパティの学園に連れてけ」
「何で俺が!」
「猫ちゃん怖い」
「なっ! べ、別に気にしてねーし!」
取り敢えず、ヴィクトルに相談だ。ちびゼシカを背負って、ついでに馬に荷物を乗せて、俺は元来た道を戻り始めた。
「早く歩け」
「ひぎゃあ、耳触んなっ!」
「…………むぅ」
ちびゼシカは不満そうな声を漏らすと、俺の後頭部に頭突きをした。
落としていいだろうか。
「ライラック、ライラック?」
「何だよ」
「僕は、お兄様に会いに来たんだ」
「ちびゼシカの?」
「? ゼシカを知ってるの!?」
「いっ、痛い痛い痛いっての! 髪の毛ひっぱんなよっ」
すると、ちびゼシカは静かになった。何故か俺にしがみついているようだ。
ゼシカも、小さければそこそこ可愛いのかも知れない。可愛いゼシカなんて、気持ちが悪いけれど。
「猫ちゃん!」
「何」
もう、猫ちゃんでも良くなってきた。
「ゼシカに会いたい」
「……あんた、誰」
「僕は、オリガ・メフィルスだぞ」
メフィルス、とか聞いたことがある気がする。
何だったか。
「花ちゃん!」
「誰が花ちゃんだ!」
「ライラックって、花咲くもん」
「……」
小さい子は苦手だ。なに考えてるのか全く分からない。
早いところ、誰かに押し付けたい。




