断章.己が道を行け
あいつは化け物だ。
どうして奴を殺さなかったんだ。
あれの所為で、自分たちがどれだけの被害を受けたことか。
白き森にいるロテリアの軍人さんは、いつもそんなことを話している。
だけど、誰も、何も言わない。
僕の兄を悪く言っているのに、誰も、何もしない。
ゼシカは一年くらい待っても、帰ってこなかった。約束してたのに、会いに来なかった。
待っていたけど、会えなかった。
会いたいのに、会えない。
僕は、八歳になっていた。
××××××
外を眺めると、雨が降っていた。ゼシカがいなくなったのは、雪が降っている寒い冬だった。金髪のエルフたちに連れて行かれて、帰ってこなかった。それから人間が森に来て、ゼシカは森の外に行ってしまったらしい。
『オリガ様、誰とも話したがらないらしいぜ』
『そりゃあ、小さい頃に色々あれば、ああなるさ』
『良く笑う子だったのにな』
『兄貴の無愛想が移ったのかもな』
また、みんなが僕の兄を悪くいっている。あいつらにわかるわけ無いのに。
ゼシカは、優しかった。
子供だからと僕を甘やかしてくれなかったし、それでも、しっかり僕の兄だったんだ。
僕は、ロテリアの人が大嫌いだ。
いつかこいつらの為に戦うなんて絶対に嫌だ。
「……ゼシカに、会いに行く」
僕は大きくなった。ゼシカ程じゃないけど、魔術だって使える。馬にだってもう一人で乗れる様になった。
今なら、出来る。
少し大きめのバッグは用意してある。平民の服も、使用人から貰ってある。数日分のご飯に果物やビスケット。お金も今まで貯めた分が沢山ある。
長く伸びた髪は縛ってある下から、ハサミで切り落とす。
帽子を深く被って、窓を開ける。魔術を使えば行ける筈だ。
その時、ドアが開いた。
「……!?」
「オリガ」
それは、お父様だった。
目を見開いたお父様は、少し瞬きをしてから、呟いた。
「平民ごっこか。似合っているぞ」
「え? あ、うん!」
手招きするお父様に近付くと、首にペンダントをかけられた。メフィルスの紋様が彫られた、お父様のペンダントだ。
「己が道を行け、信じたものを疑うな」
「お父様?」
「エルフの教えだ」
そしてお父様は、もう一つ、僕に手渡した。
「これって」
木彫りのうさぎ。ゼシカの部屋にあったやつだ。
お父様は僕を抱き締めると、頭を撫でて立ち上がった。
「……」
そして、何も言わずに部屋を出ていった。
××××××
「良かったのか、ヨハン」
次の日、オリガはもう、いなかった。馬小屋から、一番気に入っていた馬がいなくなっていた。
「あいつも、自分の行動に責任くらい持てるでしょう」
「全く、お前は本当に子供に厳しいな」
「あなたは甘過ぎるのでは」
「ははは、違いない」
武器をそろえ、ロテリアの軍服に身を包む。窓の外を見れば、エルフたちはみな、同じ軍服を着ていた。
「手元から子供が去っていった同士、背中を守り合わないか?」
「あなたを守るのは我々の役目ですが」
「アサラベル家は終わりだよ。メフィルスも、なんだろう? ペンダントをしていない」
外に出れば、出兵準備の済んだエルフたちが集まっていた。雨上がりの地面はぬかるみ、気持ちが悪い。
集まりの端の方で、イヴァン様は立ち止まる。
「ヨハン、お前は不器用な男だよ」
「……」
「己が道を行く奴だよな。ゼシカを使用人にしたのは、ハーフエルフである彼が兵士になるのを避ける為だろう」
「別に。……ただ、人手が足りなかったんですよ」
「そうか」
オリガは、無事に国境を越えられただろうか。ゼシカの行る場所は知っているのだろうか。
「二人とも、大丈夫だ」
「…………」
彼が隣にいて良かったと、今は素直に思える。
願わくば、戦場で我が子と相見えないことを。




